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にせものの




どうしてだか近頃シーフーとの間にぎこちない空気が流れがちな気がする。

彼はきっと正しいしわたしが世間知らず過ぎるだけだと思うのだが、それを多分今になって物凄く思い知らされているのだろう。


わたしはそれだけ、逃げていたということだ。

シーフーの言葉はどうしようもなく真実で、私のことを考えていてくれていて、けれど自分のずるさを突きつけられているみたいで恐ろしい。

この優しく正しい、わたしの傍にずっといてくれたシーフーを恐ろしく思ってしまう。でも、なんだかそれは酷く薄情なことに思えて、唇を噛んだ。




ーーーーコンコンコン



ノックの音がして立ち上がり、扉に向かう。シーフーの顔はちょっと見れなくて手もやんわり振り払ってしまった気がしたけれど彼は何も言わなかった。



「イル!」


イルだ、とそう思った。だって、イルは「また後で」と言っていたし、そもそもこの城でわたしの知り合いなんてイルかカーチスくらいのものだ。

今は、イルに会っていつもみたいに頭を撫でて欲しかった。

なんだか途端に自分が世界に置いてかれてひとりぼっちになってしまっている気がして、心細かった。大丈夫だと、そう思いたかった。



「……イレネー様でなくて悪かったですね」

「あ……っいや、すまない」


扉に駆け寄ったわたしを待っていたのはイルではなくユーリウス殿下だった。

変わらない隙の無い完璧な笑顔を浮かべてはいるが、やはりその翡翠の瞳は冷えきっていた。


ぞくりとするようなその冷めた視線に顔が引つる。

飛び出しかけた体をどうにか留めて、ずりずりと後ずさった。


白を基調とした礼服に身を包んだユーリウス殿下が、まるで童話の中の王子のごとく手を差し出す。恐ろしく様になった、というかまるでお手本のような、人間味の無い完璧な所作に目を丸くしてじっとその差し出された手を見つめる。


「なんで、ユーリウス殿下が?」

「なんで? 私が貴方の婚約者だからですよ。王家の晩餐に婚約者が兄を連れていたらそれこそいらぬ噂を呼びましょう。ただでさえ、私と貴方の関係は良好とは言えない」

「ああ、まあ、そっか」

「私がエスコート役では、気乗りしないでしょうが、とりあえず体裁は繕わねばなりません」


笑顔をうかべたまま、そう言って小さく息をついたユーリウス殿下に頷いてその手をとった。


そうか、わたしはユーリウス殿下の婚約者だった。わかってはいたけれど、忘れかけていた。わたしが気乗りしないのでなくて、ユーリウス殿下がわたしを嫌いなのだろう。

その冷めた目や、冷えきった指先がそう物語っている。


ゆっくりと城の廊下を歩くユーリウス殿下の隣で真っ直ぐ前を向いて暫く歩いた。

面白いほどに無言で、緊張もしなければ何も感じなかった。

一人で歩いているのと何も変わらない。

多分ユーリウス殿下もそうだろう。彼はわたしに興味が無いし、わたしも彼を知らないのだ。



「ユーリウス殿下」

「……なんですか」

「殿下はティアナ嬢のどこが好きなんだ?」

「……っは、?」


前を向いたまま、そう聞いたわたしに視線が突き刺さる。隣を見るとユーリウス殿下は笑顔のまま、奇妙に眉を寄せてこちらを見ていた。少しだけ感情の宿る翡翠の瞳に驚いて思わず頬が緩む。

