つり
「あんたさぁ、本当に馬鹿だよな。あんなやべぇ男に目えつけられて、それを全然自覚してねえ。あんたらの関係俺から見たら歪すぎ」
森の湖で釣りをしていると、男はそう言い出した。これはかなり序盤でわかったことだが、片腕男は割とおしゃべりだ。そしてシーフーの事が気になって仕方がないくせにツンツンしてる意外と可愛いやつだ。
「あー、はいはい。またシーフーの話な」
だからこういう謎の憎まれ口みたいなものももう慣れっこだ。何かにつけて沈黙があると勝手にペラペラ喋りだし、その内容は大抵シーフーの事だ。可愛いヤツめ。
「……おい、なんか気持ち悪ぃこと考えてねえよな、なあ、お」
「うるさいな、魚が逃げるだろ。私は腹が減っている」
男を見ることもせずにそう言った後で、グゥゥとタイミングよく腹の虫が鳴く。なんと優秀な私の腹の虫。男は顔をひきつらせて「本当、女じゃねえな」とかなんとかブツブツ言っていたが、どこからどう見ても女だろ、頭も悪そうだが目も悪いのか、とは面倒なので言わない。
というかもう随分こうしているのに一向に釣れないし、こいつは話しかけてくるしうるさいし、釣れないし、もう飛び込んで掴みに行くべきか? いやでも服が濡れたら乾かすのが面倒だしな〜。あの男がいるから全裸ってわけにもいかないだろうし……。というかこいつ取ってきてくれないだろうか。いや……片腕では難しいか……。
ぐるるるるるぅぅ
「お前腹ん中に獣でも飼ってんじゃねえの」
「バカなのか、そんなわけないだろ。というかお前先に小屋に帰っててくれないか。魚が釣れないんだけど」
「は? なんだよ俺のせいみたいな言い方しやがって」
「お前がピーチクパーチクうるさいから魚が逃げるんだろう。狩りもへったくそだし、というかお前なんでずっとこの森にいるんだ。いつまでいるんだ」
「ピ、……なんだと、てめえ、俺だってな、好きでこんな森にいる訳じゃねえ、あいつがお前を見張っとけって言うから」
立ち上がった男はその勢いで釣竿を投げ出した。そしてそれは湖にちゃぽんと音を立てて落ちていった。……あーあーあー、私が2年前くらいに作った釣竿4号が……。あとで拾いに潜らなきゃ行けないじゃないか。せっかく貸してやったのに余計なことを……。
「あいつってシーフーのことか? シーフーが好きなのは分かるが別にそんな律儀にあいつの言うこと守らなくてもいいだろうに。というか見張るってなんだ、私は飼い犬かなにかか」
「はぁ? 犬ぅ? 犬の方がずっと利口だろうが」
「ハイハイ。まあお前は犬っぽいけどな」
そう言うと男は顔を真っ赤にしてこちらを睨んできた。いやいや本当の事だぞ。シーフーの事が気になって仕方なくて、シーフーが来るのを心待ちにしてて、シーフーのことで頭がいっぱいだろ、お前。
「お、俺だってな! 本当はあの薄気味悪い腹黒男なんぞさっさと始末して、出ていきたいし、お前みたいなアホとおさらばしてえんだよ!」
「じゃあ、そうしたらいいだろう。別に誰もお前の邪魔はしないぞ?」
肩を上げていきり立つ男にそう言って首を傾げると、男は興奮してつり上がった眉を更に釣り上げ、眉間にシワをいっぱい刻んだ。
「……チッ、今頃とっくにこんな国乗っ取って、あの男もこの国の王族共も根絶やしにしてた筈なのに、アイツのせいで……あの女も使えねえし全く……」
苛立った顔を背けた男が小声でボソボソと呟いたが、残念なことに全て聞こえてしまった訳だが、その内容が全くもって意味不明で私は、間抜けに口を開いて、それから瞬きをした。
「え、なんて、国を乗っ取る? お前馬鹿なのか」
「ああ? お前にだけは言われたくねえよ」
「そんなこと出来るわけないだろう。トルヴァンは小国だが一度の侵略も許していない鉄壁の国だぞ」
まさかこんな時にいつぞやの猛勉強の知識が役に立つとは。あっはっは、と笑っている私を男は逆に馬鹿にしたように口端を上げて肩を竦めた。
「ハッ、これだからお花畑の国の住人は。ま、あの男に一生この森で飼い殺しにされる運命のあんたに知られたところでなんの不都合もねえし教えてやるよ」
ははは、とかわいた笑みを浮かべて男は続けた。空腹すぎて頭がおかしくなったのかもしれない。
「侵略を許していないだけだ。それも加護とは名ばかりの色あせた大昔の約束の名残だけ。あの知能のない化物共はこの国がこの国の人間がどうなろうが知ったこっちゃねえだろうよ。その化物共を辛うじて纏めてる大元をどうにかすりゃあこんな脆弱な国、一瞬で終わるさ」
