もりとやしき
「あんたさぁ、あの男の恋人なの?」
シーフーが立ち去ってしばらく、後ろからかけられた声にものすごい勢いで振り向き、ブンブンと首を振った。
「シーフーと私が!? そんなわけないだろ!」
何を言い出すんだ。そんなわけが無いじゃないか、いったいどこをどう見たら恋人同士に見えるんだ。あのシーフーと恋人だなんておぞましすぎて体が震える。
「師?」
「あああんな恐ろしい奴と恋だの愛だの……ありえない」
「じゃああんたはアイツの弟子なのか? アイツはあんたの恩師か?」
「は? 何を言ってるんだ。シーフーはただのうちの使用人で執事で、わたしの世話係だ」
というかお前が一体誰なんだ。
なにやら訳の分からないことばかりを言った挙句、ふむふむと、難しい顔をして考え込む男に白い目を向けてやる。
そういえば、いたな、とようやく思い当たるくらいに忘れていたが、この謎の黒髪男はあんなに喚いて何故か泣いてたくせに、シーフーに連れられ帰ってきたら随分と冷静さを取り戻していた。いや、というか誰なんだお前。何者なんだ一体。
「ただの使用人、世話係。ふーーん」
「な、なんだよ」
「じゃあなんであんたあの男に飼われてんの?」
「は?」
心の底からアホみたいな声が出てしまった。これじゃまるでわたしがアホみたいじゃないか。いや間違いじゃないんだけど……いやいや、そうじゃなくて、「か、飼われてる」?
飼われてるってなんだ? なんの話しだ。どういう意味だ。あの、家畜とかペットとか、そういう意味の「飼われてる」か? え、なに、どういうこと?
「自覚が無いとは、流石は頭お花畑の国の民だな」
「え、いやいやちょっと待って、色々と、ちょっと待って……」
はっ、とバカにするように息をついた男の顔を見ないようにして額に手を当てた。頭お花畑??わたしがじゃなくて、この国が? ちょっと待って、なになに? 飼われてるってなに? 自覚ないって何が?
「あんた馬鹿なんだろ。どう見てもあの男はあんたに執着して、あんたを管理して飼ってるじゃん」
「いやいや、そんな馬鹿な。言っとくけどな、わたしはこう見えて人間なんだぞ。もしかしたら猪とか猿とかに見えてるのかもしれないけどな、一応人間なんだぞ、飼うとか管理するとかってそんな」
「猿とか猪に見えてるわけねえだろうが、俺を馬鹿にしてんのか」
「え? いや、だってよく言われるし」
「はァ? 意味わかんねえんだけど。どっちかって言うと精霊みてぇなナリしてんだろーが」
「いやまあ、そりゃお母さんは精霊だけど……」
「は? なんだそりゃ、そんなのが居んのかこの国には。バケモンかよ」
嘲笑うかのように口の端を上げて言われた言葉に、久しぶりに息が止まりそうになった。悪意を持ってこう言われたのはとても久しぶりで、虐げるような拒絶の響きに衝撃を受けたのは、その嫌な記憶が少しずつ薄れようとして居たからだろう。
「ああ、だからあの怪力か。はっ、くだらねぇ。この国の連中は精霊を神格化してやたら信頼して崇めてっけど、そんなもんじゃねえよな、実際。精霊なんていうのは化け物みたいな力を持った知能の低い馬鹿な連中だ」
心底馬鹿にしたような口調の男に気持ちの悪い嫌な感情がせりあがってくる予感がして、何故だかシーフーを思い出した。
ーーー言いたいやつには言わせとけばいいんですよ。
ーーーー分かる者だけが分かっていればそれでいいでしょう? 私はあなたの味方ですよ。いつまでもね。
ーーーーー弱いやつほどよく吠えるってのは人間も獣も同じですね。
過去に、いつだったか、たしかずっと幼かった頃に、シーフーはなんでもないようにそう言って、呆れたように笑っていた。
いつ言われたのか、なんでそんなことを言われたのか、全く思い出せないのに、何故だか言葉とシーフーの表情だけははっきり思い出せる。
そして、何故だかそのシーフーを思い浮かべると、この男の言葉がどうでもいいことのように思えてしまうのだ。
「あ? おい、どうした。まさか泣い……」
俯いたわたしに男は戸惑いの混じった声でそう言ってじりじりと近づいてくる気配がする。
見てもないのになんだかオロオロとした空気が伝わってきて笑いそうになった。
「ま、待て、悪かった。別に泣かすつもりじゃ……俺は本当のことを言っただけっていうか……つか、泣くな、俺が殺され……ぅっ!?てめ、」
伸ばされてきた手をバシり、と掴み、捻りあげると男は濃い赤の瞳をメラメラと燃やしてこちらを睨みつけてきた。泣いたり、嘲ったり、困ったり、怒ったり、忙しいやつだ。
さっきの言葉は正直どうかと思うが、悪い奴ではないのかもしれない。ていうか誰なんだろうこいつ。
「確かにわたしは怪力だし馬鹿だけどな。会ったことの無い奴の事まで馬鹿にするのはどうなんだ。自分の目で判断してから決めた方がいいぞ。一括りにして判断するな」
