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へんきょうにて





「ふはは、、!! 全ては新しい世界と王の為に……!」


「ハァーーーー」



焦点の合わない目をした男の胸倉から乱雑に手を離したカーチスが死んだ目で長い溜息をついた。


この所我が第三騎士団は溜息ばかりだ。



「もういいカーチス。何をしようとも無駄だ。オーリアへ伝達を。向こうの兵士が国境に着次第、纏めて送り返してやれ」


「歯がゆいですね。尋問は愚か拘束すらろくに出来ないなんて」


「仕方がない。我が国と近隣諸国の信頼関係は無いに等しい。下手を打てば戦争の火種を作りかねない」


精霊の加護とやらに甘え国交を疎かにしたツケがここでやって来るとは……。

かつての加護が盤石な我が国であればオーリアくらいの小国に戦争を吹っかけられた程度、どうにでも防衛手段はあったのかもしれない。



…………いや、無いな。我が国にとって戦争は禁忌だ。小競り合いはともかく、防戦すら難しいかもしれない。


「盗賊も不法入国者もかなりの数がこの状態ですが、誰が何を使ってどうしようとしているのか……」


「危険な薬か植物の類か、もしくは洗脳か……。詳しい事はまだ定かではないが、その「新しい王」とやらとこの加護の減少は無関係では無いだろうよ」


「……はぁ、にわかには信じ難いですが、本当にこの国は精霊に護られていたのですね。……なんというか、騎士として情けないというか、恥ずかしいというか……恐ろしいというか……」


「……全くなんの為の騎士団なのだろうな」


連日の疲れのせいか自嘲気味に漏れた台詞から、カーチスは悔しそうに目を逸らした。



精霊の話が出て咄嗟に思い浮かぶのはいつも、あの美しくも愉快な可愛らしい彼女の事だが、彼女に次に会えるのはいつになる事やら。


少しは俺を心の隅に住まわせて欲しくて、ついつい言い逃げするように置いていった言葉に悩まされてはいないだろうか。


まあ、あの彼女の事だからそんなことはないだろうけれど……。

…………いやそれはそれで切ないものがあるな。






平和で美しく豊かなトルヴァンに産まれ、騎士を志したのは兄の為であり自分の為であった。

王族として政を行う兄の邪魔にならず国と民を守れる手段を選んだら必然的にこの道にたどり着いた。


もともと人より明らかに力が強く、体を動かすことも、剣を振るうことも好きだったからその道を選ぶことは自然な事だっただろう。



騎士学校で切磋琢磨し、騎士団に入団し任務を重ね、団長の椅子に座るまで幾年か。騎士団の有り様に疑問を感じたことは1度も無かった。


四方を他国に囲まれた大陸の南の小さな国、だからこそ加護があれど、なんやかんやとトラブルは発生するものだから、任務や遠征に忙しく、また国の中のいざこざや事件の収拾に飛び回る日々は充足したもので、自分や騎士団は充分に役に立っているものだと思っていたし、国や民を護っているという自負や誇りを持って生きていた。



それなのに、いざ、国防や国の守護が揺らげばこの有様だ。


積極的に武力に訴えることは叶わず、拘束や尋問をできるほど周りの国々とルールを定めていない。だから下手なことが出来ず、外国籍の人間は軽く捉え話を聞き、釈放するのが手一杯。

勿論危害を加えてもいけないから、全力でしかも薬か何かでぶっ飛んでいる無法者相手に無茶はできず、捕縛には気を使うし、精神も体力もすり減る毎日。



行使できる手段が少なすぎる……。



「……この国はこんなにダメだったのか」




知らなかった。王族に産まれて騎士団を率いておきながら。

全く子供のままごと遊びと変わらない。それで偉そうに団長だの、王子だのと、笑わせる。



この国は一体どうなってしまうのだろう。



思わず何度目かのため息が零れそうで、俺は慌ててそれを飲み込むと顔を上げた。



「……あの子なら」


「あの子?」



あの子なら、この状況でも笑うのだろう。

単に頭が悪いとか何も考えてないとか、まあそういうこともあるだろうけど、何より彼女は前向きに天真爛漫な笑みを浮かべて。



悩んだって仕方がない、自分に出来ることをするしかない。



そう生き様で体現しているような子だ。

子犬のように純真な瞳をくりくりさせてきっとこう言うのだ。



……「イル、頑張ろうな。きっとなんとかなる」






やれることは限られているが、打つ手が全くない訳では無い。


今はとにかく、この国境を何者からも守り抜くしか方法がない。

この国が何らかの危機に瀕し、何かが起こっていることは確実で、俺達は騎士である。




「……騎士とは弱きを守り、国を守護し、民に頼られる存在でなければならない」


「……懐かしいですね。騎士道の教本、分厚かったなァ」


「騎士規範の暗記には手こずった。実践では誰にも負けない自信があったが、座学では圧倒的にアイツに負けてたからな。よく徹夜をしたよ」


「ええ!!? イル様がですか!!? うわ〜信じられないですね。けど、イル様も人間なんだなぁ。壁に穴あけるし岩とか粉砕したりするけど」


「当たり前だろう」


「その「アイツ」って伝説のリアム・フォスター様ですか? イル様と鎬を削るほどの剣技と頭脳をもっておきながら騎士になられず卒業後消息不明だとか……。全く勿体ないですよねえ。伯爵家を継がれたんですかね? それにしては噂を聞きませんが……。お二人の模擬戦を見た時はそれはそれは痺れましたよ! 憧れましたけど、レベルが違いすぎて騎士やめたくなりましたね!」



いやぁ懐かしい、と遠い目をするカーチスに笑みを返してかつての黒髪の悪友を思い浮かべた。



奴は名ばかりの伯爵家を継いでもいないし、騎士の能力が生かせそうな仕事にもついていない。まあもとより、騎士になる気などサラサラないようだったが、公爵家の一使用人としてあのフェリルのそばで仕えていると知ったらカーチスはどう思うだろうか。

嫌味ったらしい笑みを浮かべて大人しそうな振りをして胡散臭い執事をやっていたな、あの男が。


なんだか、おかしくなって溢れそうな笑いを堪え、誤魔化すように咳払いをひとつ。




「ま、騎士学校時代の地獄のしごきを思い出して頑張ろうか。カーチス。リカルド講師の悪魔のような山林訓練を思えば、今の状況も生ぬるく思えるだろう」


「うげぇ……。その記憶は卒業した時に封印したんです、俺」



カーチスが口元を抑えて嫌そうな顔をする。


カーチスは俺より数年下の代だったが、リカルド講師の山林訓練は相変わらずだったようだ。



重装備で山越えをさせられ、そのまま三泊野宿をし、夜は毎晩日が昇るまで素振りをさせられ、おまけに食料は自分で調達しなければならなかった。

沼ガエルを食べたのはその時きりだったが、あの味は生涯忘れないだろう。





きっと、大丈夫だ。




出来ることは少なく、反対にこの国の問題は山積みだが、とにかく自分たちにできることをしよう。


問題が見えて現実を知っただけ、進歩だと思うしかない。




「ま、我々第三騎士団には戦女神の加護がありますから!」



カーチスが疲れきった顔で、そう言った。



ああ、まったくもってその通り。


あの天真爛漫な少女はいつだって人の心を明るくする力がある。


きっと、それこそが彼女の魅力なのだろう。










いつもありがとうございます(´;ω;`)

良かったらお付き合いください……。

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