おとうとの
三騎士合同試合。
王城の近衛に籍を置き、三人の王子の名を冠する三つの騎士団が、日頃の鍛錬の成果を出し合い鎬を削る特別な大会だ。
ユーリが確か五歳の誕生日を迎えたあたりで始まったこの大会はトーナメント形式でこの日ばかりは、入団順だとか、階級だとか、所属でさえ、そういうものは一切関係無い。
ただ、腕に自信がある者が、己の強さを証明しに、あるいは己の騎士団の名を挙げに、試合をする。
王城の訓練場を舞台に繰り広げられるこの大会は全国民に観覧の権利がある、云わば祭りだ。
どうしても貴族の多い近衛騎士は見目の良い者も多く市井の娘達には大層人気があるらしい、俺の騎士団の団員たちも色々な意味で沸き立っていた。
俺達、第二騎士団に与えられた控えの天幕で整列する面々を順に眺めてみるがどれもこれも殺気立っているというか、落ち着きがないというか……。
確かに他に比べてうちは圧倒的に平民が多いし、性格もどう譲歩したって“ お上品”な奴らではない。……が、しかし今日は本当に酷い。
ため息をついて頭を抱えた。
「…………はぁ、お前ら、まず、フェリルをそんな目で見るのをやめろ」
まるで飢えた獣かなにかのように、俺の隣に立つフェリルを食い入るように見つめる団員達に胡乱な目を向ける。
確かに騎士団に女性はいないし、平民が多く、殆ど王都にいないうちの騎士団は、ジェラルドやユーリの騎士団に比べて女っ気が無い。荒くれ者集団だからか、人気も無い。
気になるのは大いにわかるが、彼女は一応公爵令嬢である。
そんな感じのことをつらつら言っては見たがどうやら彼らの頭には入っていないらしい。
一体誰がこんな脳筋連中を集めたんだか……。ああ、俺か。
当のフェリル自身も、名を呼ばれたことで顔をこちらに向け無邪気な瞳で見上げてくるが、この顔は多分気にしちゃいない。というか気付いていない、こいつらの視線に。
確かに、第二騎士団の団服を身にまとってその特徴的な水色の髪を結い上げたフェリルは美しい。中身はどうあれ、見た目が美しいのは認める。
女性用ではない、肌を一切見せない無骨な服装のせいか逆に色気があるのも認めよう。
胸囲の布は微妙に足りていないし、ぶかぶかのウエストをベルトで締め上げているせいで腰の細さが強調されているのもまあ仕方がないだろう。
だからと言って……。
何も分かっていない様子のフェリルにじとっとした目を向けると彼女は何を思ったのかふわりとはにかんだ。
その笑顔に何人かの団員がよろめき倒れたことに舌打ちをした。
「フェリルは今日までこのイレネー・トルヴァン率いる第二騎士団の団員だ。
この戦女神に勝利の栄光を! 負けたヤツはオルムの砦に二月常駐させるからな!」
「うぉぉぉぉぉおおお!!」
男達が雄叫びを上げた。
オルムの砦とはここから西の果てにある砦で、馬鹿みたいに平和で何も起きない、この連中に限っては大変人気の無い勤務地である。ほかの騎士団には楽な安全地帯だと人気らしいが、本当に俺の部下達はどうかしている。
呆気に取られていたフェリルがすぐに楽しそうに腕を振り上げた。おそらく何も理解はしていないがまあ、こういうのは雰囲気だ。
団員も盛り上がっているし問題ないだろう。
「ーーよし、じゃあフェリル行くぞ」
「うん」
騒がしくなった団員を一瞥してから、こちらを見上げているフェリルの目元を隠した。
なんだかんだ、俺はこの部下たちが嫌いではないし、多分だらしない顔をしていたのだろう。どこか生ぬるい瞳に耐えきれなくなってそうしたのに、覗く形の良い唇は笑みを象る。
「仲がいいんだな」
「単純なだけだ」
にんまりとしたフェリルにそう返すが、彼女は相変わらず笑っていた。
純粋で無邪気でただただ明るい笑顔を向けてくる人懐っこい子犬のような彼女に出逢えたのは本当に僥倖だとしか言い様がない。
