いうべきこと
晩餐の席に着いた。
長いテーブルに着く面々は見知ったものが多い。王族、城の重鎮、上位貴族、それから今回の功労者である騎士達だ。
これだけ人数がいるというのに座席は計ったように、フェリル・マーデリックの隣だった。
いや、フェリル・マーデリックが僕の隣と言った方が正しいのか。婚約者なのだから当然のことだ。
彼女は目新しいのだろう爛々と煌めいた瞳でキョロキョロと視線を動かしていて忙しない。
間違っても優雅とは言い難い所作であるが声を出したり勝手な行動を取らないところを見ると腐っても貴族といったところか。
ずけずけとものをいうこのよく分からない女性の言葉に僕が動揺しきっているのなんて全く目に入っていないらしい。
弱みを握られるようなことはしたくないし良かったといえば良かったのだが、本当に僕に一切の興味もないのだ。
それはなぜだか寂しいような気も……、は? 寂しい?
「そんなわけが無い」
父王が公評を口にし杯を掲げた。僕は笑顔だけは絶やさないまま音になったかならないかくらいの言葉を口元で転がす。
父王が高らかに騎士団を讃える。しん、としていた空間ががらりと動き出す。喝采、笑い声、談笑しだす人の群、音楽隊の演奏、料理の匂い。
隣の美しくも謎が多すぎる僕の婚約者が満面の笑みを浮かべる。
その先にいるのは僕ではない。
当たり前の事だ。彼女にとって僕の存在は空気のようなもの。奇跡的に厄介なトラブルのせいで繋がっただけの僕達の人生は恐らく本来ならば関わる事はなかった。
……だったらなんだ。当然じゃないか。
どうせすぐ他人に戻る。面倒事さえ片付いてしまえば、読めないこの女の言動に振り回されることも無い。
「ユーリ」
まるで、子供のような問いばかりを投げてくるこの女の考えがまるで読めない。あんなに媚びてきたというのに、あれはわざとだったというのか。だとしたら何故? そうだったとして、それにしてもこの変わりようは一体なんなんだ。
「ユーリ、」
怖い。
この女が怖い。
僕が今まで作り上げてきた、必死で守ってきたはずの何かが容易く壊されてしまいそうで。
「ユーリウス」
「え? あ、はい」
「まったく……もしかして、ぼーっとしてたのか? 珍しい」
「イレネー様、申し訳ございません。ぶどう酒が回ってしまったようです」
向かいに座っているイレネー様にそう言って微笑むと、彼は善意に満ちた爽やかな笑顔を向けた。僕にもジェラルド様にも出来ない笑顔だ。
多分こういう所がイレネー様の特別なところなのだと思う。
いつも、どんなときも、市井で一番人気があるのはイレネー様だという。その気持ちは大いにわかる。悪くいえば庶民的、よく言えば気安い彼は国民に絶大な人気があるのだ。
「ユーリは酒強かっただろう。ぶどう酒なんかで酔うものか。大丈夫か? 具合が悪いとか」
「いいえ、イレネー様お気遣い無く。少し疲れていただけですので」
「そうか? お前は昔っから笑顔で何もかも隠してしまうから」
「そんなことはないですよ」
すかさず笑顔で返した僕にイレネー様は眉を下げた。「ほら、そういうところだ」と呟く言葉には返さず酒を煽る。
「ところでイレネー様、フェリル嬢、本日は大変素晴らしい演舞を拝見させていただきありがとうございます。今までで一番の演舞でした」
「いや……フェリルのおかげだ。俺だけではどうにもならなかった」
話を変えた僕にイレネー様はなにか言いたげだったがやがてそう言ってフェリル・マーデリックを見て微笑む。
隣を見ずとも二人の表情くらいは分かってしまうくらいの気安い空気が居心地悪い。
“ フェリル”“ イル”と呼び合う二人の親密さは言わずもがなで、互いに興味のない僕達よりよっぽど婚約者らしい。
「イルは謙虚だな」
「そんなわけあるか、ただの事実だよ。カーチスも咽び泣いていたし」
「カーチスはいつもの事だろう」
「はは、間違いないな。あいつは喜怒哀楽が激しすぎて鬱陶し……大変そうだ」
「後、すぐに鼻水が垂れる」
僕を挟んで僕の知らない話があっという間に広がっていく。談笑しながら見つめ合う瞳には互いのことしか映っていない。
フェリル・マーデリックは執拗に僕とティアナ嬢のことを聞きたがるが、彼女の知りたいことはもうイレネー様の傍にいれば分かるのではないだろうか。
僕も彼女といる時周りからはこう見られているのだろうか。彼女といる時、僕は何を話していたんだろう。いつもどんな顔をして、なにを…………。
僕は彼女のどこが好きなのだっただろうか。
妙に冷えきった頭に先程フェリル・マーデリックに言われた言葉がこびりついている。
考えても仕方の無いことで、答えのないことで、そんなことはわかり切っているのに、なぜだか胸騒ぎがして落ち着かない。
「……あの!」
なにかが気持ち悪くて仕方がなくて、何がなのかは分からないけれど、とにかくこの二人だけの空気が物凄く腹立たしくて、絞り出した声は思ったよりも大きかった。
きょとん、とした金の瞳と深緑色の瞳がこちらを向く。傾げられた首と、中断された僕のよく分からない話に、ハッとして目を見開いて、慌てて笑顔を作った。
そうだ、そういえばそうだった。
ジェラルド様が言っていたように、僕が婚約者を降りればいい。イレネー様ならきっと快諾して下さるしフェリル・マーデリックだって異論はないだろう。
そうだ、これはチャンスだ。
今言うべきで、僕はさっさとこの女から離れるべきで、そしたらこの妙な不快感も訳の分からない感情からもきっと開放される。
いつも通りの、僕が僕でいたい、いるべき人間に戻れるんだ。
だから、今、言うべきで……………………。
「どうしたんだ? 殿下」
「ユーリ? 顔色が悪いぞ」
「……あ、」
僕は言わないといけない。
はやく、簡単な事だ。誰も損をしない、あるべき姿に戻るだけだ。誰にとってもいい話だし、僕はそれを望んでやまなかった。
僕はこの訳の分からない、僕をかき乱す人間が心底苦手で、苦手で、嫌いで……。
…………………………怖くて、
「なん、でもありません。……申し訳ございません」
なんで、どうして言えなかったのだろう。簡単な事だったのに、それを望んでいたはずなのに。
いつもありがとうございます!
更新が大変遅くなり申し訳ございません(´;ω;`)体調を崩しておりなかなか出来ませんでした……。
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