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デビル・ミーツ・ブルーハート ~ 悪魔の第二ボタン ~  作者: Otaku_Lowlife
第五話 神速の弾丸ミッドナイト
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「ありがとうだってよ。」



 翔の墓参りから帰ると、母さんは余程疲れたのか、すぐに自室に引き籠って寝てしまった。

だから夕飯は冷蔵庫にある物を使って、自分でチャーハンを作った。

母さんに夕飯を用意したことを伝えに行ったが、真っ暗な部屋からは特に返事は無かった。




――そして今は、夜中の0時を回った頃。




「ふっふぅ~! ザッツマイボ~イっ。ザッツマイボ~イっ。俺のむすこ~。俺のむすこ~。」


「おい、その変な歌やめろ。夜中だぞ。」


 俺はアルを連れて、バイト先のコンビニまで買い物に出ていた。

ひと気のない住宅街、研ぎ澄まされた静寂を無粋に破る靴音。

アルの陽気な鼻歌と口笛。

頭上には満月が浮かんでいる。

空気が澄んでいるのか、月を囲んだ光の輪とそこから伸びる光線がやけに綺麗だった。


「なぁ、お前さあ……。」


「ん?」


 事も無げに歌い続けるアルを横目に、俺はずっと「あること」を考えていた。

それは今日の出来事だ。

突然の土砂降り――あれはあまりに不自然だったから。


 あの土砂降りはあの後もずっと降り続いたわけじゃない。

かといって通り雨だったのかというと、そういう訳でもなかった。

俺達が霊園を離れる頃になると、それまで頭上にあった分厚い雨雲はあっという間に霧散したのだ。


「なんかしただろ。」

 

 あれは、悪魔の仕業だ――そんな確信はあったが、正直本人に聞いて良い事なのかは解らない。

どこまで踏み込んでいいのかが解らない――恐怖はないが、アルの考えが計り知れない……だからあえて質問の内容を曖昧に濁した。

今日、何故アルが突然あんなことをしたのか。

ひょっとすると、ただの気まぐれという事もあるのかもしれないが……。

一体どんな目的があってあんなことをしたのか――それを知るのは、まだ少し怖かった。

そして――


「おう、どうだった。」


――やはりあれは、悪魔の仕業だったらしい。

アルはなんてことはない表情でそう言った。

それは笑顔でもない、作り笑いでもない、ただ口角は少し上がっていて、少なくとも不機嫌ではない。

ただ何か企みがあるようにも見えないし、つまり純粋に、悪魔の気まぐれという事で良いのだろうか。


「まぁ、悪くはなかったと思う。」


「そっか。」


 悪くなかった――それは本心だ。

翔が亡くなってから、俺は母さんの泣いているところを見たことが無かった。

勿論、俺が知らない所で泣いている可能性だって十分にあったけど。

けれどあの日以来、母さんはずっと遠くに行ってしまったような感じがあって。

心を閉ざして、感情をどこかに封印して、ただ淡々と機械のように生きているような、そんな感じがあった。


 それをあの土砂降りが、母さんの中から全てを解き放ってくれたように思えた。

母さんの中に燻っていた悪い何かを、洗いざらい、全て流しきってくれたように思えたのだ。

あれは、泣き方を忘れた母さんにとって、救いの雨だった――そう思った。


「多分、救われたんだと思う。」


母さんも、そして俺自身も――


「なら良かったわ。ま、そんなのはもう解ってたけどな。」


「??? どういう意味だ?」


 アルはヘラヘラと笑った。

解ってた――母さんが救われたって事を、だろうか。


「だってお前の色も少し綺麗になってるし。」


「……。」


 俺の、色……。

俺の、魂の色……。

そういえば昨日、濁ってる緑がどうだとか、散々言われたんだっけな。

あのあと、コイツのこと軽蔑するくらいウンザリしてたけど……。


「……。」


あぁ……つまり、そういう事か―― 


「アル。」


「ん?」


コイツは俺の為に――


「色々、ありがとな。」


 いっつも他人事みたいにヘラヘラしてるから、全然気づかなかったけど。

きっとあの土砂降りは、俺の為にアルが降らせたんだろう。


「多分、助かった。」


 例えどんな理由であったとしても、アルのしたことは俺にとって絶対的な救いだった。

それこそ何を捧げても返せないほど、デカい借りが出来てしまった。

それくらい、俺はもう十分に救われてしまったし、心の底から感謝していた。

神ではなく、この悪魔に対して。


「だから、ありがとう。」


「おう。」


 こうしてアルに礼を言うのは少し照れ臭くもあり、どこか不貞腐れた物言いになってしまった。

だからせめてもの礼に、コンビニで何か好きなお菓子でも二~三個くらい買ってやるか――そう思った時だった。


「かぜだぁぁあああ!!」


「あで!!――あ!? なんだ!?」


俺は何もかの奇声と共に突然後ろから突き飛ばされ――


「え、なにしてんだアキラ。」


――どうにか転びはしなかったものの、気が付くと、ケツポケットに入れてたサイフが無くなっていた。

そして軽やかに研ぎ澄まされた足音の遠ざかる方に目をやると、俺の財布を奪ったと思われるその黒づくめの人物が――


「まてこのドロボー!!」


「え、なにその安いセリフ。」


「間違いねぇ!! アイツ、最近巷で噂になってる神速の弾丸ミッドナイトだ!! まてこのドロボー!!」


「しかも二回言った。」


「いいからお前も追え!! お菓子好きなだけ買ってやるから!!」


「まじか!! まてこのドロボー!!」


「お前も言うのかよ!!」


 神速の弾丸ミッドナイト――この辺りでの出没情報が無かったから完全に油断していたが、まさか男の俺が被害に遭うとは……。

そして神速の弾丸ミッドナイトというだけあって、流石に足がめちゃ速い。

それはまさに、神が真夜中に撃つ冒涜の弾丸。

見る見るうちに俺とアルから距離を離していった。

俺はそんなひったくりに敬意を込めて、こう呼ぶことにした「デウス・エクス・ブラスフェミアガンズ・ミッドナイト・スプリンター」と――


「――て、そんな場合じゃねぇ!! くそ、アル!! なんとかしろ!!」


「え、あぁ。ほい。」


「――え?」


 それは、あっと言う間すらもなく「デウス・エクス・ブラスフェミアガンズ・ミッドナイト・スプリンター」が姿を消した瞬間だった。

そして「デウス・エクス・ブラスフェミアガンズ・ミッドナイト・スプリンター」のいなくなった後には、俺の財布だけがポツンと地面に落ちていた。


「あれ、どこ行った。デウス・エクス・ブラスフェミアガンズ・ミッドナイト・スプリンター。」


「デウス・エクス・ブラスフェミアガンズ・ミッドナイト・スプリンターは転送した。」


「転送!?!? どこに!?!?」


「ブータン。」


「ブータン!?!?」


 そのとき俺は、安易に悪魔の手を借りちゃいけないなって思った。

ごめんよ、デウス・エクス・ブラスフェミアガンズ・ミッドナイト・スプリンター。

伊藤と田中に会ったらよろしく。

あ、いや、佐藤と佐々木だったか?

まぁどっちでもいいけど。



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