三騎士合同試合での演武はもともと、数年前まで俺と長兄のジェラルドが演じていた開幕前の演目だ。
互いに役職や歳を重ね、いつしかそれは俺と、適当な腕の立つ騎士の役割になった。
言うなれば余興のようなものだ。
けれど、俺には大切なものだった。政を動かす次期国王の長兄とは違って俺には第二騎士団しかない。
この三騎士合同試合でこいつらの為にも舐められる訳には行かない。
それを知っていて、あのタヌキは今回のような嫌がらせを吹っかけてきたのだろうが、俺を慕ってくれている部下の為にも引き下がるような無様な真似や、屈して台無しにするような馬鹿なことは出来ないのだ。
あの男は俺がまさか演武をするとは思わないだろう。しかもあの武具に身を包んで。
幸いにも、普通ならば到底扱えないあの武具は見栄えはする。
それに相手は“ 精霊姫”だ。今年の演武は間違いなく過去最高のものとなるだろう。
天幕を出る前に、もう一度フェリルの頭を撫でた。細くて繊細な髪は今日は編み込まれているからぐしゃぐしゃには出来ないが、撫で回してやりたい欲求をどうにか沈めた。
「ありがとう、イル」
「……ん? 何の話だ。それに、それは俺のセリフだな」
「マーデリック家の人間以外で、わたしを怖がらないのも触れてくれるのもイルくらいだ」
目を細めて本当に嬉しそうに笑う彼女の頭をぽんぽんと叩く。
「……そうか」
本当なら、“ それは君があまり人間と関わったことがないからだ”とか、“ 今からたくさんそういう人間が現れる”とか言って安心させてやった方が良かったのだと思う。
俺もこの馬鹿力があるせいで幼い頃は人との関わりの持ち方に苦労した。
けれど、盲目的にまっすぐに懐いてくれているこの子犬のような子にそう言ってしまうのが惜しく感じた。
会ってたかだか数日くらいのこの少女に情が湧いていたのは確かだ。これ程一途に懐かれてしっぽを振られたらそりゃ可愛くも思う。
「あの!」
後ろから団員の一人がそう声を上げた。割と冷静で頼りになるリーダー格のチャックという男だ。
貴族の出身ではあるが分け隔てのない公平な性格で、団員同士の喧嘩の仲裁をよくしている。そういうのが上手いやつだ。
裏返った声に緊張が乗っているのが丸わかりで、振り返るとびくりと肩を揺らす。
なぜだか周りの団員たちも同じような顔をしているが、試合前の緊張のものとはまた少し違う気がする。
「なんだ」
「あの、団長!」
チャックが息を飲んだ。それから恐ろしく緊張した面持ちでもう一度口を開く。
「その方は団長の恋人なのですか!」
天幕中の音が多分消えた。
しばらくして、団員たちの妙に重苦しい空気に吐きそうになる。
何をそんなに緊迫する必要があるのか。一瞬驚いて言葉を失ったが、俺は「ははっ」とかわいた笑みをその静けさに落とした。
「なわけないだろう。彼女は協力をしてくれてるだけで、弟の婚約者だ」
チャックたちの反応を見ないままフェリルを連れて天幕を出た。
当たり前のことを当たり前に言っただけだが、俺は自分でそう口にして、内心自分で驚いていた。
…………ユーリの婚約者だ。そう、だった。
ここ数日ですっかりそのことを忘れてしまっていたらしい。
いつもありがとうございます!
リアルが忙しく更新できておらず申し訳ございません(´;ω;`)
大変じゃお待たせ致しました!イル視点です。
イルが人気で驚きつつも嬉しく思います(*´-`*)
しかも!久しぶりになろうにログインしたらレヴューをいただいておりました(´;ω;`)!!ありがとうございます!嬉しすぎてほんまちょっと泣きました……。
いつも、ご感想、評価、ブクマありがとうございます!これからもどうぞよろしくお願い致します!




