はんせいする
「疲れが出たんでしょう。それから睡眠が足りていない様ですね。酷い顔色だ。胃に効く薬と軽い睡眠薬を処方しておきます。暫くは安静にされるのが良いでしょう」
白い眉毛に目がほとんど隠れている医師は、直角に届きそうなほど折れ曲がった腰のまま、立ち上がったのかどうかもよく分からない体勢でよろよろと動き出す。
城に勤務している老医らしいが老医にも程があるんじゃないか。王族を見る医者があれで本当に大丈夫なのか……?
「……ロバルト医伯は腕は確かなんだ」
「そうなのか。……だからむしろあんな歳でも城に」
「聞こえてるぞ、お嬢ちゃん」
わたしの疑問に気がついたのか、こちらに顔を近付けたイルが耳打ちをし、わたしがこそっと返したところで、頭頂部の肌が丸見えな頭がこっちをぐるりと向いて背筋が伸びた。
「す、すみません」
「まったく、年寄りは敬うものですよ。私はね、お嬢ちゃんの十倍は長く生きてるんですからね」
「じゅ、十倍……」
…………ば、化け物じゃないか。いったい何歳なんだ。というかお嬢ちゃんって……。
「医伯、それは言い過ぎです」
あ、なんだ、冗談か。
イルの指摘にほっと胸をなでおろした私を横目に見て、ロバルト医師は部屋を出ていった。
なんというか……、独特の雰囲気のあるおじいちゃんだ。眉毛に埋もれて目は見えないが、きっと厳しい眼差しをしているのだろう。
「まあ、フェリルが不思議に思うのも無理はない。何しろ俺が子供の時からロバルト医伯はあの姿だった気がするし……」
「えぇ!?」
だとしたら、本当に十倍くらい生きてるんじゃ……!!
「ものすごい地獄耳で、隣の部屋で話していた事すら聞いてたりするし……」
「嘘だろ!!??」
「彼はこの城に居着いているゴーストだと言う者もいるくらいだ」
「……確かに」
すごい人だ……。今度から言葉には気をつけよう。
「まあ、ユーリが無事でよかった。たまたま近くを通りかかったらフェリルの悲鳴が聞こえて焦ったよ」
ユーリウス殿下がくずおれて、驚きのあまり声を上げたのは仕方がないとして、多分あれは悲鳴と呼べるほど可愛いものではなかっただろうけど。叫び声というか、絶叫というか……。
あわあわしながらユーリウス殿下を抱き起こし、パニックのまま肩を揺さぶり、ザイオンの王太子に動かさない方がいいと窘められ、更にパニックになっていた所で来てくれたのがイルだった。
イルは冷静に使用人を呼び医師を呼ぶよう伝え、衛兵に担架を持ってこさせて、王太子に謝罪をして彼を部屋へ送り届けるよう手配し、私の肩を優しく支えて「大丈夫」と笑ってくれたのだ。
そして、現在に至る。
テキパキと色々なことを同時進行に冷静に行う手腕はさすがと言うべきか、わたしは圧倒されるばかりで気がつけばユーリウス殿下の自室だというこの部屋でお茶まで振る舞われていた。
「イルが来てくれて本当に良かった。ありがとう。助かった」
わたしは慌てるばかりで本当に役立たずだったのだ。
人が目の前で倒れるだなんて今まで経験のないことで(お父さん以外)それに多分原因は、
「……わたしのせいだ」
わたしが巻き込んでしまったからユーリウス殿下はこんなことに……。
あまり物事を深く考えられないわたしとは違って、見るからに神経質そうで気疲れしそうな生き方をしているユーリウス殿下にとっては相当のストレスだっただろう。
なにしろ今回のことは頭が猿以下のわたしでさえ胃が痛かったのだから。
ベッドに横たわり静かに寝息を立てるユーリウス殿下に胸が痛くなる。
本当に本当に、この人には頭が上がらないな……。最初からずっと迷惑をかけっぱなしだ。
別に好きな人がいるのに、やっと終わったと思ったらその上また数ヶ月嘘をつき続けないといけないだなんて……。しかも相手は大嫌いなこのわたしだ。
「申し訳無いな……」
俯いてギュッと拳を握る。
もう、さっさと王太子に真実を伝えてこの人を解放してやった方がいいのでは無いか。あの王太子なら、わかってくれそうな気がする。……あ、撃ち落とした事はまた別だけど。
「ユーリが起きたらフェリルが感じてること思ってること、正直に話すといいよ」
「え?」
「色々、ごちゃごちゃ考えずにさ。ティアナ・レイク嬢の事とか、どういう風に繕わないといけないとか、そういうこと考えずに」
