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デビル・ミーツ・ブルーハート ~ 悪魔の第二ボタン ~  作者: Otaku_Lowlife
第一話 灰崎 昭
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「アルトンキジュヴェジュシユトゥトヤッシュだってよ」

2025/09/06_改稿済み。




 まんまとクソガキの挑発に乗ったことで、俺の目は鮮血に染まった不気味な光を宿していたことだろう。

 進級早々に学校をすっぽかしただけでなく、朝っぱらから公園のバスケコートで生意気なクソガキと遊んでるとか、母さんに知られたらどうなるかと気が重かったけど。しかし、ひとりの漢として唯一無二の母を”でべそ”呼ばわりされて引き下がるわけにはいかない。俺のプライドに掛けて勝利をこの手に納め、前言撤回を要求する次第だ。


「先に10点先取したほうの勝ちなー」


  ニ~三度、くたびれたサッカーボールが気だるげに跳ねる。


「なんでもいいからさっさと掛かってこい、さっきも言ったがお前と違って俺は暇じゃねえんだ」


「負けても泣くんじゃねーぞ、こわっぱ」


「そりゃこっちのセリフだっつーの。利き手で鼻ほじりながらでも勝てるわ」


「キシシ」


 俺が右手で鼻をほじると小僧は犬歯をむき出しにして悪魔めいた笑いを飛ばした。慣れた手つきでサッカーボールをバウンドさせてはいるが、立ち居振る舞いは見るからにド素人のそれだ、バスケ経験者のこの俺が万が一にも負ける要素はない。

 しかしバスケをするというのにボールがサッカーボールというのがどうも頭の片隅で引っかかって気持ちが悪い。まあ、ボールの違いなど誤差の範囲だとは思うが、しかしこれなら大人しくサッカーをする方が見栄え的にも健全だったのではないだろうか。付け加えるならば昨日遅くまでテレビゲームに噛り付いていたせいで少し頭がボーっとしている。酒を飲んだことは無いが、二日酔いの朝のようでなんとも気だるい。だがその程度の不安材料など些細なものだ。


「そういやお前、名前は」


「は、名前? 灰崎だよ。灰崎アキラ」


「アキラね、そんじゃいくぞー。アキラ」


「さっそく呼び捨てかよ……まあもう別にいいけど」


 名も知らぬ小僧に呼び捨てにされ、怒りを通り越して呆れたため息が一つ。いずれにせよ、この勝負の片が付いたら、学校に行く前にコイツを警察につまみだしてやろうと思う。


「は! いきなりシュートォッ!!」


「ちょ!? は!?」


「やっほう! 先制スリーポイント!」


「なン……だと……!?」







――数十秒後




「なんだアキラ、余裕かましてた割にクッソ弱いじゃねえか。やっぱお前の母ちゃんでーべそ! ついでにお前もでべそー! やーい、キングオブでべそー!」


「う……母さんごめん……俺は世界一ダメなでべそでした……」


「ギャハハハハハッ!」



 突然の雷雨。バケツをひっくり返したような土砂降りと重苦しい雷鳴が矢の如く降り注ぐ中、俺は水たまりに顔をうずめて辛酸の泥水をなめていた。

 言い訳のしようもない完全敗北。開始早々のスリーポイントで完全にペースを掌握された俺は、その後もあっという間にボールを奪われ、息をつく間もなく次のスリーポイントシュートを許すことになる。それを瞬く間に三度も繰り返してのオーバーキル。語ることなど何もないくらいに惨めな敗北だった。


「ぶっちゃけありえないだろ……」


 奇妙な事に、それはまるで俺の行動のすべてを見透かされているかの如く、この小僧は俺の手中からサッカーボールを易々とかすめ取っては、見たことも無いふざけたフォームでゴールめがけてボールを完璧に放り込んでいった。

 実力で言えばワールドクラス、それもトップに名を連ねる名プレイヤーたちの身のこなしと同等か、或いはそれ以上の俊敏性と判断力と正確性と余裕を、その小さな体に秘めているといっても過言ではなかった気がする。だいたい試合開始から一分も経たないうちに俺の手から三度もボールを奪い去り、スリーポイントを四回難なく成功させるなど、人知を超えた所業としか思えない。


 まず俺は高校生でコイツは小学生(見たとこせいぜいが中一ってとこだろう)。俺は中学の頃から今までずっとバスケ部で真面目に活動してきたし、なんなら中学時代はチームのスタメンでしかもオフェンスだった。仮に慣れないへっぽこサッカーボールを使ったこんな二日酔いの朝だとしても、僅か一分未満のコールド負けなど万が一にも起こるはずがない。ショックとか絶望を通り越して、なんかもう死ぬしかない気さえしてくる。


