ばくそう
「なあ、お前一体どういうつもりなんだ」
はずれの森のザイオン人が捉えられたと報告が上がったのは、シーフーの高らかな「提案」が済んだすぐ後で、厳しい顔をした陛下やお父さん、王子らが去り、少しばかり息がしやすくなった空間で私はシーフーに向き合った。
最後のシーフーの言葉は華麗に無視され、未だに拘束されたままの執事はにっこりと微笑んでその長い体躯を折り曲げ、私に顔を近づける。
「どうとは?」
「何をするつもりなんだ。何を考えている?」
「私はいつも貴方様のことを考えております」
「そういうのはいいから」
当然とばかりに返されたふざけた言葉に私も即答を返す。
シーフーは「おや」と少しだけ目を丸くした。
「近頃、フェリル様を怒らせてしまってばかりですね」
……これが噂に聞く反抗期……と真剣な表情をする執事を引っぱたいてやろうかと拳を持ち上げかけて、思い直す。……話をそらされてはこの男の思うつぼだ。
長い付き合いだ。この男は都合が悪くなると人の感情を煽って話を逸らし煙に巻こうとする。
「シーフーが私のことをいつも考えてくれていることは知ってる。お前はいつも何よりも私を優先してくれている。鬱陶しい事もドン引きさせられる事も後で私の為だったと気づく。まあ鬱陶しいことには違いがないのだけど。
過去の記憶を取り戻した今となれば尚更だ」
いつも通りの笑みを浮かべて大人しく私の話を聞いていたシーフーが最後のセリフに片眉を上げた。
「……記憶? あの精霊のですか? アリエル様が?」
「うん、私が精霊に殺されかけ、精霊が死んだあの日だ。精霊の事情もちゃんと分かっている」
精霊の性質を多く継いだ私は、もしかしたらあの日の精霊のように消える運命にあるのかもしれない。
汚い感情っていうのがどんなものなのかイマイチ分からないが、人間が持つ当然の感情であろうそれらに多く触れているうちに、自分もそうなるものなのだろうか。
それを、シーフーは今までずっと、そういう感情に触れないように、わたしがそうならないように先回りして護ってくれていたのだろう。
思えば、本格的に森に匿われるようになったのは、幼い頃に馬車の事故から貴族の子どもを助けて「化け物」と罵られた時からだ。
笑いかけたら腕を振り払われ、石を投げられた。その子供の親は私を何か恐ろしい怪物でも見るかのような目で睨みつけ、奪い返すかのように子供を引き離した。
あの時の私を見る目と、どす黒い沼に引き込まれるような感覚は何となく焼き付いている。
何か恐ろしいものに引きずられそうに視界にもやがかかった時シーフーは「言いたいやつには言わせとけ」だとか「私はフェリルさまの味方です」だとか「汚い手に触れられなくてむしろ良かった」だとか「私は分かっていますよ、貴方の心がどれ程美しいか」だのをウンザリするほど言ってきたのだ。
何か嫌なことがあっても、失敗することがあっても、上手く出来なくて落ち込みそうになった時も、寂しさに押しつぶされそうになっても、いつもこの執事はそばにいて、よく回る口で鬱陶しい程に私を引き上げてくれていた。
執事は心底驚いた顔をしている。
いつも余裕そうな美しい笑みを浮かべている口は、マヌケにもぽかんと空いているし、焦げ茶色の瞳は瞬きを忘れているようだ。
「でも私はもう子供ではないから自分で判断するし、自衛もできるし、シーフーに甘やかされて支えてもらってるばっかりじゃない」
「……フェリル様」
「そりゃあ、世間知らずで頭が足りないのも、人間としても令嬢としても全然ダメなのもわかっているけど、」
お前が今までどれだけ私を大切にしてくれて、どれだけ私を守っていてくれたか、とっくに知っている。
どんなときも、いつだって、シーフーは一番近くで私の味方でいてくれた。
私が恐れずに前を向けるのは、この男や家族のおかげだ。
……だから、どれほどこの国を罵ろうが、王族に喧嘩を売ろうが、どんなにおかしな事をしようとも、結局私の為にならないことはしないと分かっている。
「シーフーはいつも、いつも、私に悟られないように裏で勝手に手を回してなんでもやってしまう。一人でなんでもだ。私はそれにずっとずっと後で気がつくんだ。ああ、そういえばシーフーが、こう言ってたなとか、あの時のあれはこの為か、とか。今回の事もなにか理由がある。本心でこの国がどうでもいいとか誰がどうなっても構わないとか言っていても、その根本には私がいて、私のために何かしようとしてるんだろ。いい加減、分かる。でも、私はもうそれが嫌なんだ」
「……貴方様のご迷惑になるようなことは決して致しません。例え周りがどう変化しようと、貴方様の生活にはなんの支障も」
「だから!」
思い出したように笑顔を貼り付けたシーフーの肩を掴むと、執事は怯えたように肩を揺らした。こんな態度も上背も大きな男が怯えたようにだなんておかしいけど、なんだかそんなふうに見えたんだ。
「それが嫌なんだ! 勝手に、手を回さないで。私の周りがどうとか勝手に決めないで! 私は壊されたくない、何も! シーフーにそうやって知らないところで動かれるのが怖いんだ! 何を考えているのか分からないのが不安なんだ! そうやって笑顔で隠して、何も教えてくれない! 私はシーフーと共に並び立ちたいんだ! 問題があるなら協力して解決したい」
「……は」
昂りすぎて涙が出そう。情けないから絶対に涙なんて流したくないけど、潤んで仕方がない視界をどうにか乾かそうと眼球を見開いた先で、そんな私に負けじと目を見開いたシーフーがため息にも似た吐息を漏らした。
「そ、そんなに頼りないか、私は」
「……まあ、頼りないかと聞かれれば、そりゃ頼りないですけど……。というか、いや、しかし私は貴方様の世話係で、ただの執事で……」
「そんなの誰が決めたんだ。お前が勝手にそうなったんだろう。私は昔のシーフーで良かったのに……」
「フェリル様……覚えていらして……」
「……」
シーフーが感極まったように目を瞬かせている。が「その容量のなさそうな頭で…?」と驚愕されるのは心外だし、あと実際ついさっきまで忘れていた。
「……とにかく、シーフーには感謝してるけど、もう森にも逃げたくないし、人間からも逃げたくない。そりゃあ森は好きだけど……私はもっと色んなことを知りたい。これからは2人で決めよう、先のことも、」
「……それは求婚ですか」
「は? なんでそうなる。シーフーは家族みたいなものだろう」
え、なんで赤面してるの? 怖っ。というかお父さんに私の事押し付けられてた時「荷が重い」とか「厄介払いするな」とか散々言ってたじゃん。え、何?
