きしだん
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっ! あーーー!!イル様ぁぁぁあ!! ちょっとぉ!! やっと見つけましたよ! どこ行ってたんですかぁぁあ!!」
「ああ、カーチス。今戻った」
「はああ? 今戻ったじゃないですよぉぉー! もーーどうすんですかー!? 予算下りたんですか? あと何日だと思ってんです! 」
「下りてない」
「ひいいい! やっぱり! だと思いましたよ! もうううーいやだぁぁあ、おれもう転職する! もういやだ、もうほんっっとにイル様の尻拭いはもういやだ!」
「落ち着けカーチス。大丈夫だ、金は無いが策はある」
イルに着いていくと彼は城の端にある立派な門をくぐった。両脇に立つ二人の男はイルと似た服を着ていてイルを視界に入れた瞬間に驚くほど機敏に敬礼をした。
次いで、わたしに向いた視線は訝しむような驚愕に染ったような微妙な顔だったが目が合うと物凄い勢いで逸らされたので少し落ち込んだ。
そんなことはお構い無しのイルが一歩、門の中に入ったと思ったら、栗色の髪の五月蝿い男が文字通り、イルに泣きついてきた。
カーチスと呼ばれた男は鼻水と涙とよく分からん汁でぐちゃぐちゃの顔をイルの服に擦り付けてわんわんと喚く。
けれど、慣れているのかそこらじゅうに居る騎士服の人間はいっさい気にしていない様子。どうやらこれは日常茶飯事のことらしい。それにしても王族に鼻水を付けるとは余程信頼の置ける間柄なのだろう。先程“ カーチス”はイルのことをイル様と呼んでいたし。
イルは“ 親しいものはそう呼ぶ”と言っていた。カーチスは親しいらしい。
ちょっと羨ましい。いやいや、でもわたしもイルって呼んでるし、別にいいんだ、別に。
「策? 策ってなんですか? 馬鹿力のイル様がご自慢の馬鹿力でどうにかしてくれるんですか? 言っておきますけどあなたは一応、い、ち、お、う王子様なんですから、政務もあるんですよ! それはどうすんですか? あと、あなた仮にも団長なんですからね、その仕事もあるんですよ! もちろんね! あと、」
「あーはいはい、わかったわかった。そんなことお前に言われなくても分かっている」
「分かっている?! はあん? 分かっているならこのクソ忙しいときにこんなクソ面倒なことわざわざさせないでくださいよっ!」
「ああもう、鬱陶しい。あといい加減離れろ、うわっ鼻水が汚いぞカーチス」
「団長なんか鼻水に溺れればいいんです!」
「ぷっ、」
あ、すまん。つい笑ってしまった。
ぎゃあぎゃあと喚いていた男の顔がぐるりとこちらを向いて、いろいろな液体でぐしゃぐしゃの顔がぽかん、と停止した。どうやらわたしの存在にようやく気がついたらしい。
イルはといえば、カーチスを押し退けるように引き剥がし、お綺麗な顔を嫌そうに歪めて一心不乱に鼻水を拭っていた。
「…………おれは、おれは死んだんですか? あれ、女神様が見える」
「馬鹿言え、馬鹿」
「だとしたらこれは夢ですか? おれはついに現実から逃れようと……」
「おい、いい加減にしろよ」
鼻水が上手いこと取れなかったらしいイルがカーチスを睨みつけて、なんと、顔面をビンタした。
物凄い音がしてカーチスが吹き飛びお尻から地面に着地した後、少し引きずられていったが、彼の視線は未だにわたしに向いていた。
こう、まじまじと見られると緊張する、というか居心地が悪い、というか。
地面に尻もちをついて、赤く腫れた頬を片手で押さえるカーチスに、どうにか笑顔のようなものを繕って腰を折った。
「初めまして、フェリル・マーデリックです」
シーフーに叩き込まれたカーテシーを披露したところで頭二個分高い位置からため息が落とされる。
なんだ、下手くそだっただろうか?シーフーがあのひょろりと長い体躯でカーテシーをし続けるという拷問じみた時間を乗り越えて会得したわたしのカーテシーに、どこかおかしな所でもあったというのか。
カーチスはまったく反応を示さないまま、けれど視線は依然とわたしに向いたまま唖然としているし、困ってイルを見上げると、彼もまた困ったように首を振った。
「見苦しいとこを見せてすまないな。フェリル。この五月蝿いのはカーチス・クルヴィス。一応、俺の部下で、第二騎士団の副団長だ」
「第二騎士団?」
「そうだ。ここは第二騎士団の騎士宿舎、及び訓練場」
石像のように固まってしまったカーチスは一先ず置いておいて。ぐるりと辺りを見渡すと、まあまあの敷地に三つの塔が立っている。
イルと似た服装の人達は剣を持っていたり、馬を引いていたり、何かしらの訓練をしていたり。けれどやはり騒いでしまったからだろうか(カーチスが)こちらをちらちらと覗いてくる人が多い。
やはり一様に、目が合うと物凄い勢いで逸らされてしまうので少し悲しくなる。
まあ、人をじろじろと不躾に見るのが良くないのはわたしでも分かるが、そんなに必死になって顔を背けなくてもいいと思うんだ……。
「イルは、やっぱり騎士なんだな」
「ああ、まあな。俺には政は向かないし、なにより優秀な長兄がいるからな。俺は俺なりにこっちでこの国を守るさ」
「そっかぁー素敵なことだ」
「……適当に言いやがって」
「適当じゃないよ!」
イルを見上げて笑ってそう言うと彼は深緑の目を丸くして、それから眉を寄せて笑った。ちょっと照れた顔に見えるそれをよく見ようとすると、イルの大きな手がわたしの髪をぐしゃぐしゃにした。
さっき会ったばかりなのにそういえばイルはわたしの頭をよく触る。
弟にユーリウス殿下がいるから、よくそうしているのだろうか? あの冷たい目をした王子様が大人しく触られている様子を想像することが出来ないが、このさわやかに笑う彼が弟を愛でる様は容易に想像出来て、心があたたかくなる。
「君に頼みたいことっていうのは、その五月蝿いのが、喚いていたことだ。騎士団に関することなんだが本当に困っていてな」
「うん! 分かった! 何をしたらいいの?」
「…………君な、ちょっと懐きすぎだぞ? 心配になるぞ? 普通は知らない人にホイホイ着いて行ったらダメなんだぞ?」
「うん! 分かった!」
「……本当に分かっているのか?」
「うん! イル以外にはついていかない」
ぐしゃぐしゃと撫ぜていた手が今度はポンポンと縦に動く。どこか呆れたようなイルはため息をついて、おでこに手を当てた。
「……分かってないだろ。……まあ、いい。とりあえず着替えてこい。
びらびらしたのが、嫌なんだろう? ほら、カーチス!! いい加減にしろっ」
ぼーっと放心したままのカーチスは今度は先程ビンタされたのと別側の頬を叩かれて、地面に転がったのだった。
いつもありがとうございます!ご感想が嬉しすぎて、更新してしまいました……。
ユーリウスさんは今のところ空気ですが、彼は彼で恋しているのでまあ、良いでしょう。とりあえずいまは…。
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