まちぶせとためいき
倒れて動かなくなった男に慌てふためくわたしは、とりあえず、だくだくと後頭部から流れる血をどうにかしようと、後頭部の傷を治し(あれ、なんかこんなこと前にもあったな)、それでもなお目覚めない男に焦り倒して、一通りウロウロした結果、担ぎあげた。
よし、とにかく山小屋に運び込もう。
男を担いで歩き出したわたしに地竜は一度吠えたが、しどろもどろに、身振り手振りで「わたし、こいつ、傷つけない、治療する」と伝えると分かってくれたのか分かってくれていないのか、何はともあれ大人しく着いてきた。お、なんか可愛いぞ。
小さい山小屋にその巨体が入るわけもなく、外で待ってて、と伝えると地竜は巨体を丸めて大人しく寝転んだので賢いな〜とニヤついた。
正直、地竜って美味いのかなあ〜と考えたりもしたが、もし野良地竜を見つけたとしても狩るのは辞めよう。うん。
それから男を寝所に転がし様子を見てみるが、一向に目を覚まさない。後頭部のキズは治したはずなのに……。それどころか大汗をかきウンウン唸っている。
どこか悪いのか、それともその目立つ顔の傷が痛むのか……。
オロオロと再び男の周りを徘徊する。し、死んでしまったらどうしよう……。なぜこんなことばっかり起きるんだ。
く、くそう、と、ととりあえず顔の傷を治してみるか、あの大きく裂けた傷は確かに痛々しいし、辛いのかもしれない……。
よし、と拳を握り、そーっと近づくがうっかり男の布地の多いマントを踏んずけてしまった。
貴族のようなナリをしているくせにゴワゴワのマントを羽織っているからものすごく不自然だ。
というか、なんか違和感が……。
「……ん?」
わたしが踏んずけてしまった場所は男の右脇腹のすぐ隣だった。つまり、普通なら右腕がある場所だ。
「ん、んん?」
しかし腕を踏んだ感触は無く、バッとしゃがみこんでやたらとたっぷりしたマントを掻き分けると、腕の入っていないぺたりとした袖が出現した。
「お、前……」
だから剣を振るう時も片手だったのか……。てっきり女相手だから手加減されているのかと思ったが。
体捌きの割に隙のある剣も、重さの無い剣戟もそのせいか。
…………もしかして、この腕が痛むのかもしれない。
わたしはまず腕と、それから顔の傷に目を閉じていつもよりずっと丁寧に治療を施した。
「ふぅ……」
…………まあ、もちろん治るはずもないのだけど、でも顔色は数段マシになった気がするし、冷や汗も唸り声も収まったので良かったことにしよう。
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私は苛立っていた。ものすごく、それはそれはもう、ものすごく。
誰にって? それはもちろん……。
「ユーリウス殿下。貴殿はよほど暇を持て余していらっしゃるようですね。こう毎日毎日飽きもせず……フェリル様はお会いになりませんと何度申し上げたら……」
「しかし体調を崩しているのでしょう? まだ礼だって言えていませんし、それに……」
「一体なんの礼ですか? 私が言うのもなんですがフェリル様が貴方様に謝罪するならまだしも、貴方様がフェリル様に礼をすることなど1つも思いつきません」
この国の王族に尊敬も忠誠も皆無な私が、はぁ、と無礼ながらため息をつくと、ユーリウス殿下は気分を害した素振りはなく、ただ歯噛みした。恐らくは図星をつかれて。
ユーリウス殿下はこの屋敷で一晩休み、翌日回復し迎えの馬車に乗って去っていった。
その頃にはフェリル様も屋敷で死んだように眠っていた訳だが別にそれをこの色ボケアホ王子に教える義理もない、から黙ってたのに、次の日から何故かせっせとマーデリック家に通うようになっていた。
チッ、一体誰が漏らしやがった……と考える時間は必要なく十中八九、城に入り浸っている旦那様である。旦那様はどこか、ユーリウス殿下と、くっつくならくっつくでそれはそれで良し! と思っている節があるが正気か? 王族との結婚なんていいことなんかひとつも無いだろうに。というかそもそも、フェリル様には向かない、無理、というか駄目だ。