片腕しかない男の残った左腕をひねりあげて持ち上げると、男は顔を真っ青にして「イテテテテテ!」と叫んだ。
「分かったか」
「いってえっ!!」
「おい、」
「わ、わか、分かったって!」
その言葉にようやく、手を離すと、どすん、としりもちを着いて、男はわたしを睨みあげて舌打ちをした。
「…………んだこいつ、猿どころじゃねえ……熊かよ」
ーーーーーーーーーーーー
今日も今日とて、あの馬鹿な王子様は昼過ぎに花束と土産を持参してやって来て、そして五分も経たないうちに私に追い返されとぼとぼと情けなく帰って行った。
「懲りないもんだ」
馬鹿真面目なのか律儀なのか柔軟性が無いのかなんなのか。毎日同じ時間にやって来てくれるのは大変有難いが、有難いついでにもう諦めてくれたら非常に助かるんだが。
多分公務を消費して、時間をどうにか捻出して、うちの迷惑も一応は考えて毎日同じ時間なんだろうな。そんなに無駄に色々考えてくれるのなら一層諦めてくれたらいいのに。
どこまで行っても考えすぎで、どうしたって感情で動けない、型にハマった面白みの無い王子様は、確かに兄とは全然違う。フェリル様とも多分真逆なんだろう。気疲れしそうで嫌な生き方だな、と哀れにすら思うが、そうなってしまうほどに、今まで何にも打ち込めず、心を動かされることがなかったんだろう。器用貧乏っていうか。……やっぱり哀れだな。
「となると、男爵令嬢と恋に落ちてるって言うのは殊更、不自然だったが……そういうこと、合点がいった」
一番そういう‘他人の目’や‘自分の立場’に縛られている人間がしなそうな醜聞を、なぜあの不器用そうな男が? と思いはしていた。まあそんなに興味は無かったが。……けど、あいつの話を聞くに、なるほど、そういうことか、と。
…………というかなぜフェリル様に執着してるんだアイツは。さっさとその‘初めて夢中になれたモノ’と乳くりあってればいいというのに。
「…………まあ、どうでもいいですね。あの第三王子は」
馬鹿真面目で律儀で感情で動けないアホな男ほど読みやすいものは無い。
あれは障害にすらならない。
……しかし、問題は…………。
「あの脳筋野郎……」
騎士学校時代から、フェリル様にちょっと似てるとこもあったしあの馬鹿正直で真っ直ぐで打算も何も無いさっぱりとした性格は嫌いじゃなかった。
王族なのに気安くて身分を気にせず、考えていることといえば体を鍛えることと、剣を極めること、それだけだったような男だ。
だからペラペラと色々話してしまっていた自覚はあったが、あの男は私の話を右から左へと追い払い、酒で流し込み適当に相槌を打って、爽やかに笑っているだけだったはず。
とにかく、一生会うはずがないから話したのだ。一生出会うはずがない両極端の人間だったから油断した。
…………だって出会ってしまえばあの二人が意気投合しないはずが無いのだ。
まさか、王族であり騎士団長という立場ある男がわざわざ王都の外れの森にノコノコやってくるほど入れあげているとは……本当に厄介なやつだ。
……そして、あのフェリル様のあの反応……。
「ひ、ひぃっ!!」
「あ、これは……驚かせてしまって申し訳ございません。……片付けておいていただけますか?」
「は、はいぃ!!!」
気がついたら、第三王子から受け取った手土産の小綺麗なブリキ缶がひしゃげていた。
たまたま近くにいて悲鳴をあげた使用人にニッコリと笑って、ひしゃげた手土産と花束を渡すと、使用人は青い顔で怯えたように一目散に去っていった。
…………私の笑顔は完璧なはずなのに、おかしな使用人ですね。それと、廊下を走るのはみっともないので辞めなさいと注意しなければ。
私はため息を落として手袋のシワをのばし、それから踵を返して屋敷の中へ向かう。
とりあえず、思いがけなく手に入った、私に逆らいはしないだろう駒をフェリル様の側に配置できたのは僥倖。私ひとりでは屋敷と森、手が足りなかったのは確かだ。
…………まああの男が旦那様にとって、そしてこの国にとって、歓迎されるものでは無いのは明らかだけど。
「私にとっては同じことです。この国が滅ぼうとも、誰が消えようとも…………」
そう、フェリル様が幸せに生きている未来がありさえすれば、その他は別に気にする事でもない。
……この国が無くなるのなら、他に誂向きの住処を調達する必要があるが、そこは駒を小突いて、あの森は不可侵にすれば済む話。
あの男も別に‘国自体’が欲しい訳でもないようだからな。森のひとつくらい。
「さて問題は、どうやってあの脳筋を始末するかですね」
あのかつての友を、悪友を、王族であり、私が一度も勝利したことの無い、無類の強さを誇るあの男を、一体どうやって……。
いつもありがとうございます!
ご感想、誤字報告本当にありがとうございます(;_;)めちゃくちゃ嬉しいです!
全然終わる気配が見えないですがもう少しお付き合いいただけたら嬉しいです……




