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えんぶ





「フェリル、いいか、無理はしなくていい。俺は勝手に君を同族と思っているが、君は本来騎士ではないし、女の子だ」



三騎士合同試合。

ついに開幕を告げる鐘の音が鳴り、わたしとイルは会場の入口に立っていた。

黄金の鎧を身にまといわたしと並び立つイルはここに来てずっと無言だったけれど、突然、そう言った。


ガシャりと重々しい音を立てて彼の深緑色の瞳がこちらをむく。

わたしには、イルの言っていることがイマイチ分からなかった。

確かに演武の演目は複雑で細かくて覚えるのも、タイミングを合わせて動くのも難しかった。

いくらわたしでもイルでもこの鎧を着込んで剣と盾を装備して飛んだり跳ねたりするのはさすがに疲れたし、ここ数日、夜は泥のように眠った。


けれど、それ以上にそんなイルとの日々がわたしは楽しくて仕方がなかったのだ。

こういうふうに家族やシーフー以外の誰かと長い時間過ごすのなんて初めてのことで、いつもの爽やかさや優しさをしまい込み、真剣な目で厳しく指導してくれるイルも、仕事に疲れてフラフラのカーチスにも会えるのが嬉しくてたまらなかった。


無理なんて、何1つしていない。

わたしにとってはいい事しかなかったのだから。



「大丈夫だよ、イル。絶対に成功させよう」


第二騎士団のみんなの為に、カーチスの為に、そしてなにより、イルの為に。



剣を天に突き立て、そう言うと、イルが隣で息を飲んだ。



「……イル?」



何も反応がなくて隣を窺うと、イルは眉を下げてさわやかに笑っていた。

太陽の光を反射して輝く黄金の鎧に包まれたイルはその美貌も相まってまるで、神様みたいだ。



「……そうだな、君に常識を当てはめるのが間違いだ。君は特別だからな」

「そうかな、イルの方がよっぽど特別だぞ」


だって、そもそも王子様で、こんなに強くて慕われていて綺麗で、そして誰に対しても分け隔てなく誠実で。



わたしにはそういう存在がイルしかいないけれど、きっとイルを特別だと思っている人はたくさんいる。

わたしと同じように力が強くて“ 化け物は俺の専売特許だった”と言っていた人なのに、わたしとは大違いでたくさんの人に囲まれている。


きっと同じような経験をしたに違いないのに、多分これが逃げなかった彼と逃げたわたしの違いなのだ。

会ってまだ数日しか経っていないけれど、城でイルを熱烈に見つめる女の子達もたくさんいた。

彼はどうやら慣れているらしく気にしてはいなかったが、あれは間違いなくユーリウス殿下とティアナ嬢がしていた瞳だった。


あの子たちもきっと、イルに片想いをしている……。



それがなんだかとてつもなく羨ましくて、少しだけ嫌だな、って思った。

わたしにはイルしかいないから、取られてしまうのが怖かったのかもしれない。



わたしも、いつかああいうふうに誰かを思う日が来るのだろうか。いつか、あんなふうに思われる日が来るのだろうか。


……そういえば、わたしはイルにこの三騎士合同試合の演武を頼まれてここにいるけれど今日が終わってしまえば、もう関係が無くなってしまう。

わたしは騎士ではないし、そもそも、さっきもイルが言っていたみたいにユーリウス殿下の婚約者なのだ。

すっかり忘れていたけれど、わたしは彼に手伝ってもらって無事ザイオンの王太子を追い返さないといけないのだった。

イルと知り合えたのだって、そのお詫びにユーリウス殿下とティアナ嬢の恋を応援することが始まりだ。


でも、いつの間にか、あんなに眩しいと羨ましいと思っていた二人のことなんてすっかり忘れてしまっていた。

イルとの日々が楽しすぎて、本当にしないといけないことを忘れてしまっていた。


数日前にシーフーが言ったことをふと思い出す。


“ーーどうせ、問題が解決して、森に帰れば関わることの無い人間なんです。あまり、入れこまない方があなたの為ですよ、フェリル様ーー”


その通りだ。

わたしは森に帰りたかったはずで、人との関わりなんて要らなかったはずで、だから……。


あの時は何も思わなかったシーフーの言葉がやけに重たく感じる。

それを想像して寂しく思ってしまった。




そう考えて、少しだけ悲しくなったわたしの兜にこつん、と金属が当たる。

顔を上げると、イルが手の甲でわたしを小突いて、いつもみたいに優しく笑っていた。



「何考えてる? 緊張しているのか?」

「……ううん」

「君には本当に感謝しているんだ。君がいなければ俺はあのタヌキに鼻で笑われて第二騎士団も馬鹿にされたかもしれない」

「イルは馬鹿にされたりしない。立派な人だから」

「…………ははっ、そう言ってくれるのはフェリルくらいだ」

「そうか? 第二騎士団のみんなはイルのことを誇りに思っているだろう」


イルは答えずに、もう一度頭を軽く小突いた。小さく揺れる視界に、微笑みながら少しだけ俯いた。



「……感謝しているのはわたしの方だ。この数日、本当に楽しかった」

「俺もそうだぞ。君は良い意味で聞いていたのと違ったよ」



そう言われるのは初めてだ。わたしは公爵令嬢とか、精霊姫とか、そういうところから先に見られるから大抵相手をがっかりさせる。

その自覚はちゃんとある。


「イル…………あの、」

「ん?」


後ろからカーチスが走ってきて「鐘の音が鳴ったら出番です」と耳元で言った。頷いたあと、少しして鐘の音がもう一度鳴る。凄まじい歓声が聞こえた。


ガシャガシャと耳障りな音を立ててわたしとイルは並んで歩き出す。

兜を締め切って、言おうとしていた言葉はくぐもってしまった。



“ 今日が終わっても、また会いに来ていい?”



そう聞きたかったのに、どうしても、何故だか聞けなかった。拒絶されたらと思うと怖くて仕方がなくて。


口を噤んだわたしの悪い視界が突然グラグラとブレる。どうやら、またいつもみたいにイルが頭をぽんぽんと叩いたらしい。


さすがに耳元でガチャンと大きな音がして兜で頭を打った。痛い。



「今日が終わったら、今度はゆっくり、ちゃんと食事でもしながら話をしよう! 君はユーリの事が聞きたかったのだろう!」



会場に二人で足を踏み入れた。

多分、わたし達の顔は一切見えていないけれど、派手な格好をしているからか、一人がイルだということはわかっているからか、轟音のような歓声が湧いて止まない。


けれど、わたしは確実にくぐもった声で叫ぶように言ったイルの言葉を聞いた。


絶対に、絶対に、間違いなく。


ガシャンと大きな音を立ててわたしは頷いてみせた。嬉しくて、嬉しくてなんでもよかった。

ああ、そういえば、ユーリウス殿下のことを聞きたかったのだ、最初はそうだった。

彼は教えてくれるとそう言っていた。けれど内容なんてなんでもよかった。


見掛け倒しの甲冑の悪い視界の先で、黄金の鎧を纏った騎士がその深緑色の瞳を優しくまどろませた気がする。



聞いたことも無い凄まじい歓声に包まれて、わたし達は向かい合い、剣を構えて、そして舞った。






いつもありがとうございます!

本日更新二話目です。まだザイオンの王太子が出てこなくて申し訳ないです……。

あと、イルが思ったより人気出て嬉しいです! ありがとうございます!ユーリ頑張れ!(いやマジでお願いだから)


いつもご感想、評価、ブクマ本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願い致します!

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