あにとおとうと
またもやなんとなくシーフーと気まずい雰囲気になったが、翌日に出会った彼はいつも通りだった。
鉢会いたくないから早朝に起きて(早起きは得意だ)さっさと着替えて自室を出るとシーフーは何故かそこに立っていた。
ぎょっとして一瞬身構えたが彼は「フェリル様行ってらっしゃいませ」と美しい笑みを浮かべるばかりだったからなんだか拍子抜けしたけれど。
そんなに馬鹿みたいに城まで遠い訳でもないし騎士服を着ているのだからと家族をどうにか納得させたわたしは(わたしが本気で逃げて捕まえられると思うのか、と聞いたらみんな黙った)スキップ混じりに徒歩で城へと向かった。
朝のひんやりとした独特の空気はとても気持ちがいい。この薄ぼんやりとした日ののぼりきらない空も、鳥達の囀る声も大好きだ。
上機嫌で城に行き、城の門番に挨拶をして騎士団宿舎へと向かう途中、件の中庭で見覚えのある金髪を見つけて足を止める。
「ユーリウスで…ん…」
口からこぼれ落ちた音は呼びかけるものでは決してない。
ただ、気がついたらこぼれ落ちていて、わたしの“ 婚約者”に寄り添う赤色の髪の毛の女性に視線が移った途端、声が掠れた。
朝日の神秘的な光に照らされ中庭で顔を寄せ合い微笑む二人は、変わらずに美しくて、なにも言葉を紡げなくなったのだ。
彼の視界にはティアナ嬢しか映っていなかった。ティアナ嬢もまた、おそらくそうなのだろう。
しばらく、その光景に見蕩れた。
森で自由に駆け回り一人で過ごしていたわたしとはまるで違う。
わたしの生活は実に楽しく、自由で縛られない幸せなものだと思っていた。
けれど、もしかしたらわたしは一人だったのかもしれない。
人との関わりを怖がって避けていたのは、実はわたしの方なのかもしれない。
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「ユーリ?」
「うん、ユーリウス殿下ってどんな人なの」
武具の手入れがようやく終わった。
お昼を回った塔の中で、カーチスが持ってきてくれた昼食を食べていたところで、開いたままの扉がノックされてイルがそこにもたれていた。
どこか疲れたような顔をしたままゆるりと笑ってユーリウス殿下と似た金色の前髪をかきあげたイルに、そう聞いた。
全くもって王族らしくなく、床に座ったイルは、けれど食事の所作が異様に美しい。
わたしとは比べ物にならなすぎて少し恥ずかしくなる。
「ユーリ、ユーリなあ……。そういえば、君はユーリの婚約者だったな」
「一応ね」
顎に手を当てたイルがうーん、と考え込む。
そもそも二人の仲はどうなのだろうか。わたしはイルのことも全然知らないしユーリウス殿下のことも全然知らない。
「なに、ユーリのこと好きなの? でも昨日は協力するとか言ってただろう?」
「好き? 好きとか嫌いとかはよく分からない。多分嫌われているのはわかる」
「あー、……それは、まあな」
「いや、フォローするところなんじゃないですかイル様」
フォロー? なにをフォローするというのだろう。どうやらイルもそう思ったらしい。
揃って首を傾げたわたしたちにカーチスがため息をつく。
「フェリルを嫌うとか、そうじゃないとかの前に、ユーリには今ティアナ・レイクしか見えてないからな」
「わたしもそう思う! 素敵だ!」
「俺にはそういうの、よく分からないな」
「…………いや、婚約者じゃないのかよ」
カーチスがぼそりと何かを言っていたがわたしは気にしなかったし、イルも気にしなかった。それにしてもカーチスはため息が多い。なにをそんなに思い悩んでいるのか、可哀想な人だ。
「で、フェリルはユーリについて知りたいんだったか?」
「うん、知らなすぎるし、わたしは二人を応援したいんだ」
「いや、婚約者じゃないのかよ」
「うーん、ユーリは多分そういうの嫌がるだろうけどなあ」
「そうなのか? そういえば“ 余計なことをするな”と言われたな」
「…………いや、すげー言われてるじゃん。というか婚約者じゃないのかよ」
「ユーリは…、そうだな、上手く隠してるけど、人を頼れないっていうか、寄せ付けないっていうか、人嫌いっていうか……」
「そういえば、わたしを見る時の目はゴミを見るかのように冷たかったな」
「え? 婚約者じゃないのかよ……」
「フェリル、分かるのか?」
わたしとイルの会話の合間にジトっとした目のカーチスがなにやらボソボソ言っている気もするが、まあ良い。
分かるのかって、分からないはずがない。
綺麗に人間離れした美しい微笑みを絶やさないが、殿下の目は常に冷えきっていて、冷めきっていて、拒絶して見下しているようだ。
特にわたしを見る時の顔はすごい。分かるのかって、本当にみんなは、分かっていないのだろうか?