「家族……」
「え、違った?」
首を傾げると、シーフーは私を見下ろした瞳を少し細めて視線を逸らした。
「…………案外、悪くないですね」
「は? なに?」
「いいえ、なにも」
「とにかく! 何をしようとしてる? この国で何が起きようとしてるの! 吐いて全部、嘘ついたらもう二度と口聞かないか、」
「あの森にいた地龍を連れたザイオン人がティアナ・レイクに扮した精霊と共謀してこの国を乗っ取ろうとしてます」
早っ!
真顔でつらつらとあっさり吐いた執事に私は心底引いた。
即座にそういえば掴みっぱなしだった肩を離し、ざざざと後ずさるとシーフーは少し残念そうに眉を下げた。なんだその顔、やめろその顔。
「え、本当に?」
「ええ、本当に」
「出来ると思う?」
「まあ、少し手を加えれば良い線は行くかと。何しろこの国“お花畑”ですので」
にっこりと笑った執事にぞぞ、と悪寒が走る。ということはこの男こんな顔してサラッとその「手を加え」ようとしていたのか? まさか、さすがにこの男といえども、そんな……
「ご安心ください。手助けしてやろうとも思いましたが、手間と得る物の釣り合いが取れませんし、なによりその後が面倒なので辞めました」
「そもそも手助けしようと思うなよ!」
とんでもないなやっぱりこいつ! いい笑顔しやがって……なんて恐ろしい執事なんだ! こんなこと王族連中にバレてたら大変なことになっていたじゃないか。怖っ!!
「ほ、他は? もうじゃあ、あのアホそうなザイオン人が捕まった今、この国の危機は終わったの?」
「ええ、そうですね……精霊の加護が減っているのは問題ですが、それは私の知ったことじゃないですし、この国の対応が試されている転換期といいますか…………あ、そういえば」
「そういえば?」
シーフーは思いついた、というように瞬きをして、それからやはり美しく微笑んだ。
「そういえば、国の危機、というか……ティアナ・レイクをけしかけましたね」
「ティアナ・レイク……? あ、さっきもなんか扮したとか何とか言ってたな、一体どういうことだ?」
「説明が非常に面倒なので割愛しますが、ティアナ・レイクがユーリウス殿下を殺すようけしかけました。ついでにいうと、イレオラの国境付近は大変かもしれません。何しろ、洗脳されたゴロツキがウヨウヨいるでしょうから」
イレオラ……、イレオラって。
「もしかして、イルが遠征に……」
ちょっと。待ってくれ。
ティアナ・レイクがユーリウス殿下を殺す? は? なにそれ、聞き間違いかな? というか洗脳されたゴロツキがウヨウヨって、なんの話? え? え?
サーーーっと血の気が下がっていく。のに反して飄々としたいつもの顔を取り戻したシーフーは首を傾げた。
「正直、あの二人とっても邪魔だったので、あの男の計画のついでに消えてくれたら嬉しいな、と」
「不敬罪どころの話じゃないじゃん!!」
完全にアウトじゃん! もう処刑待ったなしだよ、シーフーも、私もな!!
思わず胸ぐらを両手で掴みあげた私をシーフーが「大きくなりましたねえ」としみじみした顔で見ている。いや、それ絶対今言うセリフじゃないから。
「二人にもし何かあったら、お前絶対許さないからな。一生視界に入れないから」
「ま、待ってください!! ユーリウス殿下はともかくあの脳き、イレネー殿下は私の責任では」
「いやもうそういうレベルの話じゃないからね!?」
1人だったらセーフとか、そういう話じゃないから!
シーフーの拘束された縄を引きちぎり、腕を掴んで、何故かめちゃくちゃ重たい扉に体当たりすると、衛兵らしき男が2人ほど飛んで行った。
なるほど、さすがに罪人疑惑(有罪確定)の男を野放しにするわけはないか。
と妙に冷静に考えながら、後ろから「ま、待ってください!! 一体どこに」とか「なんだ今の力は熊か!?」とか言っている男たちを無視して私は走った。
そこらへんの衛兵や騎士なんかに捕まるような私ではない!とにかく急がないと……。全然、全く、何が起きているのか分からないが、とにかく、ユーリウス殿下が危ない!らしい。
シーフーがユーリウス殿下を部屋から追い出したのはずっと前のことだ!
「フェリル様……お急ぎのところ失礼致しますが、恐らく逆方向です」
「っ、早く言え馬鹿ァァァ!!」
「いけませんね、うっかりしてたようで」
棒読みでそう言った執事を引き摺って私は走った。
記録を取ればきっと、この大陸一になれるだろうというスピードで。
いつもありがとうございます!!




