さよなら
それにしても酷い顔色だ。馬車が揺れる度に口元を抑えてえずいている。いったいどれほど食べたんだ、この食いしん坊め。というかなにか変なものでも食べたんじゃないのか。
「少し休んでからの方がいいんじゃないか。酷い顔をしているぞ」
時間が経てば腹もマシになるだろうし。いつ吐いてもおかしくないって感じだし。
「大丈夫です。遅刻するなどありえません。死んでも失敗する訳にはいきませんから」
「いやでも、今にも吐きそうだし……。せっかく飯食いに行くのに」
「……夕食を食べに行くのが目的では無いので、その辺勘違いしないように。……それと口調、戻ってます」
ばっ、と口元を抑えて背筋を伸ばす。
いかんいかん、この王子様に慣れすぎてついつい素がでてしまう。あんなに苦労して獲得した令嬢の皮が……。
マダムの激怒の顔がふわふわと浮かんできて私は笑みを張りつけた。
「……良いでしょう」
「何故そんなに頑張るん……がんばるんですか?大勢の人が来るんですよね。それに主役でも無いわけですし」
ついつい普通に話そうとしたらものすごい顔で睨まれたので、慌てて敬語を張りつけた。そういえば、ユーリウス殿下も二人きりのときには笑顔を貼り付けなくなっているな。いつからだっけ……忘れたけど。こっちの方が断然いいと思うんだけどな。無理してなさそうで。というかあの笑っていない目が怖すぎるし。
「私が王子だからですよ。政にも軍事にも関わることを嫌がられる私みたいなお飾りの王子は、外交や接待こそが一番の仕事です。私がどちらかの兄に寄れば派閥を作る起因になりかねませんし、私が力を持ってしまえば煙たがられます」
「それ、誰に言われたんですか? 陛下ですか? イルですか? それとも第一王子様ですか」
「誰にも言われませんよ。でもそうでしょう。私のような不要な王子は王子であるが故に邪魔なのです。妙な争いは産みたくありませんし、変な上昇思考を持つ貴族をわざわざ刺激したくありません。イレネー様もそれが嫌で騎士となってわざと政から手を引いているのです」
「……ふうん、そんなものなのですか」
大変なんだな。
そりゃあ貴族令嬢だってめちゃくちゃ大変なんだ。王族ともなれば尚更色々とあるだろうけど、今まで考えもしなかったな。というかそこまで考えないといけないのか? 大変すぎるな。私なら全然気が付かずに疎まれそうだ……。だってそんな誰が何を考えてるとか、自分の行動で周りがどうなるかなんてそんなの分からないじゃないか。
「苦労してるんですね、ユーリウス殿下」
「……あなたに言われたくないんですけど」
「お、おっしゃる通りでございます……」
「はァ……べつに、本当に今更ですしどうだっていいんですけど」
「ま、まあ、殿下が頑張る理由は分かりました! 絶対上手くやりましょう! でも食べ過ぎは良くないですよ! お腹が痛いのなら薬湯を作って差し上げたら良かったですね! アディバの葉は食べ過ぎによくきくんです」
「は、食べ過ぎ?」
「私なんて晩餐が楽しみすぎて何も食べてません! あ、でも、そうか、確かに殿下は城に住んでるんだし、実家のご飯な訳ですよね。そんな特別なことじゃないですね」
「……ちょ、話が見えないのですが、ぅぷ、」
「え? たらふく鳥を食べてきたって言ってたじゃないですか」
「言ってなぃ……う」
胃のあたりをしきりにさするユーリウス殿下に首をかしげる。……あれ、確かにそういえば言ってはいないような……。じゃあ、なんだ、あれは食べ過ぎじゃなくて、本当に体調が悪いのか……。
「え! 大丈夫か! どうしたんだ、胃が痛いのか!」
「今までなんだと思ってたんですか」
「常にわざとらしい笑顔を貼り付けて世の中の全てが嫌いだみたいな目をして飄々としているくせに、そんな胃痛を隠せない感じとは……相当な事態だ……。そんなので晩餐会なんて行けるわけない! 何も食えないぞ!」
「わ、私……そんな顔してました……?」
あ、しまった口に出てた。
とかなんとか言っている間にもユーリウス殿下の顔色は大変なことになっている。ダメだ、この人が頑張りたい気持ちはよくよく分かったが、こんな体調で晩餐会なんて出れるわけが無い。
「……どうでもいいんで、ちょっと黙っててくれませんか……」
「ダメだ。一度戻るべきだ。仕事とか役目とかそんなことより自分の体が大事だろ。バカなのか。王子が嫌ならさっさとやめてしまえばいいだろ。大体お前がいつも浮かべている笑顔は辛そうで見てられないぞ!」
「は、もう……五月蝿い。頭に響く……」
「御者!! 馬車を停めてくれ!! すまないがマーデリック家へ戻ってくれ!」
