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デビル・ミーツ・ブルーハート ~ 悪魔の第二ボタン ~  作者: Otaku_Lowlife
第六話 兎白サナエの事情
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「トカゲだってよ。」




好きでもない相手から告白される人の気苦労を、アナタは考えたことがありますか。









 あれは、高二の夏。

ちょうど、今ぐらいの時期のことです。


 私、クラスの男子から告白されてしまったんです。

実は告白されたのはその時が初めてで、全然好きな相手じゃなかったので嬉しくはなかったんですけど、正直びっくりしました。


 それで告白してきた相手とは、もともと小学校五年生くらいからの付き合いで、同じ班になったことはあっても親しく会話をした覚えはほとんどなくて、友達というよりはただのクラスメイトという、私の中では至極平凡な距離感でしかありませんでした。

その彼と私は六年生まで同じクラスで、中学では一年の間が空いて、二年になってから再び同じクラスになったんです。




 小学生の頃の彼は大人しく、恥ずかしがりやで控えめな人という印象でした。

そしてたった一年見ない間に、彼は随分と印象が変わっていて、中二の春に改めて教室で顔を合わせした時、私は最初、彼が誰なのか解らなかったほどです。

その変わりようといえば、ちょっと乱暴で独りよがりな性格に加え、いわゆる不良の類にあたるグループにいつの間にやら属していて、なんだか近寄りがたいものでした。




 私は彼からの告白ののち、二~三日の間、自分の気持ちを彼にどう伝えるべきか随分と迷いました。

告白の時のどこか強引な物言いや、欲にまみれた彼の強気な表情が生理的に受け付けなかったこともあり、本当はすぐにでも断りたかったんです。

けど、下手に断った時に彼が何か良からぬことを考えそうな予感がして、それが私の正常な判断を重く鈍らせました。




 最終的に、告白は断り、付き合うことも執拗に言い寄られることもありませんでした。

その後、彼の方から何かをしてくることもなく、また、彼には悪いことをしたななどと罪悪感を覚えつつも、平穏無事にやり過ごせた事に内心では安堵しました。

そこまではまだ、よかったんです。




 私が不登校になった原因が、その一週間後――夏休みを目前に控えた、蒸し暑い水曜日に起こりました。




***




「おはよー。」


「……。」


「?」


 彼との一件から一週間がたった水曜日の朝。

私がいつものように寝ぼけ(まなこ)で登校し、教室で隣の席の友達に挨拶をしながら自分の席に腰を下ろすと、なぜだか友達はつまらないものでも見るような目で私をジロッと見て、すぐに視線を逸らしました。


「どうしたの……?」


 彼女がおもむろに視線を逸らした意味が解らず、どこか具合でも悪いのかと勘違いをした愚かな私は、その後も変わらず彼女に話しかけます。


「んー、別に。」


 変わらず素っ気ない物言いと彼女の冷徹な視線に、私は自分の知らぬ間に彼女の癇にさわるような失礼な何かをしてしまったのではないかと、急に不安になりました。

直後、周囲のクラスメイト達の冷めきった視線が私たちの方に集中していることに気づき、また教室内の空気が異様な重苦しさを帯びていたことで、一気に頭が冴えました。

教室内に蔓延する謎の疎外感の正体は依然解らずとも、その静けさと敵意が私だけに向けられたものであることが容易に理解できたんです。


「……。」




私は、蛇に睨まれたトカゲのように、恐怖で全身が竦んで動けませんでした。




***




 兎白が悩みを切り出そうとした直後、一気に具合の悪くなった俺は無理に話を逸らして登ってきた丘を下り、街灯の一つもない駐車場脇のトイレに頭とお腹を抱えて逃げ込んだ。

その後一度気持ちをリセットするべく、再び愛車(相棒)の元へ戻った俺たちは、気分転換も兼ねて別の夜景スポットに移動することにした。


 今は、車一台分程度の幅の「横道」とすら言い難い茂みを進んだ先にある、これまた素朴で贅沢な夜景の見える静かな広場に来ている。

こんな状況にもかかわらず文句の一つもなく付き合ってくれている愛想の良い愛車(相棒)のエンジンを切り、再び車外に出た俺たちは、広場の脇に設置された用途不明の土台に並んで腰を下ろして、見渡す限りの眼下の夜景(光の海)を眺めている。

