ゆさぶり
「なんで師ってんだろうなー」
「知らん。シーフーはシーフーだろ」
「いや、そうじゃなくてシーフーっていうのは名前じゃない筈なんだよ」
「お前はいっつも変な事言うな」
「アイツ、どこの誰なんだ。なんであんなに……」
「はぁ? 何ブツブツ言ってんだ。いいから早くこっち向け」
「イダダダ! 無理やり引っ張んじゃねえ!この馬鹿力!」
甚だ不思議だが、あの日からわたしはこの片腕の男と暮らしていた。名前は実は知らない。わたしの名前は知っているはずだけど男もわたしの名を呼ぶことは無い。
シーフーは早朝決まって森に来て、なんやかんやと世話を焼いてから、憎々しげにブツブツ文句を言って屋敷へと戻る。本当にめちゃくちゃ大変な生活してると思う。別にそんな毎日来なくてもいいのに。ある時片腕男にそう漏らしたら「それアイツに言うなよ」と言われた。いやいや、シーフー絶対大変だし言ってやった方がいいと思うのだけど。
「雨が降る前は痛むんだろう。日が落ちたらきっと雨が降るぞ」
そう言って男の腕の無い肩に手を触れると、男は抵抗をやめて鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
全く、いつまでたっても全くもって素直じゃないこの男は必ず1度は抵抗するものだからめんどくさい。
結局捕まるんだから無駄なことなのに手間がかかる男だ。
あれからわたしは男の腕と顔の古傷を治療し続けていた。
分かっていたことだが歪に塞がりきった古傷は治りはしない。病気も治せないわたしの不完全な力は大して役に立つことが無いが、痛みは和らぐらしい。最初の日に治療した後、不思議そうに「そういや痛みがねえ」と男が呟いたことで、この毎日の日課は始まった。
いつこんな大怪我をおってどうして片腕を無くしたのか聞いたことは無いがきっと大変な過去があったんだろうな。男は気がつくととても暗い瞳で空を見ている。
別にわたしは何も聞かないし男も話はしないが、なにか大事なものを亡くしたのだろうか。
……まあでもそんなことはわたしには関係ないし、働かざる者食うべからずなので、男は今日も今日とてせっせと畑仕事をし、釣りに出かけたりする。狩りは当然ながらわたしのが得意なので全然したがらない。デカい剣をぶら下げてる癖にな。ふっふっふ、ざまーみろ。ちょっと嬉しい。
「なあお前、あの男といつから一緒なんだ」
「いつからって……分からない。分からないくらい小さい時だ」
「なんで飼われてる? これからもそうするのか」
「……それ前も言ってたけどな、意味がわからないんだけど」
「そのまんまの意味だ。森から出ず、他の誰とも交流を持たず、囲われて、死ぬんだろ。それでいいのかよ」
「……そんなわけないだろ、わたしだっていつかは」
……いつかは、なんだ。
いつかは森を出るのか? 誰かと恋をして結婚でもするのか? そりゃ憧れはあるけど、このわたしが? 出来るのか……?
