もとどおり
「荒れ放題じゃないか」
起きたら荒れ放題だった。なにが、森の私の山小屋が。ものすごく懐かしい見慣れた愛着のある私の山小屋が。
よっこいしょ、と何だかフラフラする頭を抑えながら立ち上がると、目眩とふらつく体に戸惑いつつ、よたよたと千鳥足で箒を探しに徘徊する。
素人建築の山小屋は時々きちんと屋根の補修をしなければ恐ろしく雨漏りがする。だから埃と水溜まりと枯葉が至る所に散乱し、たまに虫が這っていた。
……いやでも寝床は割と綺麗だな。というか布団が新しくなってるし周辺も埃ひとつないし、あと私も綺麗で質素でシンプルな綿の服になっている。あれ?
まあ、何ヶ月も不在にしていたのだからしょうがないことだ。
ふぅ、と息を吐き手製の箒を肩を乗せ王都の屋敷の私の部屋にすら満たない小さい室内を見渡す。
「…………いや、まて。なぜ私は森にいるんだっけ」
箒で肩を叩きながら首を傾げた私を知ってか知らずか、バァン!!とけたたましい音を立てて扉が開いた。
「ぅわっ」
「はぁ、はぁ、……お目覚めですか、フェリル様。はぁ、良かった……。というか早いお目覚めですね、死にかけたって言うのに、さすがは精霊の子…はぁ」
「え。きもちわるっ」
何をハァハァ言ってるんだ。野犬みたいなやつだな。……というか、なぜシーフー? あれ、私はなんで森にいるんだっけ。あれ?
混乱しっぱなしの私に、なぜか大汗をかいているシーフーはニッコリと微笑み、それからスタスタと中に入ると机にドカッとすごい量の荷物をおろし、そして暑苦しいいつもの執事服の襟を整えた。
「お元気そうで何よりです」
「え、なにこの荷物? 服……私のか? あと、これは……食べ物?」
街で買ってきたのだろうか綿のシンプルな服がいくつかと、それから大量の食料に腹の虫が「グゥう〜」と盛大に鳴いた。
「さすがはフェリル様。良い腹の鳴きっぷりです。恥ずかしげも無く素晴らしい」
「褒められてる気がしないんだが……」
「まあ無理もありません。何しろ3日眠り続けていたのですし。畑は放ったらかし過ぎて虫と獣に食い荒らされていましたから急いで買い出しに行ってきました。まさかもう目が覚めるとは思わなかったですけどね。ははは、普通の人間ならとっくに死んでますよ、さすがフェリル様熊並の生命力」
「お前私のこと嫌いなんだろ」
絶対そうだ。昔は特に気にしてなかったけど最近分かってきたぞ! こいつ、私の事褒めてる振りして貶めてるだろ。ふふ、知恵は付けるものだな。この爽やかな笑みの裏で今まで散々わたしをけなしてたんだ。 いや、裏も何もない感じだったか……むしろ正面から堂々と嬉々として貶してたかこの男は……。なんだろ、泣きたくなってきた。お腹すいたし、
「……ん? というか3日眠り続けたっていったか?」
「ええ、言いました。死にかけてたんです」
危ない危ない……。つらつらと流れるように紡がれる悪口に誤魔化されるところだったが、なに? わたしが3日も眠り続けてただって、そんな……な、なぜ、
「一体なにが、……あれ、なにがあったんだっけ、確か………あ、そうだ! 城! 城に行って、晩飯を食べて……」
食べて、何だったっけ、前菜がとてつもなく美味しかったんだった。それからジェンシー殿下と会って、あれ? 何話したっけ? ん? そっから先の記憶が無いぞ? どうしたんだっけ? どうやって帰ったんだ? そもそも帰ったのか? ……というか、なんか忘れて…………
「あ! そうだ! ユーリウス殿下! 殿下は大丈夫だったのか?! 私は上手くやれたんだろうか」
あの不器用で馬鹿みたいに真面目な王子様が、あんなに青い顔をしてまで成功させたいと願っていた事だった。たかが1日、あんな大勢の人間がヘラヘラ愛想笑いをしてクルクル踊ったり飯を食ったりする場で、失敗する訳には行かないと、あんなに強い目で語った事。私は彼の為に無事役目を終えられたのだろうか? 彼にこれ以上心労を与えてはいないだろうか。
「…………ええ、それはもう。ユーリウス殿下もご満足されてザイオンの王太子殿下もご納得されました。ですのでもうフェリル様は婚約者ごっこをする必要もありません。全て終わりました。何もかも元通り、また貴方はこの森で私と気楽に暮らすのです」
「……そ、うか」
シーフーは素晴らしい笑顔でそう言うと食料を持って台所へ消えていった。
……そうか、そうなのか。良かった。ジェンシー殿下の目を無事欺けたわけだ。騙したみたいでちょっと良心が痛まないこともないが……。まあ納得して貰えたのなら良かった。ではこれでこの国が危険な目にあうことも、ユーリウス殿下の心労が募ることも無いのか……。やっとユーリウス殿下は想い人へと集中できるし、邪魔者は消えたわけだし、国は平和で、私は何も気にせず前みたいにのんびりここで暮らすのだ。ただ1人で、たまにやってくるシーフーと世間話や畑仕事をしたりして。
なんだ、終わってしまえば、呆気ないものだったな。じゃあもう城にも王都にも行く必要は無くて、行く理由は無くて、ユーリウス殿下にもイルにも、もう会う必要も理由もないのか。もう、会うことは、ないのか……。
「なんだ、。そっか、、」
呆気ないな。本当に。あんなに王都が嫌だったのに……。
イルは食事に行こうって言ってくれてたし、ユーリウス殿下の恋の話は結局聞けていない。彼の手伝いだってついぞ出来なかったな。約束したのに……まあ、一方的にだけど。
マダムにあんなに苦労して教えてもらったこともここじゃ生かすチャンスは無いな。……はは、そっかそっか。
「終わったのか」
肩からだらりとおろした手から、箒が滑り落ちてガタンと音を立てる。
全部全部全部元通りだ。
「大丈夫ですか? フェリル様」
「あ、うん」
ずっとずっと望んでいたことだ。私は森が大好きで、ここでのんびり過ごす日々を愛している。
人間は苦手だし、どう関わって良いのか分からない。過ぎた力で傷つけるのが怖いし、人間は口から出る言葉と目の奥の感情が一致していなくて恐ろしい。
私はここで育ちここで死んでいくのだ。ずっとそう思っていたし、それ以外を考えたことなんてなかった。
だから、これでいいんだ。あるべき姿に戻っただけ。
沢山失敗をして沢山迷惑を掛けたじゃないか。ユーリウス殿下には特にだ。上手くいかないことばかりで、怒らせて困らせてばかりだった。
だから、これで、いい。…………私は所詮人間とは暮らせないんだ。
「フェリル様、良かったですね。森に帰れて」
そう、良かったよ。ここには私を傷つける者はいないし、私が傷つけてしまう心配もない。怒らせてしまうことも迷惑をかけることも無い。……まあ、一回あったけどジェンシー殿下はイレギュラー中のイレギュラーだし、飛龍はもう撃ち落とさないと心に決めたし。
シーフーは私の事嫌ってる疑惑があるけど、まあでもなんかついてくるし、なんやかんやでいつも一緒にいてくれる。うるさい兄のようなもんだ。
「良かった、うん……これで」
なにもかも、元通り。




