だいせいこう
ところ変わって、王城では……
「はじめまして、ロドリー・ハルジオン侯爵様、ヘレナ様。わたくしはフェリル・マーデリックと申します。お会いできて光栄です」
ぐるるるぅぅぅう
まあ、ネリーさん、と声をかけてきてくれたマダム・ヘレナとハルジオン侯爵に素晴らしい淑女の礼を披露したのは、なんとあの野蛮人……もとい、私の姉である。
話には聞いていたし頑張っていたのもこの目で見てよーーく分かっている。明らかにげっそりしているし、彼女は図書室に缶詰で本に囲まれたまま数日を過していた。
マダム・ミネルバのしごきはシーフーの遥か上を行っていたし、これでシーフーが今まであまり本気でなかったことが露呈した。
彼は明らかにマダムとユーリウス殿下に苛立っていたし、腹いせにお父様に、どうにかしたらいかがですか?と厳しく当たっていたから。
全くもって使用人らしくない態度だったがそれはいつもの事だ。
女神のような笑みを浮かべながらつらつらと侯爵領で取れる今の特産品について話題を振り、絶妙なタイミングで相槌を打ち出した時には目ん玉が飛び出でるかと思った。……いや、飛び出していたかもしれない。
これは本当に私の姉なのだろうか? あの? 猿と、見紛わんばかりの?
ぐぐぅぅぅるるうる
「まあ、貴方が……? 噂と少し違うみたいですわ。実際に会ってみた方が何倍も素敵ですのね」
ぐぅぅぅうぎゅるる
「わたくしなどヘレナ様の魅力の前では霞のようなものですわ」
イレネー殿下はやはりお忙しいらしくさっさと退散してしまったが、この姉の変わりようを見たらどれほど驚くことか……。
土埃だらけの顔をだらしなく全力で緩ませ、剣を片手にぶんぶん振りながら鼻水を垂らして(幻覚)不敬にもイル〜〜!とダミ声で(幻聴)叫んでいたあの姉が、だ。
ぐるるるるぅぅう
「……まあ、先程から一体なんの音かしら? 恐ろしい獣の唸り声みたいだわ」
「ヘレナ。どうしたんだい? そんなに脅えて……。ああ、マーデリック家のお嬢様方、申し訳ございません。妻が少し気分が悪いようなので私共は少し休んでまいります」
「あ、ええ。マダム・ヘレナ、お会いできて嬉しかったです。また近々マダムの美しい花々を愛でにいってもよろしいですか?」
「ええ、もちろんよ。ネリーさん。今度は是非貴方の素敵なお姉様といらして? ガーデンパーティーがより一層華やぐわ」
「それは是非。楽しみです」
ぎゅるるるるるるぅ
「な、なんなの一体? あ、フェリルさん、きっとよ。ではまた」と言って足早に去った二人をお姉様と笑顔で見送る。
ああ、ユーリウス殿下にもお見せしたかった。彼が一番見たかっただろうに。きっと泣いて喜ぶ。この野生児の姉に一番苦労させられていたのはどう考えても彼なのだから。
ぐぐぅぅぅるるうる
お姉様の散々なやらかしによって、自身の社交界での評判は最低だった。
マーデリック家のお荷物だとか、マーデリック公爵の変なとこばかりを継いだ娘だとか、見た目だけの獣、だとか……まあ、正直全部正解といえば正解なのだけど、自分が貶すのは良くても他人に貶されると気分が悪い。家族ってそういうものなのかしらね。お父様は何を言われてても別になんとも思わないけれどね。
でも、事実だからしょうがないって思っていたのだけれど……。
今日のお姉様はものすごく目立っていた。
嘘みたいだが悪目立ちでは無いのだ。キラキラと輝き、まるで社交界の華だ。お父様が聞いたらきっと気絶してしまうわね。
ザイオンの使者とも滞りなくサラッと会話をして適当に流し、非礼なく別れ、話題を知らずに慌てることも無い。
貴族名鑑と国土と外交の話、歴史書、時事をマダムに叩き込まれていただけある。
ぐるるるぅぅぅ
「あの方……マーデリック家の?」