「キシシ……アキラ、お前は”何も見えてなさすぎ”なんだよ。なんなら原始人の方がよっぽどバスケ上手かったぞ」


「原始人がバスケしてるわけねーだろ……」


「ギヒョヒョヒョヒョッ! ぅニョッぅニョッぅニョニョニョッ!」


 膝をつきうな垂れた放心状態の俺を嘲笑う悪魔じみたキモイ奇声がリズミカルに雷鳴と重なる。一方、泥で濁った水たまりに反射した俺の顔は、降りしきる雨によって醜く歪められていた。

 血と汗と涙と、そして俺の青春のすべてを地道に捧げたバスケットボール。なんの為にやってるのかとかよく分かんなかったけど、とにかく真面目に頑張ってたバスケットボール。なんなら別にそんなに好きじゃなかったけど、バスケットボール。友達に誘われたからとりあえず始めただけのバスケットボール。俺がスタメンになると同時に友達が飽きてやめた後もなあなあに続けていたバスケットボール。あの日々とは、俺にとって一体何だったのだろう。


「ふう、面白かったー。そんじゃ約束通り、アキラ、今日からお前は俺様の下僕……いや、やっぱ友達ボールしよう」


 血と汗と涙の滲んだ水たまりにクソガキの歪んだ輪郭が映り込む。その影は表情こそ見えないが、詐欺師めいた怪しい笑みを浮かべて俺を見下しており、哀れみか同情の左手を差し伸べてきた。


「これからよろしく、アキラ」


「うるせえ、嫌だよ。何様のつもりだお前、ガキのくせに」


「何様って、友達だろ。昨日の敵は今日の友。ボールは友達ってな」


 その理屈でいくと俺はボールになるじゃねえか……。


「け、くだらねえ」


 俺は差し伸べられた悪魔の左手から顔を背け、自力で立ち直った。

 この時、俺は自分よりもずっと小さい子供に惨敗したことに対する惨めさと羞恥心のようなものに心を搔き乱されていた。しかしそれ以上に俺は、この殺伐とした雷雨の中で清々しい笑みを浮かべている目の前の子供に対して、鬱屈とした後ろ暗さを抱えていた気がする。なぜかは解らないが、それは嫉妬にも似た罪悪感であり、説明のしようもない嫌悪感の表れだった。


「なぁ、お前、いったい何者なんだ? 小学生だよな? まさかその歳でプロ選手ってことは……。」

 

「プロ? あー、バスケ? ちげーよ、別にスポーツ興味ねーし」


 小僧は甲斐甲斐しくサッカーボールを撫でながら答えた。


「そうなのか……じゃあ、学校はどうした」


「学校ってあの地獄みたいな牢屋だろ。興味ねーよ、授業とか絶対つまんねーじゃん。給食は美味そうだけど」


「いや、興味とかそういう問題じゃ……。それじゃあお前の親はなにしてるんだ? そもそもお前どこに住んでるんだよ」


「いちいち細けえなあアキラは、友達ボールのくせに。」


「俺は友達ボールじゃねえ!」


 経歴不詳の小僧は俺の質問をはぐらかし、またもケタケタと悪魔じみた笑いを飛ばしはじめる。その様子といい素性の判らない怪しさといい、もはや不良というより”異端”の域にすら達して思える。


「俺様は、無垢なる絶望のタマゴ。人呼んで”アルトンキジュヴェジュシユトゥトヤッシュ”。」


「は、なに? 復活の呪文か?」


「あーはいはい、そういうウケ狙いの反応もう飽き飽きしてるから」


「いや、別にウケとかじゃなくってさ」


「とりあえず”アル”でいいぞ」


「え、あ、あぁうん。おっけー、”アル”ね……? え、お前なに人……?」


「知らね」


「えー……」


「ニシシ。そんじゃ改めてよろしくな、灰崎アキラ」


 再び笑顔で差し伸べられる泥まみれの左手。自己紹介も意味不明で付け加えるならだいぶ痛々しい感じだったこともあり、こうなるともう意地でも関わり合いになりたくない。適度な社交辞令を述べてさっさとこの場から離れるのが賢明だろう。まして相手が穢れを知らない純粋な子供ならば騙すのも容易いというもの。中学時代、体育会系特有の厳しい上下関係で養われた秘伝のスルースキル、バスケ部の先輩方から”アトモスフィア・アキラ(通称アトモス)”と呼ばれたこの俺の巧みな会話術、とくと味わわせてやろうではないか。


