かんせいとかんじょう
全力で、今までで一番力強く、そして一番集中して演武をした。
実際にこの場所で演武をしたのは今日が初めてで、こんなに大勢の人に囲まれながらしたのももちろん初めてで、わたしの心臓は壊れたみたいに高鳴っていた。
森で一人でのんびり過ごしていたわたしが気がつくとこんな所でイルと舞っているのだ。
こんなこと、想像できるはずもなかった。
「はぁ、はぁっ、はぁ、」
向かい合ったイルと剣を眼前に向けながら、すっとそれを下げる。
演武をしている間、なんの音も聞こえなかった。自分のうるさい鼓動の音と、荒い息遣いだけで、観客がこんなにいることも、重たい鎧を着込んでいることもすっかり忘れていた。
わたしとイルがぴたりと、動きをとめた瞬間にまるで思い出したかのように大波のような激しい歓声が聞こえてくる。
それにびっくりして顔を上げるとたくさんの観客達は立ち上がり手を叩いて、叫んでいた。
ようやく、世界が戻ってきたみたいな、今までイルと二人だけだった世界にようやく色や音がついたような。
「え…………」
ぐるりと辺りを見回して、多分普通よりもずっといい視力で一人一人の顔を見る。
どれもこれも笑顔だらけで、時には泣いているものまでいて、なんだか胸が熱くなった。
だって、この人たちはわたしたちを見て、こんなに笑顔で、わたしたちを見てこんなに興奮して叫んでいる。
「フェリル!!!」
耳触りの良い低音で呼ばれてはっと顔を向けると、兜を外したイルが剣を納め、盾を置きこちらに走ってきていた。
いつもと変わらない美貌には汗が光り、柔らかそうな金髪はじっとりと濡れていた、イルのその宝石のような深緑色の瞳になんだか泣きそうになって、慌ててぐっと唇を噛み締め、わたしも兜を外す。
「イル!!」
「良くやった! 完璧だった! ありがとう、ありがとうフェリル!」
「ううん! イルが教えてくれたおかげだ!」
肩にそっと置かれた手がなんだか嬉しくて笑いながらイルを見上げた。
ぐっと何かを我慢するように唇を引き結んだイルが、困ったように眉を下げてからわしゃわしゃと頭を撫で回す。
やっぱり、これは彼の癖なのだろうか。まるで犬でも可愛がるかのような少し乱暴な仕草だがわたしは割とすきだったりする。
「……ったく、君は」
「えへへー」
「だから、信用しすぎだ。たった数日前に会ったばかりの男を」
「イルは信用できる人だ!」
「君はすぐ騙されそうだよな」
「イルはそんな事しない!」
「……っ馬鹿か」
「うわっ!?」
せっかく綺麗に結い上げてくれた髪の毛が揺さぶられるようにぐちゃぐちゃにされてわたしは唇を尖らせた。
どこか満足そうにふんっと鼻を鳴らしたイルの頬は少し赤い気がする。
「照れてるのか?」
「……素直すぎるのも考えものだな」
イルはそう言って諦めたように笑って、それから観衆に向かって大きく手を振った。
わたしもそれに倣って笑いながら手を振ってみる。
何故だか一度、しん、と静まりかけた観衆は再び割れんばかりに沸き立った。
いつの間にか会場に花や小さな包みがたくさん投げ込まれる。
警備役であろう騎士たちが大慌てでそれを止めるが、投げ込まれる物の数は減るどころかどんどん増えていく。
あれはなんだろう。わたしたちに投げ付けているのだろうか? 距離が遠くて聞き辛いが、まさか、これは歓声ではなく罵声なのか?
興奮していた気持ちが一気に萎んで、サッと血の気が下がった。
「イル、わたしがもしかして嫌われているのだろうか、その……精霊の娘だから」
突然、手をぱたりと降ろし、視線をふせたわたしにイルは目を丸くしてそれから吹き出した。
なぜ笑うのだろう。イルは優しいから“ 良くやった”と言ってくれはしたが、本当は全然ダメで、わたしは歓迎されていなかったのかも。
だって、わたしがイルのように手を振ったら一瞬歓声は止んだのだ。
確かに王子様で人気のあるイルとわたしは違うのに、やり切った嬉しさと興奮ですっかり勘違いしてしまった。
なんて恥ずかしい……馬鹿みたいだ。
「フェリル、心配せずとも君は讃えられているんだ」
「いや、でも、それはイルだけで……なんか投げられているし、すまないせっかく……」
「ああ、そういうことか」
イルはそう言うとスタスタとどこかに行ってしまった。
イルの向かった先から甲高い叫び声が聞こえてびくりとする。
女性のもはや阿鼻叫喚とすら言えるような声に純粋に驚いてしまった。女性はあんな猿のような声が出せるのか。猿が来たのかと思ってしまった。
「ほら、これはグラジオラス、花言葉は勝利や栄光、薔薇は感謝で、こっちのハンカチの赤の百合の刺繍は尊敬を意味する。
この包みに入っているのは焼き菓子だな」
帰ってきたイルは両腕に投げ込まれたたくさんのものを抱えていた。
ひとつひとつを手に取って、注釈を添え、わたしに渡してくれる。
「観衆が興奮や感動を伝えたくてしているんだ。俺と君への贈り物だよ」
「おくり、もの」
「そうだ、ほら、ちゃんと耳をすまして、しっかり見てみろ、みんな君を見ている。君を歓迎している」
そう言われて、もう一度ゆっくり、見回してみる。
時に涙を流し、笑顔の観衆は、わたしと目が合うと手を振ってくれた。
それから、耳を凝らすと確かに賛美や激励の言葉しか聞こえてこない。
「っ、」
こんなこと、わたし一人じゃ出来なかった。
この場に立たせてくれて、たくさんの人間とわたしを繋いでくれたのは間違いなく、イルだ。
イルのおかげだ。
わたしはもう、怖がっててはいけないんじゃないか。森に帰ることだけを、考えているだけではいけないのかもしれない。
だって、世界はこんなに綺麗で、こんなに知らないことが沢山ある。
それを、わたしは知りたいと思ってしまった。
たとえ、ザイオンの王太子の問題が解決したとして、わたしはもっと、たくさんの人間と関わってみたい。
たくさんの愛や感情を、知りたい。
そして、いつかわたしも…………。
この隣に立つイルのように、まっすぐに逃げずに生きたい。
自然と溢れそうになる涙を堪えるのに必死で、じっと真っ直ぐにわたしを見ている瞳があることに、その時はまったく気が付かなかった。
いつもありがとうございます!
フェリルの大役が終わりました。お疲れ様でした。
次回はおそらく視点が変わります。
いつもご感想、評価、ブクマ本当に本気でまじで嬉しいです!ありがとうございます!!
ぜひこれからもよろしくお願いいたします。




