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デビル・ミーツ・ブルーハート ~ 悪魔の第二ボタン ~  作者: Otaku_Lowlife
第六話 兎白サナエの事情
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「MRスパイダーだってよ。」



 時刻は間もなく夜の八時を回ろうとしている。

兎白との待ち合わせの時間を考えると、そろそろ家を出たほうが良い頃だろう。

ぼーっとベランダでタバコを吸いながら、俺はふとスマホの時計を見てそう思った。


 ラッイ〜ンで「そろそろ行く」と淡白なメッセージを兎白に送ると、間髪入れず既読が付きそしてまたたく間に返信がきた。

まるでスタンバっていた(待ち構えていた)かのような兎白からの返信。

そこには我が目を疑うレベルの誤字が散りばめられ、続けて訂正と謝罪のフルコンボが送り込まれてくる。

極めつけには、その謝罪文にすらも誤字が紛れ込むというハッチャケっぷりに、なんというか、俺は呆れるを通り越して兎白の将来みたいなものが本気で心配になっていた。


「どんだけテンパってんだ、アイツ……。」


 さておき、俺は兎白に返信する(さもないとこのまま謝罪と誤字の無限ループに突入しかねない)。

まず、俺は時間通りに待ち合わせ場所に着くことを伝え、それから「両親にはちゃんと、俺と出かける事を伝えてから出てくるように」と強く念を押した。

これは兎白の両親への最終確認である――というのは建前で、本当のところは俺(みずか)らの保身と、兎白に対して害意や(やま)しい気持ちがない事の表明であった。

秒で既読が付き、束の間、変な動物の土下座スタンプ。

それを確認し、俺はタバコの火をベランダの灰皿で押しつぶした。


「さて、行くか。」


 俺は一応、兎白の両親とも面識がある。

よくウチのコンビニへ親子揃って仲良く買い物に来る為、父親とも母親とも何度か顔合わせをしていた。


 兎白の両親は、良く言えば温厚。

悪く言えば平和ボケしている(少なくとも俺はそう感じている)。

父母共に、常にホクホクと幸せそうな笑顔で、物腰はまるで空を漂う雲のように柔らかくのほほんとしている。

まぁ「この親にしてこの子有り」という表現のお手本みたいな一家だ。


 兎白が両親に対して俺をどんな風に紹介しているのかは解らないし、兎白は内容を大袈裟に表現することがあるから、俺はそれが恐ろしい。

兎白の両親は、俺に対して警戒心とか敵意みたいなものがカケラも感じられない。


 挙げ句の果てに、母親に至っては初対面でいきなり「うちの子をよろしくお願いします」と、俺がバイト中であるにも関わらず、レジ前で丁寧に頭を下げていった。

兎白は慌てて母親を制止、俺は愛想笑いでなんとかその場をやり過ごしたが、その日、一緒に組んでた前島からは相当からかわれ、従業員の間で俺は「ロリコンでプレイボーイのニート」と暫くイジられる事となった。

あの日のこと、今でも俺は恨んでいる、前島を。


「ちょっと出掛けてくるわ。」


 だらだらと床に寝っ転がってポテチをたべながらテレビを見ているセラ(ろくでなし)

胸の内で引っ叩いてやりたい衝動を抑えつつ、俺は一応この悪魔(同居人)にも声を掛けた。


「んー。兎白ちゃんによろしくねー。」



 

――だから心を読むなっての……。




 俺には目もくれず、さも興味無さげにセラは応えたが、しかしその割にはいつの間にやらしっかりと心を覗いていたりする――それが悪魔というものだ。

だがその事に少しでも構うと、もっと調子に乗るのも事実。

最適解は、構わないこと、見て見ぬ振りをすること、無視すること、忘れること。

たったのそれだけだ。


「ふふ、解ってるじゃないか。」




――ほらな。




セラは卑しい笑みを浮かべ、俺の目を覗き込むように見ながらポテチを食べた。




――俺のポテチを、勝手に食うな。




「いってらっしゃーい。」




俺は想いを胸に仕舞い、勝ち誇った笑顔で手を振るセラを無視して家を出た。




***




 アパート裏、マックス八台の砂利の駐車場。

白か黒か銀の冴えない車輌達に混じって、俺の(相棒)もそこにいる。


 赤のMRスパイダー、小型のスポーツカーだ。

車好きの界隈じゃ「プアマンズポルシェ」なんて蔑称で呼ばれたりもするが、俺はコイツが好きだ。

後部座席はない、運転席と助手席だけ(ツーシーター)のオープンカー。

もともと友達も少なく、人を乗せる機会があまり無い俺にとっては、このサイズ感が絶妙に丁度いい。


 もちろん他にも候補に上がる車はあった。

例えば「ロードステア」なんかは、安価でありながら同様にツーシーターのオープンカーだ。


 ただロードステアに関しては、年式が古すぎて「オープン部分のパーツの劣化が原因で雨漏りする」というのが、屋外保管の俺にとっては致命的だった。

なによりもまず操作性がかなりピーキーらしく、峠の走り屋の間では、低価格で手に入るロードステアは「乗り慣れていない学生が事故る車」の定番に挙げられている。

とまぁ、少々話が長くなったが、俺の細やかな車趣味について少しは理解してもらえたことだろう。


 キーを開け、狭い車内へ。

赤いレカロ(フルバケットシート)に座ると、視界は研ぎ澄まされ、瞬く間に別の次元へと切り替わる。

大きく一呼吸、キーを挿し、エンジンを掛ける。

景気良く(うな)りながら目を覚ますエンジン。

Yポッドのブルートゥースをカーステレオと繋ぐ。

Yポッドを通じて、(相棒)が俺の好きな(うた)をご機嫌に歌い始める。


「さて、行くか。」


(相棒)の歌声を聴きながら、俺は待ち合わせの場所へと向かった。

 



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