のろい
「フェリル様!」
「っ!!」
森の奥から駆けてくる見慣れた黒髪と、それに引きずられるようにしてやってくる見慣れない黒髪に、意識を戻された。
イルのせいでバクバクうるさく鼓動する心臓を押さえつけるのに精一杯で、何も答えられないまま、大きく息を吐いて気持ちをどうにか落ち着けた。……まったくなんでイルはあんなことを………不意打ちなんて卑怯すぎる。
こうして遠目で見ると2人はなんか兄弟みたいに見えるな。絶対言わないけど……。
「どうして外にいるのですか。ああ、もうこんなに日に当たって……肌が赤くなってしまっています。そのお母様譲りの美貌はあなたの唯一の取り柄なんですから……」
いつもの如く失礼なことを言いながらわたしに近づいてくるシーフーは手馴れた動作で上着を脱いでわたしにかけようとした。
よくある事だ。雨の日とか、日差しが強い日、とかシーフーはわたしのことを思っていつもこうして……
「……っあ、」
「フェリル様?」
よくある事なのに、とっさにわたしはシーフーの手から避けるように後ずさってしまった。な、なんでこんな、この男の近さなんて、いつもの事なのに。
唖然と目を丸くするシーフーと、死んだような目でつまらなそうにこちらを見ている名も知らぬ男。
「フェリル様? あなた、なんて顔をしてるんですか」
なんて顔? 全く失礼なやつだ。顔だけが取り柄と言ったり、なんて顔と言ったり……そういえばイルも訳の分からないことばかり言っていたし、本当に揃いも揃って人のことを一体なんだと……。
「っう、ぐ!?、」
「フェリル様」
イルの謎行動と謎の発言、そして自分の謎の行動のせいで、混乱する頭でどうでもいいことを考えながらウロウロと視線をさまよわせていた時、突然顎を強い力で掴まれて無理やり上を向かされる。
強制的に合わせられたシーフーの切れ長の濃い茶色の瞳がわたしを射抜いていて、体が勝手に硬直した。
シーフーなんかの力なんてわたしなら簡単に振り解けるはずなのに、なぜかそれが出来ない。
さながら、蛇に睨まれた蛙のように珍しく笑っていないシーフーの真剣な顔を無理やり凝視させられて、もうなんか心臓が口から飛び出しそうだ。あと顎が痛い。
「誰かと会いました?」
「あ、会ってない!」
とっさに、なぜだかとび出た嘘に自分でもびっくりしている。イルが心配して見舞いに来てくれたぞ〜とか、正直に言えばいいだけだったのに。……いやでも言ってはいけない気がする。何故か分からないけど、なんかそんな気がする……。
じーーっと無感情な瞳で覗き込んでくるシーフーにわたしの心臓、というかもう内臓という内臓が破裂せんばかりに全身でバクバクしている。
逸らしたいのに逸らしたら食われそうな空気に当てられて冷や汗がダラダラと流れた。もういいから手を離してくれ。別に何も悪いことはしていないんだ、だから、お願いしますシーフーさん、本当に。
しばらくシーフーはわたしを見つめてそれから、すん、と小さく鼻を鳴らした。さながら犬のようにわたしに鼻をちかづける大の大人に、色んな意味で心の中で大絶叫した。
「……臭うんですよねえ」
「え!!!!」
く、臭いのか! わたしく、臭いのか! 昨日も水浴びしたしうがいもしたし、今日は堆肥は触ってないはずなんだけど、く、臭かったのか……どうしよう、イルも臭いって思ってたんじゃ……。
かぁぁあと赤面しているだろうわたしをシーフーが冷めた目で見ていることなど気づかず、とにかくショックを受けていた。森じゃ王都みたいに湯浴みすることも出来ないんだけど、そうだな……今度シーフーが街に行った時香油か石鹸でも買ってきてもらうか……ああ、自分で行けばいいのか、そいやなんでわたしは自分で買い物行かないんだっけ? ……あ、お金無いのか、それにシーフーがいつも……
「王族の傲慢な匂い。高貴な生まれの癖に庶民派ぶってる偽善者、馴れ馴れしくて飾らなくて、単細胞なアホの匂い」
「……は、は? な、何言ってんだ、シーフー」
「正直嫌いじゃなかったんですけどねえ。ま、でもフェリル様に手を出そうとするなら話は別です」
「意味が……」
シーフーはそう言ってニッコリといつもの笑みを浮かべた。
ようやく顎から離された手が今度は肩を掴み、わたしは悲鳴をあげた。
「もう一度聞きますフェリル様」
「ど、どうしたんだ、シーフー」
「誰に会ったんですか?」
誰かに会いましたか?だったはずの質問はいつの間にか確信的なものに成り代わっていて、わたしはひゅっと息を吸い込んだ。
不気味に浮かぶ完璧な笑みが何故だか怖くてたまらなくて、カタカタ震えそうになる両手を握り、どうにか首を振った。
「あ、会ってない。……誰にも」
言ってはいけない気がする。なんでかは、分からないんだけど……。
ぐっ、と口を噤んだわたしをシーフーはしばらくニコニコと見つめ、それからため息をついて肩から手を離した。
「はっ、」
ようやく息ができるような不思議な感覚。あんなに信頼していてあんなに味方だと思っていたこの幼い頃からの世話係が何故だか恐ろしくてたまらない。なぜだ。たまに、そう、たまに何かわからないけど凄く、得体の知れないものみたいに見える……。
「そうですか。私の勘違いだったみたいですね」
「あ、、ああ、うん、そう、勘違い」
「……では、私は屋敷に帰らなければなりませんので、この‘森’で大人しく待っていてくださいね」
「あ、うん、それは、もちろん……」
「信じてますよ。フェリル様」
シーフーはいつもの笑みでまっすぐわたしのことを見つめた。
‘信じている’‘約束’。
今までたくさん、シーフーと交わした契約のような言葉達が思い出されて、ずん、と胃の中が重たくなるような不快感にわたしは首を傾げて、へらりと曖昧な笑みを浮かべることしか出来ない。
シーフーはそんなわたしにまた「約束です」と小さく言って、去っていった。
「……呪いみてぇだな」
すっかり存在を忘れていたまだ名も知らない男が、そう小さく呟いていたことをわたしは知らない。
いつもありがとうございます!
いただいたご感想が面白すぎて返信したくなりましたが、わたしはうっかりネタバレしてしまう癖があるのでどうにか我慢致しました……。いつもいつも本当にありがとうございます(;_;)
さっくり終わらす予定だったのに未だ終わる気配が無くて本当に申し訳ないです……。申し訳ないのですが、良かったらこれからもお付き合いいただけますと嬉しいです!




