いいかげんに
視界に嫌でも映り込む水を閉じ込めたような不思議な色彩を持つ髪を認めて眉を寄せた。しかし、それもつかの間。素早く人好きする柔和な笑みを張り付けてそれを視界から追い出した。
スペアのスペアの僕は政治に関わることはない。しかしれっきとした王族。だから、婚約者はいれど未婚の僕がこういう場に呼ばれ倒すのはまあ、道理だろう。なにしろ、僕はお飾りだからいろいろと都合がいい。
なんていうか僕は頻繁にこういう場に“誰々の名代”とか言って駆り出されるし、会わずに済む、だなんて思ってはいないのだけれど。
どうしても見つけてしまうのは僕が彼女を好きとか、そういうのでは断じてなくて。万が一にもそういうわけではなくて。単に彼女が目立っているからだ。
馬鹿なことをしでかした貴重な精霊の娘。王弟の娘。公爵令嬢。僕の従兄妹。……そして、僕の婚約者。
今までマーデリック家の娘といえば双子の片割れネリー・マーデリックが有名だった。栗色の髪に蒼の瞳。愛らしさを詰め込んだような見た目に反して、中身は案外強かだと知っている。加えて、瓜二つの弟、メディが揃うと神秘的とすら言える何かがある。
さすが精霊の子だといえばいいのか、まあでもあの変人の叔父から生まれたとはとても思えないまともな姉弟である。二人とは割と話したりもする。公爵家の人間だし、なにより、一応は親戚なわけだし。
それに対してフェリル・マーデリックを見たのは多分生まれて初めてだった。存在だけは知っていた。表に一切出てこない謎のマーデリック家の長女。双子の存在感が強すぎて誰も気にはしていなかっただろうが、彼女は本当に謎だった。
生まれてこの方、会ったこともなかったと思ったら森に籠っていただとか、いやいやどういう意味だ。訳が分からない。その上、王太子に求婚されただとか。勘弁してほしい。おまけに僕が婚約者役を当てはめられることになってしまったのだ。
確かに、美貌は“精霊姫”とかいうふざけた名に見合うものかもしれないが、それだけだ。そして僕はそんなものに興味がない。
中身は良くいる貴族子女のそれだし。毎回絶妙に浮いているし、そして神経を逆なでするような態度をとってくる。この間は僕の肩書を存分に利用して周りをけん制して見せたし。勝手にしろといったのは僕だがあまりに浅慮で慎みが無さ過ぎる。怒りと言うよりは呆れた。
本当ならば協力なんて死んでもしてやりたくないが、国家間の問題に発展しかねないと言われれば僕は断ることができない。だから婚約者役、なんて馬鹿な真似させられているのだけれど。
本当にいい迷惑だ。迷惑でしかない。いい加減にしてくれ。ザイオンの王太子は彼女の見た目に惹かれたそうだからこの媚びた浅はかな内面を知れば、案外自然と心が離れるのではと思ったりもする。だって一夫一婦制の離縁が許されない潔癖な国なのだ。慎重になるだろう、どうあっても。
「はあ」
とにかく。僕はこんなバカげた茶番からさっさと解放されたいわけで、かといってジェラルド様に言われたこともあるから失敗もできないわけで、まあでもやっぱり彼女とさっさと縁を切りたいわけで。
……なのに、なぜ、彼女の綺麗な金の瞳がこっちを凝視しているのか。
というか、近づいてきている。というか、もう、目の前にいる。なんだこの女。早すぎやしないか? この分厚いドレスの下でどんな動きをすれば一瞬でここまで来れるんだ。しかも大して音も出さずに。本当に人間か? ……ああ、いや精霊の子か……。いやそれは関係あるのか?
