おせわがかり
「おやおやおや」
夕方。夕方というかほとんどもう夜。
カーチスに教えて貰いながらあのガラクタの手入れをした。
カーチスによると「馬鹿みたいに重たいくせに貴重な宝石や鉱石が使われているから面倒」らしい。彼は、ひょい、と軽々持ち上げて手入れをするわたしにどこかドン引きしていた模様だが、帰る頃には泣きながら、ぺこぺこと何度もお辞儀をした。
とりあえず、半分は終わった。
明日の午前中いっぱいくらいで、手入れは終わるだろう、とのこと。
本当に忙しいイルは頻繁にどこかに消えて忘れた頃に現れた。
わたしなんかよりもずっと早いスピードで黙々と作業をして誰かに呼ばれまた消える。
帰る頃には随分やつれて見えた。……可哀想に。
そんなこんなで帰宅した頃にはもうすっかり日が暮れていた。
マーデリック家にはイルの名前でわたしを預かっている、という旨が伝えられていたらしいし、ご丁寧に騎士団の馬車で送ってくれたから何にも問題ないと思っていたのだけれど。
「おやおやおやおや」
「ただいま、シーフー」
「お帰りなさいませ、フェリル様」
何故か、シーフーは門前でいつものあの何を考えているのか分からない美しい笑みで待ち構えていた。
「素敵な装いですね、お出かけされた時と随分違うようですが」
「ああ、貸してもらったんだ。明日もこれを着る。びらびらよりも随分着心地がいいんだ」
「明日も? 明日も、では第二騎士団にご厄介になるおつもりで?」
「うむ、とりあえず五日後の三騎士合同試合が終わるまでは」
わたしの破れたドレスを受け取ったシーフーがうっすら目を開いた。細くなった目元がぎらりと光った気がして後ずさりそうで、どうにか留まる。
自室へと向かうわたしに音もなく着いてくる彼はいつものことであるが、何となくいつもとはなにかが違う気がする。
なにが、と言われても分からないんだけれど……。なんか、空気が……。
「いけませんよ、フェリル様、第二王子殿下はとてもお忙しい方です。合同試合前と言えば尚のことです。ご迷惑をおかけしてはいけません」
「でも、イルがわたしに手伝って欲しいって言ったんだ。わたしが役に立てるんだ」
窘めるような言葉に立ち止まって振り返る。長身のお世話係兼執事はこう見るとイルよりも小さい気がした。
いつもの完璧な笑みがどこか引きつったように一瞬見えたが、それもすぐにもとにもどる。気の所為かもしれない。
「…………イル?」
誰が言ったのか分からないほどに低い声だった。聞いた事のない声に肩を揺らしたが、見上げる執事はいつもと変わらない美しい笑みを浮かべるばかりだ。
「イルがそう呼んでいいって言ったんだ。イルはわたしを化け物だとは呼ばなかったし、お母さんみたいに頭を撫でてくれるんだ」
イルは分かってくれる。
人間界に馴染めず、爪弾きにされたかつてのわたしの気持ちをきっと分かってくれるのだ。
なぜなら多分彼も同じだから。
少し叩いただけで物を壊してしまう気持ちも、人と触れ合う怖さも知っている。彼は人間だけれど、彼となら気兼ねなく触れ合うことが出来る。
イルもそう思っているから、きっとよくわたしの頭を撫でるんだ。まるで兄のようだ。きっと兄がいたらあんな感じなのだろう。彼なら傷付けてしまう心配はないんだ。
シーフーに笑顔でそう語ると、彼は笑顔を深めてから頷いた。
手袋の嵌った掌がわたしの水色の髪を掬い、それから優しく頭を撫でる。
「お忘れですか? フェリル様。私も貴方に触れられますよ。貴方が触れることも怖がりません。ずっと昔からそうだったでしょう」
「……う、うん、まあ」
頭を撫でていた手がゆっくりと頬に降りる。
擽ったさに片目を閉じると、シーフーは「ふふ、 」と声を漏らして笑った。
確かに気がつくといたこのお世話係はずっとわたしのそばにいて、力の加減が分からないわたしを一切怖がらなかったし、なんならむしろシーフーから近づいてきた。
肋を何度折ろうとも彼はいつも美しく笑って「気にすることはありません、貴方は他とは違うのですから」と言ってくれた。落ち込んだわたしを励ましてくれた。
「貴方が壊した山小屋を直すのを手伝うのも私でしたし、森で話し相手になったのも私でしょう? 私はもう十年も貴方と一緒に過ごせていますよ」
「う、うむ、そうだな。感謝している」
「この破けたドレスも私が綺麗に直して差し上げましょう」
「あ……、いや、その、わたしがなおす、から、裁縫を教えて欲しいんだ……」
「裁縫を? フェリル様は裁縫や刺繍がお嫌いだったはずでは?」
何となくやんわりと頬に添えられた手を払うと彼は首を傾げた。
思い出したみたいに、とても不思議そうに。
「……それに、フェリル様、貴方は早く森に帰りたいのでしょう。今更第二王子殿下なんぞと仲良くなってどうするのです。
“ 婚約者”である第三王子殿下、ならまだしも」
「……そ、それはそうなんだけど」
わたしはそこでようやく気づいた。
あんなに森に帰りたかったはずなのに、わたしはイルと共に居た時、その大切な森の存在をすっかり忘れていたのだ。
「どうせ、問題が解決して、森に帰れば関わることの無い人間なんです。あまり、入れこまない方があなたの為ですよ、フェリル様」
そうしてシーフーはまた美しい笑みを浮かべるのだ。
いつもありがとうございます!
久しぶりにシーフー登場です。第三王子、ほんまにどこ行った……。
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