結婚なんてフェリル様は望んでいないし、する必要性が感じられないし、というか駄目だ。 マーデリック家の未来はすべからくあの双子たちに委ねればそれでいい。幸い優秀な二人だ。どうにだってなるだろう。
という訳で毎日せっせと花束と手土産を持参しやってくる悪質ストーカーことユーリウス殿下を追い払うべく、私はマーデリック家で待ち構える必要に迫られていた。
王族を真面目で従順なトルヴァン人であるここの使用人たちはきっと無下にできないし、旦那様や双子は嬉々として話を通すだろう。
フェリル様を外れの森に移送したとはいえ、この王子はそれを知れば森にすら行きかねん。なんなんだこのガキ、暇なのか。王族のくせに。仕事をしろ。
はぁ、本当であればもっとフェリル様の傍で畑仕事をしたり、食事をしたり、狩りをしたり……そういう生活を送りたい。まったく、なぜ執事なんかになってしまったのか。……いやマーデリック家は私の恩人であるし感謝はしているのだが……。
「ザイオンとの同盟締結の件で王城は大忙しだと聞きましたが、第三王子にまで仕事は回っていないようですね」
「ご心配いただかなくとも私に回された公務はきちんと片付けた上で時間を捻出しています。ザイオンの件についても、彼女には礼を言う必要があります。色々と誤解があるとはいえジェンシー王太子殿下は先の夜会でフェリル嬢を大変見直され、気に入っておられます。自分の勘違いで迷惑をかけた代わりに…と条約もトルヴァンにとって好条件で……」
「フェリル様はトラブルを起こしただけでしょう。見直したと言っても落差が激しかったからと言うだけで、フェリル様は特別なことは特に何もしていませんでしょう。従って王族の方手ずからの礼など受け取れるわけもありません」
なんてしつこい男だ。毎日毎日、王族を追い払うために何故私がわざわざ屋敷の前で待っていなければならないのだろうか……。
想像の中で何度この男の首を跳ね飛ばしたか知れないし、何度「いいからお前はティアナ・レイクとかいう女と乳繰り合っとけ」と口に出かかった事か……。
まったく、何故フェリル様は厄介な男ばかり引き寄せるのか……まあ確かに、あの人ならざる美貌とあのぽんこつな中身のギャップは衝撃的で、真っ当に生きてきた高貴な者であればあるほど、珍獣のごとき珍しさであろうし、新鮮で面白い、のかもしれない。
それに社交界で上っ面ばかりを鍛え、中身のない会話と腹の探りあいで疲弊した者にとって、あの馬鹿馬鹿しく素直すぎる純真とも阿呆とも言える性格と快活っぷりは魅力なのかもしれないが……別にそれを誰に分かってもらわなくとも良いし、そもそも彼女は人間達と関わる必要がないのだ。
「しかし、体調を崩されていると聞きました」
誰にだ。と聞くまでもなくまあ、旦那様か国王だろうけれど。この話しぶりからは詳細は聞いていないんだな。ま、外国との接待の場で暗殺事件もどきが起きただなんてそうそう言えることじゃない。確かなことは何一つ分からないのだし。
「フェリル様は丈夫ですのでご安心ください」
これは本当だ。フェリル様は野生の獣並の回復力でとっくの昔に全快しとっくの昔に森を駆け回っている。お前が気に病むことは何一つない、安心するがいい。
だからさっさと帰れ。二度と来んな。せっかく婚約者ごっこから解放されたというのになんなんだこの王子は。まあジェンシー殿下がまだ滞在している以上、公にすることはできないだろうが……実際体調を崩しているのならばフリをしなくて済むのだから、この色ボケ王子にとっては万々歳だろうに。むしろ感謝して欲しいんだけど。さっさと本命の女のところにでも行けばいいだろう……もう、鬱陶しい。
思わず舌打ちが漏れそうで表情筋を引き締めて、努めて笑顔を浮かべた。
「……では、また明日来ます」
そう言って殿下は花束と手土産を私に無理やり握らせると、踵を返した。
途端に笑顔を消し去り、私は心の中でため息を着く。はぁ、また明日もここで待っていなければならないとは……。
今日はもう森に行く時間が無いし、まったくあの馬鹿王子のせいで私の安寧の日々が台無しだ。
…………なんてしつこい男だ。めんどくさい。
ユーリウス、いつもストーカーしてるなあ( ´ ` )