「……というと、どういう事だ…?」
「うーん、俺も難しいことは得意じゃないけど、俺といる時みたいに。損得も、罪悪感も、恩も気にせず、ただただフェリルとして、普通に話して見て欲しいっていうか……」
「わたしとして……?」
「素直に謝って、素直にユーリをただの一人の人間として見て話してみてよ。婚約者役だとか迷惑かけてるとか、好きな人がいるとか、そういうこと気にせずにさ」
「……でも、わたしはユーリウス殿下にたくさん迷惑をかけてるし、現にこうして倒れるくらい無理させてしまったんだ。そんなのは」
「あーーーー、まあ、倒れるくらい無理をしたって言うのは……うん、まあそうなんだけどな、この件でっていうか…。俺が言うのはちょっと控えるけど、多分ユーリもフェリルと話したいんだよ。こいつはこいつでなんか色々な事を考え過ぎててややこしいけど、俺と話すみたいに自然体で素直に接することが出来たら仲良くなれると思うんだよな」
「……わたしと、ユーリウス殿下がか?」
……無理だろ、絶対にどう考えてもものすごく嫌われているし、嫌われることをしまくっている自覚もありありだぞ。
わたしとだけは話したいわけがないだろ……。
わたしの訝しげな視線を気にした風もなくイルはハハッと爽やかに笑った。
「ユーリってあんまり友達居ないんだよ。必要とも思ってないだろうけど。俺や兄さんにも一線引いてるっていうか……。あんまり親しい人がいないから、何も考えずズケズケ人の領域に入ってくるフェリルの事も訳が分からなくて内心戸惑ってるんじゃないかな。ほら、フェリルって大分変わってるし。色々と……」
「……」
まあ、最初はシーフーに踊らされて変な態度をとった自覚はあるし、その次は興奮しすぎてドン引きされた自覚もある。その後も毎回やらかして完璧に嫌われてる気しかしないんだけど……。戸惑ってるんじゃなくて、嫌がってるんじゃないか?
……というか、わたしズケズケ人の領域に入ってたのか…。わたしも友達イルしかいないからな…。人のこと言えないんだよな。接し方分からないし……気をつけないと。
「どっちかって言うと俺とフェリルは似たもの同士だと思うんだ。だからこそ分かり合えると思うんだけどさ」
「うん、まぁ……それは」
何となくわかる。
わたしも正直そう思っていた。だからこそイルと一緒にいるとめちゃくちゃほっとするし気が楽だし、居心地が良い。
けど、ユーリウス殿下はその真逆だ。毎回上手く噛み合わないし、多分イライラさせてしまうし、気まずいし、何喋っていいのか分からないし、何考えてるのか分からないし、作り笑い気持ち悪いし……。
「ユーリとフェリルは多分真逆なんだよな。だからこそ凄く良い友達になれると思う。俺はユーリの事もフェリルの事も大切だからさ、二人が仲良くなってくれたら嬉しいんだよ」
イルはそう言って少しだけ頬を赤くして太陽みたいに笑うと、いつもみたいにわたしの頭をクシャクシャに撫でた。
「……イル」
イルは本当に良い奴過ぎるな……。友達がいないわたしと殿下のことを考えてくれているだなんて!
この人は世界中の誰とでも仲良くなれるんじゃないか?いい人すぎるだろ。わたしと同じ怪力持ちで苦労しただろうに…。どれだけ努力してきたんだ! それに比べてわたしときたら……。自分が情けなさすぎる!
確かにわたしとユーリウス殿下は真逆だと思う。絶対に分かり合えないと思ってたしそもそも殿下はわたしと関わりたくないと思うんだけど、でも……そうだな、確かに! 最初から決めつけてしまうのは良くないぞ。
目を覚ましたら普通に普通のわたしとして心の底から普通に謝って普通に話してみよう。ユーリウス殿下の言葉でユーリウス殿下の気持ちを聞いてみよう!!
そうだ、わたしとも仲良くしてくれるこの聖人君子みたいな物凄いイルの弟なのだから、分かり合えるかもしれない、かもしれない、かもしれないかもしれない!
「本当真逆だよな君たち。フェリルが子犬……だとしたら、ユーリは子猫だよな。ぜんっぜん懐かないタイプの。凄い爪立ててくる感じの」
鼻息荒く決意を胸にしてるわたしにはイルの呟きは全く聞こえてなかった。
いつもありがとうございます!
今回はちょっとだけしんみりです……。先週あまり更新できなかったので明日も更新する予定です!よろしくお願い致します。