「ほら見てみろ、あの男はお前を囲いこむだろうよ。いつまでも永遠にな」
「さ、さすがにシーフーだってそんな。そもそもわたしに常識がなくて人間世界で上手く生きられなかったからここに来たんだ、だから、シーフーはわたしの為に……」
「本当にそうか? 常識が無いのは長いことここにいたからだろ? 上手く生きられなかったって、いったいどんな大事があったのか知らねぇが、生きてりゃ誰でも何かしらあんだろ。それでも、生きるしかねえからどうにか試行錯誤して踏ん張ってんだ皆な。立ち上がる機会を上手いことねじ曲げられて、上手く誘導されたんじゃねえのかよ」
男はいつもうるさく喚いているくせにやけに真剣にそう言った。殴られたような衝撃で目の前が一瞬チカチカした。何を言ってるのか全然分からない。
この男はいつもいつもよく分からないことを言っているけど、今日は特に、何を言ってるのか……全然……。
シーフーは、ずっとわたしをここに置いておくつもりなのだろうか? ……そもそもなぜ、わたしはいつもシーフーの言うことに盲目的に従っていたのだっけ。あれ、なぜ、シーフーはいつも、わたしを人の世から遠ざけようとするんだっけ……。
それは、そうだ、わたしがそう望んだからで。わたしが逃げたからで、シーフーはただわたしの味方でいてくれているだけで……。
…………わたしはこのままここで死ぬのか。ひとりで。
ぽん、と投げられた黒い疑問にジワジワと周りが侵食されていく気がして目を閉じた。
だめだ、こういうことを考え出したら、得体の知れない闇に引きずられそうになる。だめなんだ、こういうことを考えては、だって、わたしは……。
「あの男はどうしてお前にそんな執着するんだろうな」
「……めちゃくちゃシーフーのこと気になるじゃん。なに、好きなのか」
わたしそういう話大好物だぞ。
男の言葉にこれ以上呑まれたくなくて、咄嗟にそう言うと男は目を見開いて額に血管を浮き上がらせた。
……え、本当に? だからやたらとシーフーのことばっかり聞いてくるのか。
「は!? ばっ、好きなわけねーだろ!」
「うるさい、唾飛ぶから大声出すなよ。もう」
この至近距離でそんな喚いたら本当迷惑。いや無いわー本当に無いわー。
白い目で男を見ると赤いのか青いのかよく分からない顔で百面相をしていた。
ふぅ……申し訳ないが、この隙にちょっと落ち着こう。全く揺さぶるようなことばっかり言ってきやがって……。いつも子供みたいに喚いてばっかりなくせに。
最初の印象からは想像のつかない残念さだ。地竜に乗って斬りかかってきた時は強者感あったのに、今の小物ぶりったら……。
ジーアン(地竜)は 物凄くカッコイイし賢いのにな。たまに主に対してやれやれみたいな顔してる時がある気がするし。
まあでも本当毎日毎日シーフーの話題しか話さないし、大好きなんだろうなあ。微笑ましい。
「いやいや大丈夫。わたし別に性別も身分も気にしないから。森育ちだから」
「おいおい、絶対誤解してるだろ! 大丈夫じゃねえだろ、俺は別にあの男が好きなんじゃなくてだな」
「ハイハイハイ」
「分かってねえだろ! おい、やめろ!その生温い目をやめろ!」
だから違ぇ!! と喚き散らす男にちゃっちゃと治療を施してわたしは山小屋を出た。
「お、おい、どこ行くんだ」
「狩りだけど」
「……ジーアン連れていくか?」
「ジーアンはデカすぎて獲物が軒並み逃げるからいい」
「…………じゃ、じゃあ俺が……」
男はウロウロと視線をさまよわせてそれから決意したようにこちらを見たが、わたしは首を振った。
なんか知らないけど男はやたらとわたしの一人行動を気にする。
自分が一人になるのが心細いのかと最初は思っていたが、どうやら違うらしい。まるで心配しているかのような態度に戸惑わないわけではなかったが、多分シーフーに何か言われているのだろう。
「お前うるさいから嫌だ」
「ああ?! せ、せっかくこの俺が」
「じゃあ行ってくるなー」
この俺ってどの俺だよ、なんでそんなに偉そうなんだ。
いつも断ってるのに、なんでいつも着いてこようとするのか。シーフーはこいつに何を言ってこいつはシーフーに何を握られているんだ。それとも寂しいのか?
というか静かにしてくれれば連れていかないこともないのにいつも喚くんだから本当狩りに向かないよな。
未だになにか喚いている男を無視して狩りにいった。これももういつもの事だ。
そして、その日、立派な牡鹿を狩り、ほくほくと帰ってきたら、男は物凄く難しい顔をして眉間にシワを作りまくっていた。
何があったんだ。そんなに寂しかったのか。だから喚かなければ全然連れていくのに、面倒なやつだな。
「……おい、なんかまたうぜぇこと考えてんだろ」
「捌くからちょっと手伝って」
「おい! 無視すんじゃねえ!!」
いつもいつもありがとうございます!!
喚いてる人は書いてて楽しいです……。