そして――。


「――と、いうわけなんです。」


「え……。」


 兎白は真剣な表情で、話の最後に「蛇に睨まれたトカゲのように」と、悪びれた様子もなく締めくくった。

対して俺は、素直に突っ込むべきか、今は黙って頷くべきか、本心と良心の狭間でひたすらに迷走していた。


「そ、そうか……。」


 そして、俺はそれしか言えなかった。

まぁ、蛇に睨まれたのがトカゲであれ、カエルであれ、どちらも爬虫類であることには違いがない。

それに、いま兎白が抱えている悩みと、俺が置かれている危機的状況に比べたら、蛇の睨み違いなど、ずっと些細なことだろう。


「結局、その日の夕方に担任の先生に呼び出されて、事態の深刻さと私の置かれている現状を詳しく聴かされました。」


兎白は、その日の出来事(トラウマ)を打ち明けていく。

悲しむでもなく、怒るでもなく、ただ淡々と、夜景を眺めながら。

けれど声の調子は、独り言でも呟くように小さく、自分自身に言い聞かせるかのように、孤独で寂し気だった。


「何が起きていたのかって部分については……その……私が、彼と寝たとか……普段からそーゆーことをしているとか……。彼が言いたい放題、周囲に話していたみたいなんです。」


 そしてこの話になってから、俺の方を見て、まして目を合わせて笑うなんてことは、一切なくなった。

今ここにいるのは、俺のよく知るいつもの兎白でもなければ、無邪気に感情をさらけ出す夜の兎白でもない。

恐らくは、誰にも見せることのない素面しらふの顔で、今の兎白は夜景を眺めながら話している。


「それで、先生は私の話を信じてくれましたけど、助けてはくれませんでした。なので結局、先生の提案に納得して、自らの意志で、私は暫く学校をお休みすることにしたんです。」


「それで、一年か。」


「はい、いつの間にか、ですね。夏休みが挟まったことも手伝って、行くに行けなくなっちゃいました。」


 兎白の淡い視線が、眼下の夜景から宙へとゆっくり逸れる。

僅かに口角の上がった横顔、視線の先には星空と月。

どこか肩の荷が下りたような、或いはなにか大切なことを諦めたような、そんな寂しい笑みを微かに浮かべて、兎白は穏やかに小さくため息をついた。

草木と鈴虫の音が、ほのかに冷えた山間の夏の夜風に乗って、俺と兎白の間をゆったりとすり抜ける。


「だけど、別にいいんです。」


そして兎白は、俺の目を見た。


「先生も、立場とか色々と事情がありますし。彼やクラスメイト達は、ただ幼かっただけなんだって、私は解ってますから。私ひとりがどうこうしたところで、なるようにしかなりませんし。」


そして、再び眼下の夜景に視線を落とした。


「だから、良いんですよ。」


 ハッキリくっきりと、明るい輪郭の灯った声の調子は、俺がよく知る、いつもの兎白の朗らかなトーンに戻っていた。

そして「いつもの通り」だからこそ、兎白の脆さと、弱さと、儚さと、この夜の真実が、見えすぎてしまったのだろう。


「私はこれで、全然大丈夫なんです。」




ーー兎白は、逃れようのない現実から、今も逃げ続けている。




「こうして、ハヤトさんと夜景を眺められるなら、それで……。」


 そして俺は、助けを求めていたヒッチハイクをしていた兎白を、助手席に乗せてしまった。

俺だけの秘密の時間と、兎白の知るこの夜の美しさを、二人の間だけで共有してしまった。

誰にも話すことが出来ない「秘密」を共有してしまった。


「うん、まぁ、そうかもな。」


「ふふ。」




ーーけれど今夜は、確かに悪くはない。




「良い夜ですよね。」


「なら、よかった。」




ーー何故だが不思議と、いつになく良い夜だと思えていた。




「本当に、良い夜です。」







「あぁ、それとさっき聞きそびれたけど、蛇に睨まれて動けなくなるのは、確かカエルじゃなかったか。トカゲじゃなく。」


「いえ、トカゲですよ。きっと。」


「ほんとか……?」


「本当ですってば。言っときますけど、これでも私、物書きなんですよ?」


「あぁ、そう……。」




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