ゆらぐこころ
「遅い!!」
「うおっ!」
イルに「また後で」と言われ別れたあと、通された部屋に完全に浮ついたまま入ったわたしは突然の怒号に仰け反った。それほど広さのない、しかし絢爛な部屋には豪勢なドレッサーと見覚えのあるメイドが三名、それから幼い頃から見知った執事がいた。
「シーフー、なんでこんな所にいるんだ」
「なんでこんな所にいるんだ、じゃありません。貴方はもうじきに、王家主催の晩餐会に出席されるご予定なのですよ」
「ああ、だからイルがさっきまた後でって言ったのか」
「だから〝 イレネー殿下〟です。フェリル様」
「それでなんでシーフーがいるんだ?」
「貴方様のお召替えをするよう、旦那様から仰せつかっております」
シーフーがいつもの綺麗すぎる笑みを浮かべてにじり寄ってくる。ぽかんと首をかたむけたわたしにシーフーは笑みを深くした。
「……まさかとは思いますが、その汗と泥まみれの、しかも騎士服で、その上何故だかぐちゃぐちゃの御髪のまま、晩餐会に出席されるおつもりでしたか?」
細まったシーフーの瞳が僅かに開く。刺すような視線にドキリとして、慌てて自分に目を向けた。
……確かに、酷い有様だ。
森にいるなら一向に構わないが、公爵令嬢としてはどう考えても宜しくない。
そう言えば汗だくだし、イルがやたらと頭を触るせいで髪もボサボサだろう。
さすがのわたしもこの姿で王家の晩餐に出られるとは思わない。
はは、と引きつった笑みを浮かべたわたしの肩を、白い手袋に包まれた両手が鷲掴んだ。びくりと震えるわたしににっこりと笑みを浮かべたシーフーがなんだか恐ろしい。
「ご、ごめんな、もしかして……待っていてくれた、のか?」
わたしが呑気にお散歩気分でイルと話していたあいだ、騎士達と歓喜していたあいだ。
もしかして、この執事は……。
「いいえ、フェリル様。
全く待ってなどおりませんよ。ほんの、二刻程度のもので……」
「すみませんでした!」
「いいえ、フェリル様。
このシーフー、貴方様に待たされることには慣れています」
「すみませんでした!」
「いいえ、フェリル様。
貴方様がこの後の段取りに気を使えるだなんて全く期待はしておりません」
「す、すみませんでした……」
「いいのです、フェリル様。
…………けれど、あの第二王子はしばいてやりたいですね」
「ん? なんて言ったんだ? 聞こえなかったんだが」
「いえ、貴方の頭の足りなさに振り回されるのが私の仕事、ということです」
「すみま……あれ、貶されているのだろうか?」
「愛故です」
「そ、そうか?」
深く頷いたシーフーがそれからメイドにちゃっちゃと指示をし、わたしはあれよあれよと湯浴みをさせられ肌になにやら甘ったるい匂いのものを塗り込められ着替えさせられ気がつくとシーフーに髪を結われていた。
余談だが多分シーフーはわたしの髪が好きなんだと思う。
小さい頃から彼はわたしの髪を良く結いたがった。
どこで覚えたのかは知らないが年々、その腕を上げて、森でも屋敷でも頻繁にわたしの髪を結った。
森の木々に引っかかった髪をわたしは割と引きちぎる質だったが、シーフーはそれを見つけるとものすごい顔をして迫ってきては丁寧に解れを解いた。
淡い黄色のドレスにかかる髪をまるで壊れ物に触れるが如く梳き、丁寧に編み上げていく。
姿見越しにシーフーを見てみたが伏せられた瞳と目が合うことは無かった。
「なあ、シーフー」
「なんですかフェリル様」
「わたしは、ことが片付いたら森に帰るのだろうか?」
「ええ、貴方の居場所はあの森にありますので」
「……もし、王都に居たいと、言ったら?」
シーフーの手が一瞬止まった。
けれどすぐに何事も無かったかのように動き出す。わたしは、どぎまぎと鳴る心臓に振り回されてしまいそうで、どうにか呼吸を落ち着けるので精一杯だった。
どうして、こんなことを言ってしまったのか。わたしは森があんなに好きで、あそこだけでいいと思っていたはずだったのに。
「どうしてです?」
「え、」
「どうして、突然そう思われたのですか?」
鏡越しにシーフーと目が合った。
笑顔をうかべているはずなのに、どこか責めるような、鋭い眼差しに耐えきれなくてつい、目を逸らす。
「イルは……イル、となら、わたしは……」
彼はわたしに触れてくれる。他の人間と同じように接して、同じように笑って、わたしを受け入れてくれる。
わたしも、彼になら触れるし、彼なら傷つけずに済む。だから……。
「わたしは、なんです? イレネー殿下は確かにフェリル様と似たところがあるのかもしれませんね。殿下は貴方を怖がらないし貴方も彼を傷付けずに済む。
ですが、イレネー殿下は永遠にフェリル様のおそばに居てくれますか」
「そんな……大袈裟な」
「イレネー殿下は騎士団の長です。戦線に往かれます」
「そう……だけど……」
「イレネー殿下は王子です。貴方に王族の傍に侍る素養が備わっているとでも? それとも、殿下に何もかも捨てて共にあることを望まれますか?」
「そんなわけない!」
「では、フェリル様。
他の人間はどうです? 例えば、ユーリウス殿下は貴方に優しかったですか? 他の人間は? 王都に残ったとして、貴方は人と上手く関わることが出来ますか? 」
そう言われて、ハッとした。
ユーリウス殿下がわたしに向ける、ゴミを見るような冷めきった目を思い出した。
「分かりましたか、フェリル様。イレネー殿下は貴方に優しいのかもしれません。けれど、全ての人間がそうではない。それに、イレネー殿下はずっとあなたのそばにいてくれる訳では無いのですよ」
「……うん」
シーフーが「はい、出来ました」と軽く肩を叩いた。ちらりと鏡に目を向けると、水色の髪を美しく結われ化粧を施したわたしがいる。
見た目だけは精霊である母にそっくりのわたしだ。
シーフーの言うことはいつも正しい。
わたしはイルの優しさに甘えようとしていただけだ。
「心配せずとも大丈夫です、フェリル様。私はずっと貴方のそばにいますよ、貴方だけの味方なのですから。
あと二ヶ月あまりで関わりのなくなる王族の事なんてそう考えずとも良いでしょう」
「……うん、そうだけど……」
「フェリル様」
シーフーが手を取ってわたしを立ち上がらせる。そっと頬に触れた手袋の感触に、恐る恐る目を向けると、シーフーは相変わらずの美しい笑みでわたしを見ていた。
「私は貴方の全てを受け入れられます」
「……ありがとう」
いつもと変わらない美しすぎる笑みがやけに真剣な色を灯している気がして、わたしは少しだけ、目を逸らした。
いつもありがとうございます!
賛否両論あるシーフーさんのターンです。
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