「お前、何言ってるんだ」
こいつの言う化物共というのは精霊のことだ。こいつは精霊をずっとそう呼んでいる。確かに外国から見ればこの国はとても異質だろうしその精霊も受け入れ難いのかもしれないが、そう決めつけて虐げる態度はどうしても気に食わない。
こいつ自身はずっと一緒に暮らしていて悪い奴ではないと思っている。多分過去になにか辛いことがあったのだろう男は多少…というか結構ひねくれてるし、面倒だし、煩いし、なんか荒んでいるが、根は悪人ではないだろう。
シーフーに言われたからだろうが私のことを心配しているらしく、どこに行くにも着いてくるし(めちゃくちゃ邪魔だけど)、農作業も小屋の修繕もブツブツ文句は言うが手は抜かない。料理はあれ以来残さず食べるし、ザイオンの文化らしいが食べる前のお祈りも欠かさない。片腕じゃ難しいだろうし正直私がやった方が早いが、薪割りは危ないからと率先してやってくれるし、日々の日課の治療は憎まれ口を叩きながらも大人しく、たまに小さな声で「すまん」だの「悪いな」だの言っている。
正直にいって、私はこの男が嫌いではなかった。悪い奴ではないし、煩いが一人でいるよりずっと楽しかった。
……でも、この男が話していることは本当に訳が分からないし、それに、もし本気で言ってるのだとしたら、許せることではない。
「冗談だよな」
そう、冗談だ。そんなわけが無い。国を乗っ取るだの、王族を根絶やしにするだの。そんなこと出来るわけがないし、そもそも何故こいつがそんなことをするんだ? 意味がわからなすぎる。あれだろちょっと悪ぶって、口が滑っちゃっただけというか、いきがってしまったというか。
「冗談? 俺はこの国を利用してある男を殺すためにここに来たんだよ。この国に恨みはねえけど、こんな便利な爆弾抱えた国、利用しねえ手は無いよなあ」
赤い目がまるで血のようだ。夕暮れの赤を反射して、感情のないガラスのように煌めいている。
私は目を見開き、男のどこか悲痛そうな笑顔を凝視していた。
「……いや、いやいや、でもお前アホっぽいから絶対無理だ。それにシーフーになんか弱み握られてるし、シーフーが死んじゃったらどうするんだよ」
そうだ。そうそう。大好きなシーフーに何かあったらどうする。
私の言葉に男は絶句してしばらく、顔を赤くして叫んだ。
「あの男が死のうがどうでもいいわ!」
「え、ウソウソ、大好きだろうお前」
「なわけねえだろうが!! あいつに弱みっていうか、……まあ握られてるのは確かだけどな。……はぁ、本当になんなのあんた。調子狂うんだけど」
「あ、かかった!!」
男が今までの威勢はどこへやら。へなへなと気が抜けたようにしゃがみこんだ瞬間、私の釣竿にようやく獲物がかかった。ちょっと待て今それどころじゃない。また後で聞くからちょっと待っててくれ。
今はそんなことより、今日の晩飯の方が大事だ。
……だけど、まあ。
「ま、どっちにしろ、無理だろ。お前のよくわからん野望は。だってシーフーが止めるよ。お前の企み」
それにイル達、第二騎士団もいるしな。無理無理。精霊を、もしどうにか出来たとして、とにかくこの男はシーフーに頭が上がらないし、シーフーは我がマーデリック公爵家に忠誠を誓っているし、そして我がマーデリック公爵家は王家に忠誠を誓っている訳だし。ほら無理無理。
竿を引きあげながら顔も見ずに言ったから、男がどんな顔をしていたのかは分からない。
しかし、またどうせ喚いてくると思ったけど、男は沈黙してそれから嘘みたいに落ち着いた声音で囁いた。
「師、シーフーね。あの男は全部もう何もかも知ってるけどな、この国がどうなろうが興味無いって言ったぞ。お前と生きられる場所がこの世界のどこかにあればその他はどうでもいいってな」
ポチャン。
「え」
…………は、なんて言った? 今。シーフーがこの国がどうなろうがどうでもいいって、そう言ったのか?
気がついたら釣竿は湖に吸い込まれていた。
いつもありがとうございます!
ご感想本当に励みになります(´;ω;`)シリアスっててごめんなさい……。いつもいつもありがとうございます……!
それと誤字脱字報告! 本当に助かります! ありがとうございます!
早く色々ひと段落してくれ…。