遂に頭も抑えだしたユーリウス殿下を無視してつなぎ窓をガンガンと叩いて叫ぶ。ユーリウス殿下が「勝手なことをするな」とか「止めろ」とか弱々しい声で言っている気がするが無視する。今にも死にそうだ。こんなことならそもそも出発しなければよかった。
御者はあたふたしながらも従ってくれるようだ、ありがたい。
「僕は失敗する訳にはいかないんだ……! 僕の価値はそれだけ」
「何を言ってるかわからん。殿下はすこし休むべきだ」
そして、わたしは尚もぐちゃぐちゃと文句を言っているユーリウス殿下の首元を、軽く圧迫して黙ってもらうことにした。
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体が燃えるように熱い。全身がベタベタして気持ち悪い。まるで服のまま湯浴みをしたような不快さだ。
重苦しい頭をどうにかしようと手をのばすが、そこにあったのは冷たい感触だった。
「…………ぇ?」
「あ、ユーリウス殿下目が覚めましたか?」
「メ、ディ・マーデリック……?」
「はい、殿下。お久しぶりですね。お加減はいかがですか」
「おか、げん、?……あれ私はどうして」
茶色のやわらかそうな髪に青の瞳。姉のネリー・マーデリックと良く似た顔の男は、僕の従兄弟でありフェリル・マーデリックの弟だった。
いや、なぜ、彼がここにいるのだ? そもそも、ここは……僕は何をしていたのだったか……今日は確か……交流会があって、僕はフェリル・マーデリックを迎えに行って、それから……
「そうだ! 城に行かないといけないんだ!」
「そうですね。城に行く途中で体調が悪化したらしく姉さんが引き返してきたんですよ」
「な、なんですか、それ! そんなわけにはっ」
「そうですよね〜。城が実家なんだからそのまま行けば良かったのに、ねえさんったら慌てちゃって……必死な顔で殿下を担いでましたよ」
かつ……? か、担がれたのか! 僕は女性に?! しかもあのフェリル・マーデリックに、だと……?屈辱すぎて穴があったら入りたい……。
「そんなことより、私は城へ……!」
「いけません」
「ぐえっ!」
にこにことした天使のような顔でメディ・マーデリックは僕の胸を押した。押した所の力ではなかった。吐きそうだった。天使みたいな顔して何だこの力の強さは……。
「あ、すみません。僕も一応精霊の息子なんで、多分殿下位は余裕で担げるくらい力強いと思います。姉さんには遠く及びませんが……」
「……なんなんだ、このきょうだい」
もう嫌だ……。ニッコリと微笑んだメディ・マーデリックは僕にしっかりと毛布をかけるとまだまだ少年らしいあどけない顔で口を開く。
「これ、ねえさんが作った薬湯です。胃痛に本当によく効くんですよ。昔シーフーに習ったとか何とかで……えっと、ガンホーだかカンーポだか……」
「いや、だから私は……」
というかそのもう既にとんでもない匂いを漂わせている濃い緑色の液体を飲めと言っているのか? たまに浮かんでいる枝のようなものはなんだ、枝なのか?それ、飲まないといけないのか?
「ダメですよ。今日は一日ここで休んでください。城に使いは出しましたので」
いやいや、そんな訳にはいかない。だって、じゃあそのフェリル・マーデリック本人はどこにいるって言うんだ。まさか、まさかとは思うけど……。
「殿下のご想像の通り、姉さんは一人で城に行きましたよ。珍しくとても真剣な顔で、ユーリウス殿下をお願いされたので、僕とネリーは姉さんの希望を叶えることにしました」
「そんなことしたら一体何が起きるか!!」
分かったものじゃない!
先程まで恐ろしく体が熱かったはずなのに、サーーっと血の気が下がるのが分かった。あの非常識を人間にしたようなやつが一人で交流会に行った!? 信じられない! くそ、なぜ僕は倒れたりなんか……あれ? 倒れたんだっけ、全然その辺の記憶が無いんだけど。
「まあまあ、姉さん物凄く真剣な顔をしてたので、僕達信じてみることにしたんです。大丈夫ですよ、ネリーが付いていきましたし」
そんなことで安心できるか!
呑気なメディを無視して再び起き上がろうとすると片手で吹き飛ばされベッドに背中を強打した。
「ゔっ!!」
「だからあ……寝てなきゃダメですって。ほら、これ飲んで」
……顔は天使だ。可愛らしい顔をした6つも年下の少年なのだ。けれどなぜかその声音には背筋が震えるような何かがあって、僕は固まった。
いつもありがとうございます!
今日もユーリは可哀想ですね!マーデリック家の面々は基本的に話通じないので!