「ははは、よろしくー。んじゃ決着もついたってことで、俺はそろそろ学校行かなきゃだから、話はまた後で……」


 俺は作り笑いでその場を上手く誤魔化して、辺りを漂う透明な空気と完璧に同化し、穢れを知らない純粋な子供の横を音もなくすり抜けようとした。


「おい待てアキラ。空気の振りして立ち去ろうとすんな。相手が穢れを知らない純粋な子供だと思って調子に乗るなよ」


 が、無理でした。この子めちゃくちゃ穢れてます。


「放せ! この……!」


 憎らしく掴まれた左手をすぐに振り払おうとしたが、まるでセメントを流し込まれて固定されてしまったかのように、アルに掴まれた箇所はビクともしない。


「おまえ……」


 俺の動揺に呼応して一際大きな雷鳴が鳴り響く。それは百獣をも平伏ほうふくさせる人並ならぬ咆哮を想起させた。

 突如、ピタリと止んだ土砂降り。アルは先ほどと変わらぬ卑しい笑みを張り付けており、やたらと黒目の大きい不吉な瞳で俺と視線を交わせているだけだ。そしてアルの黒目は、青いような赤いような、冷たいような熱いような……見れば見るほどこの世のモノとは思えない濁った色彩を宿して見えた。


「別にやりたいことがあるわけじゃないんだろ? なにをそんなに急ぐ必要がある」


「うるせえな、始業式からバックレなんて母さんにバレたらとんでもない大目玉なんだよ」


「母さん? なんだお前、高校生にもなって母親の尻に敷かれてんのか。ろくな大人になれねえぞ」


「余計なお世話だ! ガキのくせに酔っぱらった親戚のおじさんみたいなこと言うんじゃねえ!」


「かぁー。こりゃ反抗期ってやつかねー。嘆かわしい」


「ちょ、いいから放せってば!」


 アルに掴まれた左腕を右手で引っ張ってみる、体重を乗せて思いっきり。しかしやはりというか、アルに掴まれた箇所だけが微動だにしない。下手に動こうものならこっちの腕が壊れてしまいかねないと怖くなるほどに。


「ちくしょう、一体どうなってやがんだこりゃ!」


「無駄無駄。人間如きがいくら力任せに足掻いたところで、俺様たちの事象には干渉出来やしねーの。さっさと諦めな」


 不自然なほど唐突に陽の光が差し込むバスケコートで、アルは俺の左手を掴んだまま”してやったり”と言わんばかりにケタケタと気の高ぶった笑いを上げている。どうせちんけな手品だとは思うが、タネが解らない以上このままでは埒が明かないのも事実。


「くっ(こうなったら……)。」


 こうなったら、アルの方から手を離したくなるような方法でヤツを引き離し、その隙に全速力で逃げるしかあるまい。


「あー! あんなところに100万円が落ちてるぞー!」


「はいだめー、そういう見え透いた子供だましも悪魔には100パーセント通用しませーん」 


 俺は明後日の方向を大袈裟に指さして見せたが、なんだか無性に顔が熱くなるだけだった。 


「ち、金くらいじゃ今どきのガキはなびかないのか……」


「まあそーゆー問題でもないけど、顔赤いぞ」


「うるさい。もっと魅力のあるものを想像しなければ……」


「よし、そんなに学校に行きたいってんならアキラ、俺様と”取引”しようや」


「”取引”だと?」


「ああ、そうだ。そもそも”俺様たち”が欲っするものってのは金でも女でもない。地位とか名誉なんてもんにも一切興味が無い。当然、アキラなんかには想像もできないほど神秘的なものを、いまの俺様は求めている」


「俺には想像もできないほど、神秘的なものを……まさか、サンタクロースからのプレゼント……?」


「あーもうそういうのいいから。俺様がこの街に来たのは”あるもの”を見つけるため。そしてアキラ、お前がソイツを俺様に献上することが出来たなら、この手を放してやってもいい」


