「学校だってよ。」
「セラさん、とても綺麗な方ですよね。」
「まぁな、けど見た目だけだ。中身はマジで最悪。」
「けど‘‘見た目は‘‘ってことは、ハヤトさん的にも満更でもないってことなのでは?」
「そう思うのは勝手だが、頼むから小説のネタにはするなよ。」
「えー? こんなにおいしいネタ、なかなか無いのにな~。」
夜景を眺めながら煙草をふかす俺の方を見て、隣に腰かけている兎白が、俺の顔をのぞき込み茶化すように笑う。
表情こそ見えないが、相変わらず声の調子はとても楽しそうだ。
それが横目に分かった。
飽馬川の土手で話す時のようでありながら、けれどいつになく距離が近く感じるのは、ここが俺にとって特別な場所であり、そしてなによりも、今が「夜」だからだ。
ここに誰かを連れてくることはほとんどない。
なにしろ、車好きの同志のほとんどは走ることや車に夢中で、そもそも夜景を眺めるという行為や夜空を駆ける一瞬の星々を探すことには興味を示さない。
そのため、走り屋仲間や大学の友人と呼べる数名でさえ、この場所のことは知りえない。
ここはそんな、俺だけの聖域だ。
けれど唯一、過去にたったの一人だけ、この場所の神聖さを理解できるやつがいた。
そして、兎白は俺だけの時間に潜り込んできた、二人目の人物だ。
この場所に再び帰ってこようとした俺に興味を示し、ついてきて、隣で理解し、笑っている。
この場所の希少性に興味を示し、この夜の空気に、純粋に敬意を現わしている。
「あのさ。」
――兎白は、処女だった。
「ん?」
――だからこそ、俺のそばになんて、いてはいけない。
「おまえ、学校、いいのか。」
きょとんと首を傾げた兎白の無邪気さに僅かに後ろめたさを感じつつも、俺はできるだけ簡潔に言葉を紡いだ。
こんな些細な一言に、ふり絞られた俺の勇気の値は、その意味や価値というのは、果たしてどれほどだっただろう。
突き放さなければならない、突き通さなければならない俺のわがままの、その意味や価値というのは、本当に正しく存在し得るのだろうか。
「……。」
兎白は俺の実直な言葉の意味を正しく受け止め、重苦しく項垂れた。
項垂れ、僅かに揺れる前髪はささくれたように感じられ、俺はたまらず視線をそらしてしまった。
謝るべきだろうか――そうも思った。
けれど、俺は別になにか悪いことをしたわけでもない。
不登校という、兎白にとってシビアな話題は暗に拒絶の比喩であり、それをどう受け止めたかは兎白次第でしかないのだから。
「ハヤトさんになら――。」
だからこれは――。
「打ち明けられます。」
間違いなく――。
「聞いてもらえますよね。」
――兎白の器を図り誤った、俺が悪い。
「う……急に腹が……。」
「え、大丈夫ですかハヤトさん!」
「すまん、ちょっとトイレに行って良いか。」
「え……あ……はい……。」