「あのように毅然とした方だったかしら? もっと頭の悪そうな……」
「あのユーリウス第三王子殿下がお怒りになったと聞いたぞ」
「以前偶然夜会でお見かけした時はもっとだらしなくて……」
「なんだ、何か唸り声のような音がしないか」
「見た目だけで行き遅れているとの噂は……」
「ユーリウス第三王子殿下の婚約者というのは本当なのか? 殿下のお姿が見えないが……」
「……もしかしてあの轟音はフェリル様からしているのでは?」
「貰い手のない娘をマーデリック公爵が無理やり殿下に押し付けたと聞いたぞ」
「なんだ? なんの音だ」
「頭がおかしくて屋敷に閉じ込められていたのではなかったのか」
「わたくしは幼い頃に事故で亡くなったと聞きましたわ」
「なんですの、この音は? 気味が悪いわ」
「まるで、女神のように美しい……ネリー様とメディ様もそれは天使のようだが格が違う……」
「ちょっと、今フェリル様からおかしな音がしませんでした?」
すれ違う度にひそひそと聞こえるトルヴァン貴族の話題はお姉様一色だった。妹としてすこし気分が良いわ。
ぎゅるるるるるるぅ
お姉様は確かに野蛮人で原人で令嬢としてもというか人間として、全くなっていない。けど、馬鹿では無いのだ! ハリボテといえども数日でこの位に仕上げるくらいのポテンシャルはある! 思い知りましたか! 好き放題噂してくれていた貴族たちよ! お姉様はやればできる子なのです!
ぐぐぅぅぅるるうる
はっはっは、と高笑いしたい気分で胸を張って歩いていたが、いい加減、お腹の音が喧しい。そこはさすが、お姉様。見た目と所作と口調はどうにかできても所詮中身はお姉様。
じろり、と横目で姉を見ると彼女は素晴らしい令嬢の顔で、所作で、盛大に腹を鳴かせ続けていた。
……まあ、今日1日まだ何も食べていないみたいだし、だいたいの人物に挨拶は済んだ気もするし、陛下のところは今ごった返してて行ける雰囲気では無いし……。
「ごほん、お姉様、よだれが垂れています」
「はっ!」
…………お姉様はよだれが垂れかけているし。
「……何か食べてきたらいかがですか?」
「い! いいのか、……よろしいのですか?」
「ええ、ですが、テーブルマナーはきちんと守ってくださいね。あくまでお行儀よくマーデリック公爵家の令嬢に相応しい振る舞いを心がけてください。どんなときも」
「もちろんですわ! ユーリウス殿下の仇はわたしがとる!」
……殿下は死んではいないのですけどね。
社交界で美男だともっぱら噂のロドリー伯爵に熱い眼差しを向けられていた時も、数々のお茶会へのお誘いを受けていた時も、ザイオンの外交官の方に褒めそやされていた時も、涼しい顔でふんわりと笑っていたお姉様が今日で一番の笑顔を披露し、姿勢は正しく、しかしものすごいスピードで料理の並べられている卓に消えていった。
あのドレスの下で足がどんなふうに動いているのか想像もつかないし、人混みを縫うさまは素晴らしく機敏で絶妙に気色悪くて、虫かなにかのようだったけれど、まあ、良いでしょう。
わたしの心中といえば誇らしくて誇らしくてたまらなかった。もう最高の気分だ。
うちの姉はすごいでしょう? と触れ回ってやりたい。
「あら、ネリーさんでなくって? 会えて嬉しいわ」
「ルルーリエ様! わたくしの方こそ次期王太子妃様にお会い出来るだなんて、身に余る幸せですわ」
ほくほくとした気分のまま、わたしは満面の笑みでルルーリエ様に膝をついたのだった。
いつもありがとうございます! なんとブクマがもうちょいで1000!!!( ˙_˙ )あ、あありがとうございます……(´;ω;`)
到達した暁には記念SSを公開予定です〜( ´ ` )どんなのにしようかな〜