この貼り付けたような完璧がすぎる笑顔を崩させるほどに彼の愛は大きいのだ。

そういう感情は素直に羨ましくて、興味があった。



「貴方は、また、訳の分からないことを……!」

「殿下もそんな顔をするんだな」

「はぁ?」


やはり、貼り付けられた笑みは変わらないし目も冷めたままだが、どこか、照れているように見える。ようやくかろうじて、人間らしい表情を浮かべた殿下に苦笑した。


「そんなにティアナ嬢が好きなのに……巻き込んでしまって本当にすまない」

「……」

「協力は……やっぱりして欲しいんだが、でも前言ったことは本当だ。わたしは殿下とティアナ嬢の仲を壊そうとは思っていないし、邪魔をする気もないんだ」

「……貴方がどう思おうと、関係の無いことです」

「うん、その通りだ。でもわたしはユーリウス殿下とティアナ嬢が多分羨ましいんだ。

二人の綺麗な恋を応援したいと思っていて」

「あ、貴方、よくそんな恥ずかしいことを言えますね」

「恥ずかしい? そうなのか? 二人はとても綺麗だからそう思っただけだぞ。二人だけの世界っていうか、あの溶け合ってしまいそうな瞳が……」

「もういいです! 分かりました! 聞いた私が愚かでした!」


突然声を少しだけ張り上げた殿下に驚いて隣を見ると彼は僅かに頬を赤くして目をふせていた。ああ、こんな顔もできるのか、とぼんやり思う。

絶対こっちの方がいいのに。まあきっとティアナ嬢の前ではこんな感じなのだろう。


「……というか、羨ましいって貴方はイレネー様が好きなのでしょう?」

「すき?」


思わず立ち止まったわたしを怪訝そうな翡翠の瞳が射抜く。相変わらず頬はほんのり赤くて目元も染っているが作り物めいた笑顔は既に張り付いていた。


「貴方は以前、その……こ、恋について教えて欲しいとかなんとか言っていましたが、イレネー様に恋してるのではないのですか」

「恋?」


思わず首を傾げた。


恋? 果たしてイルとともにいる時の感情が恋なのだろうか。どうにもピンと来なくてじっと殿下を見つめる。


「イレネー様が好きなのでしょう?」

「イルのことは好きだ。安心するし、信頼しているし、優しくて努力家ですごい人だと思う。離れるのは寂しい。けれど、お父さんやお母さんやネリーやメディ、シーフーと何が違うのだろう。……これが恋なのか?」

「は?」

「恋って、そもそもなんだ。どんな感じだ? ティアナ嬢のどんな所が好きなんだ?」

「……と、特別な人、ってことなんじゃないですか」

「特別な人……。みんなそうじゃないのか、同じ人間なんて居ないだろう」



ぐっ、と殿下が息を詰まらせる。

真っ直ぐに見上げるわたしから慌てて外された視線にはどう考えても迷いがありありと浮かんでいた。


「……いや、でもティアナ嬢以外の人間はみんな同じです。媚び諂う、私の肩書きにしか興味のない者たちで」

「それって、誰の事だ?」

「……誰って」

「殿下のその笑顔と同じじゃないのか。それはきっと中身ではないだろう。わたしもシーフーにそうすべきだと言われたからそうしたし」

「は、い?」

「そういうことではなくて、ティアナ嬢のどんな所が好きなのかが知りたいんだ。どういう感情が恋なのか」

「どんなって……」



殿下は何故か真っ青だった。赤くなったり青くなったりせわしい人だ。

わたしはまた首を傾げて視線の合わない翡翠の瞳を見つめる。


うろうろと揺らぐ翡翠はなんだか焦っているみたいだった。


恋とは、それほど難しい感情らしい。そうなのだとしたらイルへの感情はきっと恋ではない。わたしはイルの良いところをいくつでも挙げられるだろうし好きなところもすぐ様挙げられるから。もちろん家族の好きなところも、シーフーの好きなところも。



「どんなって言われても……私は彼女が……」

「じゃあ、どうして好きになったんだ」

「……そんなの、気がついたら……」

「ふうん、恋ってそういう物なのか……よく分からないな」



わたしの言葉にユーリウス殿下はそれっきり口を閉ざしてしまった。

どこか、良くない顔色で難しい顔をして黙って歩みを再開したユーリウス殿下にわたしもついて行く。


そんな無言の時間がしばらく続いて、大きな扉の前に辿り着いた。

ここが晩餐会の会場なのだろうか。見たこともないほどに大きな扉だ。キラキラしていて細かい装飾が沢山ついている。



立ち止まった殿下が小さく息を吸った。



「フェリル・マーデリック」

「ん?」

「……では、貴方は私のことをどう思っているのですか」



殿下の顔色はさらに悪くなっている気がする。低く掠れた声で問われたそれの意図がよくわからなくて、一度唸ってから口を開いた。



「どうって……。どうとも思っていない。だって殿下のことをわたしは何も知らないし」

「っ」

「どうも思いようがない」



殿下はもう既に笑顔を浮かべてはいなかった。

見開かれた翡翠の瞳に、気まずさを覚えてやはり苦笑で返す。

好きでも嫌いでもない。関係も何も無い。巻き込んでしまった罪悪感はあるし、殿下はわたしのことを心底嫌っているけれど。


だけど、本当に今のところわたしたちのあいだには偽物の肩書きだけしかないのだ。





いつもありがとうございます!

ユーリウス殿下のターンです。次回はユーリ視点に移る予定です。

あ、王太子はもうちょっとあとにはなりますがちゃんと出てきます!

ご感想、評価、ブクマいつも本当にありがとうございます(´;ω;`)これからもぜひぜひよろしくお願いします!

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