しんじつたち
長っ!!
「……そうだ、精霊の成れの果てだ」
「成れの果て……?」
思ったよりもずっと低い声が出た。
まだ頭がぐわんぐわんと揺れるように痛い。
流石に作り笑いもなりを潜めたユーリウス殿下が、眉を寄せてそう言った。
難しい顔をした錚々たる顔ぶれが、私の一挙手一投足に注目しているなんておかしくて笑いが出そう。
その中で、いったいいつからいたのだったか、ティティー様とお母さんだけが笑みを浮かべていた。浮世離れしているというのはこういう時に使う言葉なのだろう。
「あの日、私は精霊が死ぬ場に立ち会った」
「そうよ、フェリル。貴方は私の望み通り、伸び伸びと育ってくれたわ。あのザイオン人にも感謝しなくちゃね」
お母さんがウインクをした。
そしてその美貌にふらついたジェンシー殿下が「女神だ……」と呟いて熱い視線を送っている。まあ、確かにお母さんは間違いなく女神だけどね。でもお母さんも自由人だから嫁には出来ませんよ。だってほとんど家にいないからね。後一応既婚者だからね、精霊だけど。ほら、お父さんがものすごい顔で睨んでるからね。というか、節操がないな。ザイオンの次期国王。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! フェリル! 何、精霊の成れの果てって!? 何、死ぬ場に立ち会ったって。あとジェンシー王太子殿下申し訳ないのですが、妻をそんな目で見ないでいただきたい!」
勘違いでなければ「妻」をものすごーく強調したお父さんが吠えたが、ジェンシー殿下は涼しい顔でにっこりと笑った。お父さんの小物感がすごい。
「もしかして、俺があの日出会ったのは貴方だったのでは? 俺の女神」
「やめて! 口説かないで! フェリルにしといて!」
「生憎と、猿は範囲外……じゃなくてユーリウス殿下の婚約者殿に横恋慕はできませんので」
「王弟の妻ですけど!??」
お母さんに膝まづいて片手を手に取るジェンシー殿下の手をお父さんが物凄い勢いで弾き飛ばしてるけど大丈夫なのだろうか。
仮にも大国の王太子だけど、お父さん分かってる?
「あ、忘れてました」
「忘れないでもらっていいですか? というかフェリル嫁に出しても良いかなーって思ってたけど、やっぱり辞めます! 貴方はダメです!!」
「あ、猿は間に合ってます」
なんかこっちに流れ弾きた。
誰が猿だ、誰が。いやいいけどね、もういいけどね、猿で。なれましたけどね。
「ダミアン、落ち着け。ジェンシー殿下申し訳ないが弟の妻に求婚するのは辞めてくれるか。それにフェリル嬢はともかく、精霊の他国への流出は我が国としても避けたいところだ」
「わたしはともかく」
なんだその、国をあげての不必要宣言的な。
出ていっても特に損害ありませんよ的な。
さすがのわたしもちょっと傷つきます陛下。
隣でなぜだか安心した顔をしているユーリウス殿下が、慰めるかのように肩をとんとん叩いてくる。なんで?
そういうことするやつだったかユーリウス殿下。そしてそのほっとしたような顔はいったい何。
謎すぎるぞユーリウス殿下。
「さっきから全部口に出てますけど」
「え?」
「ちなみにこの顔はジェンシー殿下はもう貴方に毛ほどの興味もなさそうで良かったですね、の顔です」
「毛ほどの」
貼り付けた笑みとも違うような何やら晴れやかな笑顔で微笑まれてわたしはなんていうか、何とも複雑な気持ちだった。
「それで? その取り戻した記憶とやらは役に立つものだったのか? 精霊の成れの果てが我が国防と何の因果が? この茶番において我々に有益な情報は得られたのか」
珍しく苛立った調子のジェラルド殿下がひらひらと手を仰ぐ。
その声にせっかく自然そうな表情をしていたユーリウス殿下はさっといつもの笑みを張りつけ、言い争いをしていたジェンシー殿下とお父さんは押し黙り、お母さんが楽しそうに笑った。
わたしも大概だと思うが、お母さんの空気の読めなさは異常だ。まあ精霊だからね。
そしてわたしは「あれ、なんの話だったっけ」と呑気に首をひねりかけた所でジェラルド殿下の刺すような射殺さんばかりの目から、ばっと視線を逸らして居住まいを整えた。
あっれ、あの王子ってあんなに怖い人だったっけ。
あんまり話したこともないけど優しそうな人で、柔和な顔で微笑んでるイメージだったんだけど……。
そういえば前ティティー様が腹黒って言ってたな。腹黒なのか。腹黒そうだ確かに。
「なにか? フェリル・マーデリック」
「ひっ!!」
「ユーリ。君の‘婚約者’ちょっとお喋りがすぎるんじゃないか? もっとしつけた方がいいと思うよ」
「え、もしかして私また口に出、モガッ」
「おっしゃる通りです。ジェラルド様、申し訳ございません」
急にユーリウス殿下に口を塞がれて頭を無理やり下げさせられる。
なんか私こんなんばっかじゃないか?