とりあえず、ぞろぞろと鬱陶しかった人間があっという間に遠巻きになったのだけは喜ばしい。
思わず引きつった視界の先で、笑みすら浮かべない彼女がどこか青ざめた顔でこちらを凝視している。
最初に出会った時、僕に自己紹介をした媚びた態度でもなければ、僕の肩書を易々と利用した浅はかで慎みのない馬鹿な令嬢のそれでもない。……それどころか完璧な無表情だ。先が読めなさ過ぎて怖い。
とりあえず笑みを深めてみると彼女はますます顔を青くして、それから思い出したように、唐突に笑みを張り付けた。
媚びたような顔でもなければ、あのマーデリック家の双子が浮かべる余所行き用の愛らしい笑顔でもない。ましてあの双子が親しいものだけに見せる企んだような不気味な笑顔でもない。
言ってしまえば、失敗した作り笑いだ。
気が付くと遠くに件の双子がいた。僕の視線に気が付いたのか罰の悪そうな顔をする。……なるほど、あの双子に送り込まれたのか。なにを言われたのかは分からないが、それにしても、良く分からない反応だ。
「あ、あの」
「はい」
「……わたしはフェリル・マーデリックと言います」
「……存じていますが」
なにを今更。そんなこと知っている。知っているというか自分で自己紹介をしたじゃないか。たった数日前のことだ。もしかして忘れたのだろうか? 腹が立つ上に頭が悪いなんていよいよ救えない。……いや、頭が悪すぎるから腹が立つのか。それにしてもあの自己紹介とはえらく雰囲気が違う。媚びた様子もなければ間延びした口調でもない。笑顔も綺麗に引きつっている。
「……趣味は狩りで、森に行くのが好きです」
「はあ」
なんだ、いきなり。それはあれだろうか。キツネ狩りとか鹿狩りが好きで、遠駆けに行くとかそういう意味なのだろうか。森に籠っていたとかいうのもそういう意味でだろうか。なるほど。
貴族としては無いわけではないが、女子では珍しい趣味だ。ちなみに僕は別に嫌いでも好きでもない。
「この度はわたしの考えなしの行動で、殿下に大変なご迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない。……です。巻き込んでしまい悪かった、……です」
青い顔、ひきつったいびつな笑顔。その中で信念のようなものを映している金の瞳がまっすぐにこちらを射抜いていて僕は素直に面食らった。
淑女とはいいがたい口調。貴族としては全然、なっていない。とってつけたような敬語。でも彼女の稚拙な謝罪はきちんと心がこもっているように感じた。この“婚約者”の性格と言うか人柄が一気に分からなくなった。
けれど、僕の心は相変わらず凪いでいた。だからなんだ。人柄なんて、どうだっていい。興味がない。
「妹と弟にそう言えと、言われたんですか?」
彼女は公式に僕の婚約者ということになっている。突然、降って湧いたような話だから政略的なものだとだれもがそう思っているだろうが、具体的なことは漏らせない。
にっこりと笑顔でそう言うと彼女はさらに顔色を悪くした。向こうでこちらを伺っている双子の様子を見るに、間違いはない。大方、僕の協力を得れるように謝罪してこいだとか言われたのだろう。言われずとも、最低限のことはするつもりだ。
「そうだ」
「……それは大変ですね」
思ってもいないことだからか、思いのほか白々しく聞こえたが構わないだろう。それよりも、あっさりと肯定してしまう彼女に少し驚いた。狼狽えないし、言い訳もしないし、プライドはないのか。……ああ、馬鹿なだけなのか。
「でも考えたんだ。本当に、わたしは貴方の人生を狂わせてしまったのかもしれないと。わたしの馬鹿な行いのせいで、王族である貴方を巻き込んでしまった。妹や弟に叱られたのはその通りだけど、謝るべきだ、と」
叱られたんだ……。
なんだか子供と話しているようで調子が狂う。妙に素直なのがいけないのか。この気持ち悪い引きつった笑みがいけないのか。
もう出会った時の印象と違いすぎて混乱する。どれが本当のフェリル・マーデリックなんだ。いや、どれでもいいんだけど……どっちにしたって彼女の印象は僕のなかでは最悪だし。というか死ぬほど面倒くさい。必要以上に関わらないでほしい。
さっさとこの場から抜け出そうといつもの笑顔を作って「私はまったく気にしていませんので、貴方もお気になさらず」と言いかけて、言いかける前に彼女が口を開いた。
そして次に彼女から飛び出た衝撃的な発言に僕はうっかり笑顔を滑り落したのだった。
「だから、殿下の恋人にも、きちんとわたしから説明させてほしいと思う。誤解で二人の仲がこじれてはいけない」
「は、」
「……です」
多分間抜けな顔をする僕に彼女ははじめてはにかんだような笑みを浮かべた。
だから、その取ってつけたような敬語とか、本当にどうでもいい。心の底から。僕が引っかかったのはそこじゃないから、いい加減にしてくれ。
いつもありがとうございます!
ユーリウス殿下はわたしが書くキャラの中じゃ相当まともな部類で、なかなか難しいです。シーフーを書くのが楽しくてたまらない……。ゴメンナサイ。
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