「なんなんだよ、お前が求めてる”想像もできないほど神秘的なもの”って」


「俺様が欲しいもの、それはな……」


「それは……?」


「それは、お前の……」 


「あ、アーあそこー!! あんなところでマツコデラ〇クスが反復横跳びしてルーッ!!」


 瞬間、大人びたミステリアスな笑みを浮かべていたアルの表情に、真逆の人格が浮かび上がるのが判った。


「えー! うそー! どこどこーッ!」


 もちろん、俺が大袈裟に指差した方角には何もない。しかし、見開かれたアルの瞳はキラキラと光り輝き、興奮気味に辺りをキョロキョロと見渡して、まずこんなことろに居るはずのない丸あるいシルエットを明らかに探していると見える。


「今あの木の陰に慌てて隠れたぞー!」


 俺が病的なまでにガリッガリの木を指さして叫ぶと同時、左手首に巻き付いていた不気味な違和感もフッと消え去った。見ればもうアルはガリガリの木の方へ一直線に駆けだしている。


「マツコー! サインーッ!! サインくれーッ! 俺と契約してくれーッ!」


「ギャハハハ! なにが神秘的なものだ、ばーか! 嘘に決まってんだろー! 死ねー!」


 バカな子供を出し抜き罵りながら駆けだした俺は、いつの間にか虹の掛かった雨上がりの空に向かって中指を突き立てて高笑いをキメていた。景気よく弾ける水たまりの音、土砂降りのせいでびしょびしょの制服と靴、真っすぐ照り付ける春の日差し。

 色々とアルのことで気に掛かる疑問もあったけど、細かいことはどうでもいい、そう清々しく振り切れる春休み明けの朝に、俺は神の祝福を分けてもらったような気がした。


「ちっきしょー! ボールの分際でよくも純粋な悪魔を騙しやがったなー! 待ちやがれー!」


「て、おい! ついてくんなーッ!」




 神様なんて、いるわけないのに。




*オマケ*




「なぁ、悪魔ってのは結局なんなんだ?」


「何って、ほら、だからさっき言ったろう。概念、コンセプト、テーマ、それからシンボルだって」


「その概念だとかっていうのがよく解らないんだが」


「解らないとはおかしいな、それはキミたちの先祖が創った言葉なのに。まあ簡単に説明すると、悲観的な心象を象徴するもの全てのことだよ。関連する単語として解り易いのは、病気、障害、死、ネガティブ、絶望、地獄、とかかな。どれもどこか後ろ暗い気持ちにならないかな」


「はあ……まあ……」


「つまり、いつからかキミらが"陰の概念"のことを象徴的に"悪魔"って呼ぶようになったから、私達も"悪魔"って言葉を借りてるに過ぎないってこと。」


「じゃあ極端な話、お前ら悪魔は、その"概念"とやらになるのか? 見た目もまんま人間だろ、俺たちとどう違うのかさっぱり解らん」


「それは安易と言うか、表面部分だけの解釈だね。そもそも私達は生物じゃないから"存在している"わけじゃない。そして私たちの存在を、浅はかな人間の知恵で証明することは不可能に近い。だから、信じたい誰かによって表面的な幾つかの記号に当てはめられて、言葉に置き換えられて顕現されたに過ぎない」


「その幾つかの記号のひとつが、悪魔? 要するに、悪魔を信じてる何者かによって儀式とかで召喚されて”この世界に現れました”みたいなことでいいのか?」


「んー、望まれたって意味では召喚と同じ扱いと思ってくれればそれで良いかもね。不確かだけど、確かにあると人々に信じられたことで生まれ育った闇の象徴、それが"悪魔"なんだ。"神"とか"天使"とか"鬼"なんてのも、根本は同じプロセスで生みだされた概念、所詮は空想の産物にしか過ぎない」


「”望まれた空想の産物”だと? この際ハッキリ言うが、俺はお前なんかこれっぽっちも望んでないし、さっさと消えて欲しいくらいなんだが」


「それは言葉の上だけだよ、キミの深層心理はまったく違ってるのさ。もしもキミが"悪魔"なんていないと魂から信じていたのなら、私たちはキミの世界には絶対に介在できない。それくらい不確かで幻想的なものなの、私たちも神も。それからキミたちの信じている世界も。光と闇の境界さえもね」


「俺が、お前を”信じてる”……。どういうことなんだよ……」


「まあようするにね、すべてはキミ次第なんだよ。私たち悪魔や神様の”かたち”も、世界のかたちや色も、キミの将来も」


「あー、なんかよく解らん話のせいで甘いものが食べたくなってきたな。コンビニ行くか」


「お、行く行く~。サンマ缶買ってくれ~い」


「一個だけな」


「ドケチーッ!」


「悪魔にドケチとか言われたくねーよ」




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