ユーリウス殿下と一緒に頭が膝に着くんじゃないかというくらい下げている途中で、わざとらしい咳払いが聞こえて漸く手が離された。
「ジェラルドの言う通りだ。して、何が分かった? そのザイオン人の執事は何者だ、精霊に何が起きている?」
余談だが陛下の声は兄弟の誰にも似ていないと思う。強いていえば1番近いのはイルだろうか。
低くて威厳があり、そのくせ伸びやかで聞きやすい。自然と視線が上がるような、口を閉じてしまうような何かがある。
王たるものって言うのは声から違うものなんだな、お父さんとは大違いだ。
良かったね、お父さんお兄さんがいて。
「つまり、精霊は悪しき感情を持ちすぎると腐り落ちて消滅する運命なの。それがここ数ヶ月異常に多い。理由は簡単、誰かが精霊を唆しているから。国の守護をしない子が増えたのは偶然じゃない、誰かがそう誘導しているの。このままだと国の守護どうこうはともかく、精霊が居なくなってしまうかもしれないわ」
「……成程そういうこと。ティティーを出し抜こうだなんていい度胸だわ」
お母さんがサラリとそう言い、ティティー様の新緑色の髪がぶらりと膨らんだ。同じ色の丸い瞳の真ん中に赤い縦長の瞳孔が現れてぎらりと輝く。あんなに愛らしかったのに恐ろしい形相にユーリウス殿下とわたしはぎょっとした。怖。
「あらあら、ティティー様はそう言って千年樹で何十年も寝ていただけじゃないの?わたしには堕ちた精霊を看取って魂を次に還す仕事を押し付けておいて。ティティー様がこの国を見守って精霊たちをきちんと管理していればこんなことにはならなかったわよ」
「……ティティーなんの事か分からないわ」
「ま、まま待ってくれ、アリエル。精霊が悪しき感情を持ちすぎると腐り落ちる? 消滅する? ちょっと意味がわからないんだけど、それってもちろんアリエルもそうなの? こ、子どもたちは違う、よね……?」
そっぽを向いたティティー様をニヤニヤと楽しそうに見つめていたお母さんが狼狽えるお父さんに視線を移す。それから、きょとん、と顔を傾けて私を見た。
「もちろん、わたしも汚い感情に囚われてしまったら消滅するわ。でも大丈夫、わたしは好きに生きているし、誰かに簡単に騙されてしまうほど馬鹿じゃないの。何かに執着することもないし、嫉妬とも憎悪とも無縁よ。全く人間って本当に大変な生き物よね」
「よ、良かった……。君が好き放題生きてるのはそういう事なんだね。私の選択は正しかったわけだ」
「あらあら、そうね、貴方は本当におかしな人間よね。もし、縛りつけられでもしていたらとっくに私は消えていたでしょうね」
「ひぇっ」
からからと真底おかしそうに言うお母さんは相変わらず女神のような美しさだったけどお父さんの顔色は急降下した。自分が消える条件すら言わずにあれだけ喧嘩したり、森に籠ったり、かと思えばいつの間にか帰ってきたりしてたんだもの。そりゃあそんな顔色にもなります。お母さんの純粋さが怖い。
「ふぇ、フェリルやネリーやメディも大丈夫なんだよね、良かった良かった…」
「あらあら? ネリーやメディは大丈夫よ。精霊の力を継いでいないもの。でもフェリルは違うじゃない。フェリルの性質は精霊と同じよ? ね、フェリル」
「うん」
「え?」
「え、」
こちらに微笑むお母さんに素直に頷くと、お父さんがぴしりと音を立てて固まる。ついでになぜかユーリウス殿下も。今日は色々な表情するなユーリウス殿下。そんなやつだったか?