例外は今のところティアナ・レイクに向けられたものだけだ。
彼女と共にいる時の殿下はまるで別人だ。
その溶けた瞳も作られたものとは違う、優しい笑顔も、そしてまとう雰囲気も、まるで違う。
「ユーリは、昔っから繕うのが兄弟の中の誰よりも上手くて、人当たりが良くて何事も上手くやるやつでな。誰からも“ いい子”だとか“ よく出来た子”だとか言われる奴だったんだよ」
「わたしとは真逆だな」
わたしはそういうことがまるで出来なかった。人の輪に溶け込むのが下手で、感情のままに行動をしてしまって人を傷つけて。
しまいには“ 化け物”と呼ばれて逃げたのだ。昔のわたしにも今のわたしにも到底できっこない芸当だ。
素直に尊敬する。
「けど、その実、多分中身は相当冷めててな。なんでもある程度上手くやるけど、何かに没頭したりすることはないし、何にも大して興味を持たなかった。
いつでも優しく優秀なユーリウス殿下らしく振舞ってはいたが、おそらく内心とは全く違う。王族という身の上もあるんだろうけど、家族とすら一線を引いてる感じだな」
「仲がよくないのか?」
「いや? 仲は悪くないぞ。俺とも、兄ともな。ただ、きっちり線を引いている」
線を引いている。
その感覚が上手くわからなくて首を傾げた。イルは困ったように笑って、また前髪をかきあげた。
わたしにとって家族っていうのは絶対に信用できる相手で、というか家族くらいしか知り合いも親しい人もいないしなんというか、大切なものだけれど、イルやユーリウス殿下は違うのだろうか。
王族だからそうなのか。
それは少し悲しいことだと思う。
「そんな顔するな。まあ、王族っていうのは、色々とあるんだよ。別に悪いことじゃない。俺だってユーリの気持ちがわからない訳でもない。俺がユーリの立場であればそうだったのかもしれないし、簡単じゃないんだ、とにかく」
ぐしゃぐしゃと乱暴にイルがわたしの髪を掻き混ぜた。
ネリーが「絹のように細くて柔らかい」と称したわたしの髪は非常に絡まりやすい訳だが、頭の上でもしゃもしゃと暴れるさまをみて、やった本人が素早く顔を背けた。
口元を抑えてくつくつと笑うイルを覗き込むと、もう一度頭をかき混ぜられる。
余談だがイルはとてもよく笑う。さわやかに気持ちよく。ユーリウス殿下とは大違いだ。
「ま、そんなユーリが人生で初めて夢中になったのがティアナ・レイクなわけだ。ユーリのおにいさんとしては可愛い弟の恋路を応援したいって気持ちも少しはある」
「イルは良いおにいさんだな」
わたしが笑うとイルは目を丸くして、少しだけ照れくさそうに笑ってわたしの目元を押さえつけた。
「……よし、そろそろ休憩は終わりだ。次は型の練習をするぞ」
指の隙間から見えたイルの頬はほんのり赤かったように思う。
カーチスがまたため息をついていた気がするが、まああまり気にしてはいなかった。
いつもありがとうございます!
のんびり展開ですがお付き合いいただけますと嬉しいです。
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