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ちゅうしん





「さて……まだ意識はあるか?」



辛うじて人間……いやこの場合精霊? まあもうどちらでもいいけど、辛うじて形を保っているか保っていないかのメラメラと揺れる炎の様なそれに問うが、返事は当然のように返ってこない。


もう、死ぬ間際で意識がないのか、それとも声を出すことが出来ないのか、願わくば後者でいていただきたいものだ。



「炎の精霊マーガレット。貴方、うちのフェリル様を害そうとしましたね。それも二度」



一度目は市井で攫われた時、二度目は夜会で毒を盛られた時。


大事にはならず、何より本人が全くもって気にしていない(というか忘れている可能性すらある)から、公爵令嬢が狙われるという事件にもかかわらず、マーデリック家以外誰も調べてすらいない。

まあその方が都合がいいのだけど。


この消えかけの精霊の力にすら抗えず、この場に駆けつけて来れない王家の人間も騎士団も無能揃いで、素晴らしいと大手を上げて皮肉を言ってやりたい程だ。


旦那様はあんな感じだが、馬鹿ではない。対人関係において、彼は特殊なスキルを持っていると言えよう。こと人の懐のうちに入り込む能力はザイオンの訓練された密偵にすら必達するだろう。

私も調べ物、尋問に関しては自信がある。ただしお人好しの旦那様と違い手段を問わないから後々うるさく言われることも多いけれど。


とにかく、調べた結果の黒幕は全てコレだった。

アリエル様曰く炎の精霊特有だという魅了という力を使えば何をするにも容易かった事だろう。

ハオランはつくづく運がいい。


「まあ、貴方がフェリル様に手を出しさえしなければ貴方の死に方に一切興味は無かったのですが」



徐々に小さくなる赤黒い炎に近づくと、この期に及んで私を拒絶しようとしてかぱちぱちと爆ぜて火の粉が飛んでくる。


汗ばむ熱気に唇の端を持ち上げた。



『やあ、マーガレット。また会ったね。私はハオランの兄だ。顔はどことなく似ているだろう』



コレとハオランは連絡をザイオン語でしていたという。会話からザイオンから連れてきた特別な鳥を放って交わす文の字まで。健気なものだ。

トルヴァンの言葉では反応しなかったくせにザイオン語では明らかに反応があったと見える。



聞こえているのかは知らない。


だけど、炎が大きく揺らめいた事に私は笑みを深くした。



『トルヴァンの王子さえ殺せなかったんだね。君は全くの役立たずだ。ハオランは失望している事だろう』



意識があるのかは不明だがあからさまに不安定に揺れる炎は見ていて面白い。



アリエル様について精霊の看取りに立ち会った事は幾度かある。

精霊の終わりはどれもこれも酷いものだが、アリエル様は決まって、慰めの言葉をかける。そうすると苦しみから開放されるかのようにたちまち灰になって消えるのだ。


アリエル様は「腐った精霊は永久の苦しみと罪の意識に苛まれるの。だから許しを与えてあげるのよ」と言った。本来あるべき精霊の道を踏み外し、自然の摂理を裏切った精霊に与えられる罰なのだと。そうすれば精霊の魂は大地へと還りまたいずれ別の精霊として生まれ変わるのだと。それを何度も何度も繰り返して行くのだと。


私が思うに精霊とは自然そのものだ。芽が出て育ち大地を潤し他に恩恵を与え、やがて枯れ、大地へと還る。そしてその幹や葉は他の生命を育てるのだ。


いつか、アリエル様は「貴方になら私の後を継がせてもいいわ」と言ったので私は「絶対に嫌です」と即答した。

何故そんなことをしないといけないのか、面倒くさい。

私が守りたいものは精霊ではなく、国でもなく、ただフェリル様だけだ。


ではそんな輪廻に組み込まれた生命をなぜ看取る必要があるのか。

一つは、腐ってしまえばこの醜い状態のまま苦しみを味わい続け、終わるまでに時間がかかるから。大抵の精霊は人間に見つからないようにする事が出来るらしいが、死にかけなわけだし万が一人間に見つかりでもしたら大事だ。何より精霊を早く楽にしてあげるため。



そしてもう一つ。




『なあ知っているか。マーガレット。』




こちらの方がよっぽど大事なのだろう。




精霊にとっては。





『人に殺された精霊は二度と輪廻の輪に還ることは出来ないそうだ』



つまり、その魂はそこで死す。



自然は巡るが、自分は巡れない。

その先の世界に永遠の苦しみが待っているのか、全くの無なのかは知らないが。

とにかく終わりだ。



アリエル様とティティ様は十中八九イレオラに飛ばれただろう。

マーガレットがこの状態な事を少なくともアリエル様はご存知だが、私がいるから城を離れた。

そのくらいには信頼されているし、精霊の看取りの経験もある。

彼女は稀有な精霊でとても忙しい立場だから、きっとここには来ない。



私が今からすることはだれにも分からない。




ナイフを取りだし囁くように言った私の言葉を理解しているのかどうかは謎だが、ソレは激しく揺らぎバチバチと赤黒く醜い火の粉を飛ばした。



『じゃあな。役立たず。お前はもう二度とハオランに会うことは無い』



1層揺らめいたソレに刃を突き立て思い切り引き裂く。

最後の足掻きかなんなのか、腕は猛烈に熱いし、服は溶け皮膚を焦がしたが構わない。肉を切る感覚とは違うが何か手応えがあったのが不思議で笑ってしまった。



サラサラと真っ黒の灰になり空気に溶けていくソレ。




さよなら。哀れな精霊。

彼女は本当に私をハオランの兄だと思っていたのだろうか?今となってはどちらでもいい事だけど。


腐り落ちる(こうなる)まで、この精霊の半生に何があったのかなんて興味はない。ハオランなんかを愛してしまった事が悪いんだ。


あの男にお前への愛など欠片もなかった。ただただ復讐の駒にされただけだ。しかも、それすら成し遂げられなかったなど哀れで同情する。



フェリル様にさえ手を出していなければ、いつか輪廻の果てにハオランと巡り会うこともあったかもしれないのにな。





さっさと踵を返し、思わず溢れ出る笑みをどうにかしようとしていた所で、フェリル様を隠した裏の壁からひょっこりと水色の髪が揺れて飛び出した。


金の宝石のような瞳と視線が確かにかち合ったが、なぜかものすごい勢いでそらされ、あっという間に壁の影に戻っていく。



「……なんですか、その顔は。人を見てはいけないものみたいに……」




フェリル様。



フェリル様。


愛しいフェリル様。



私に感情をくれたフェリル様。

私に生への執着を、人生をくれた恩人。



あなたのその変わらない素直なところ、ちょっとばかし……いや、随分弱い頭、旦那様に似てお人好しな所、全てが私を安心させてくれます。




フェリル様、私はあなたの為ならなんだって致します。







だからどうか、ずっと、そばに置いていてください。








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