見渡すと陛下とジェラルド殿下もびっくりした顔をしているし、ジェンシー殿下は話についていけてないみたいな顔をしている。そりゃそうだ。精霊なんてこの国独特の謎文化に他国の王太子は驚くことばかりだろう。
逆に私達も竜の話にはきっとついていけないだろうしね。
「ま、待ってくれ。何故そんな大事なことを隠してたんだ! じゃあフェリルは死んでたかもしれないってこと??!」
「あらあら、だって話したら貴方、この子を閉じ込めちゃうでしょう? 古の貴方の祖先がそうしたように。精霊は自由を愛する生き物。何者にも囚われない存在なのよ。それにシーフーがいるから大丈夫よ。……あれ、そういえばシーフーは??」
呆然とするお父さんを気にした素振りもなく、キョロキョロと辺りを見回すお母さんに、次に声を出したのは陛下だった。
「古の祖先? 王族、ということか、アリエル」
「ええ、もちろん。この国は精霊と貴方達の祖先である者から始まったの。精霊は国を守り、人間は政治をし更なる豊かさをもたらす。精霊は定期的に王族に嫁ぎ血を継いできたわ。もちろん精霊は自由に振舞っていたけど、その時代の人間達には理解があった。精霊の力を継いだ王族は国の守護の手伝いをし、精霊の力を継がない子どもが代々王になり、人間たちは精霊と上手く関わっていた。けれどある世代の王は妻を外に出したくなくて城に囲ったの。精霊の力を継いだ我が子も亡くすのが恐ろしくて大事に大事に囲ってしまったの」
「……まさか、そんな記録、どこにも……」
「そりゃそうだわ。その結果王族に連なる精霊たちと精霊の力を継ぐ子は全て腐った。それを恥じてお前たちが記録を葬ったのだもの。以来、精霊は人間を恐れ距離を置くようになったわ。悪しき感情を持つ人間には決して姿を見せず、騙されず囲われないよう。ティティーがここにとどまって王と契約し続けてやってるのも、精霊たちが守護を担ってあげてるのも、大昔に人間と交わした約束があるからなのよ。今となっては時代を重ねるごとにその記憶も薄れて、精霊達は文字通りなんとなーく守ってるだけなのだけど。覚えているのは当時からいる精霊だけね。まあ、その中でもアリエルは変人中の変人だけどね」
陛下の言葉にティティー様があっけらかんと答え、陛下は目を丸くした。
「え……じゃあ私たちは本当に精霊の子孫、ということ、なのですか?」
「そうよ? お前やそっちの腹黒はただの人間だけど、あと一人は少しくらい精霊の名残があるのじゃない? そんな匂いがしたわ」
ユーリウス殿下の小さなつぶやきに、ティティー様がふわりと浮き上がり目の前に着地する。
隣にいた私とユーリウス殿下は思わず後ずさり、ティティー様の言ったことに二人で顔を見合わせた。
「……まさか、」
「イルのことか??」
「そうそう、可愛い名前の。というかお前たちは王族がなぜか男ばっかり生まれることを不思議には思わなかったのかしら」
……確かに、あの怪力。私と拮抗する力を持つ変なやつだとは思っていたが、まさか、精霊の子孫だったなんて!
……というか、そういえばそうだ、いわれて見れば王族は軒並み男ばっかりな気がする……!
「そりゃあ、王族としては男児ばっかり産まれて困ることは無かったので。……まあ、妻は女の子も欲しがっていて、イレネーは何故だか絶対女の子だと確信して産まれる前からその名をつけてしまっていましたが……」
「それは最初の精霊の祝福よ。精霊に男はいないから、王家は男児を授かるようにね」
えええええ、そうなの? ビックリなんだけど。見てほらユーリウス殿下なんてもう、あれ? 石像かな? って感じになっちゃってるし、お父さんは石どころか灰になってるから。サラサラ流れていってるから。
もう、何から突っ込んだらいいのやら。……この国の歴史がそんなものだったなんてあのマダムもひっくり返ることだろう。
そもそも精霊自体が幻の存在な上に(私が言うのもなんだけど)、あのおとぎ話的な話が事実だったなんて……。
……あれ、ちょっと待ってお母さん何歳??
「コホン。……色々と、驚愕することばかりですが。……つまり、まとめると、何者かが精霊を利用し、この国を内から崩そうと企てており、そのザイオン人の執事は精霊の性質を知っていたと言うことで間違い無いですね。ティティー様、アリエル殿」
衝撃の真実の破壊力からいち早く復活したジェラルド殿下は、頭痛がするのかこめかみを抑えながらそう言って、この空間で唯一飄々としている精霊たちに目を向けた。
「まあ、そういう事ね。この城にことを手引きしている精霊が紛れているのも確かよ」
「だから精霊の腐ったような匂いがする訳ね。ティティーは最初からわかっていたわ!」
「……では、やはりそのザイオン人が関与していると、そういう事ですね」
ジェラルド殿下はそう強く言った。
……そのザイオン人って、なんだ? 森にいる片腕男のことか? それとも、まさか、シーフー?
シーフーのことをそう言っているのか?
確かにシーフーは怖い。怒らせると恐ろしいし、面倒だし、変態だし、何考えてるのか分からないし、嫌味だし、変態だ。
色々と思い出した今、尚更変態だ。
いやでも、あのシーフーが? まさかシーフーが、精霊を騙して陥れて殺す? 国を内側からどうにかしようとする? シーフーが手引きしてこの国を崩そうとする?
まさか、
「そんなわけない」
「……何?」
「シーフーはそんな事しない」
シーフーは謎の多い男だ。
シーフーと言い始めたのはわたしだったらしい。だとしたら名前すら分からない。
なぜ死にかけていたのかも、歳も、どんな生き方をしてきたのかも、何も知らない。
確かに、この国がどうなってもいいだの、誰がどうなって蛆虫のように踏み潰されようが、王族がどうなろうが、どうでもいい的な事は口にしていたし、多分本気でそう思ってもいるだろう。
でも、これだけは言える。
「シーフーはわざわざそんな面倒くさそうなことはしない」
絶対に。
何故なら、そんな時間があるならば私のそばに引っ付いているはずだから。
いつもありがとうございます!
大変長らくお待たせして申し訳ございません!(土下座)
物語の核的な部分についてはそろそろ終盤ですが恋愛についてはまだまだですね……
これからもお付き合いいただけると嬉しいです!
ブクマ、評価、ご感想等いただけましたらモチベーション爆上がりなので良かったらよろしくお願いいたします(o_ _)o(o_ _)o




