「ドライブだってよ。」
やべ、更新すんの忘れてた。
まぁいっか、夜中だし。
平成二十八年、五月二十二日、日曜日――午前十一時。
今俺は粗悪な青い軽自動車のお粗末で硬いシートに座って、隣町にある千石霊園を目指している。
といっても運転しているのは勿論母さんであって、俺はと言えばサイドウィンドウを開けて頬杖をつきながら、流れていく見慣れた景色をただ眺めていただけであったが。
「……。」
家を出てからかれこれ二十分にはなるだろうか。
ただでさえ狭苦しいこの空間では、質の悪いスピーカーから母さんお気に入りの洋楽が結構な音量でひたすら流れている。
俺は良く知らないけど、アップストリートボーイズって海外じゃ結構有名なアイドルグループらしい。
といっても、なんともゆったりした音程はいつも眠りを誘うので、正直俺はあんまり好きじゃない。
「……。」
とまぁ、今ので分かった事と言えば、せいぜいが粗悪な軽自動車に母さんと乗っているという事くらいなものだけど。
ただ実際、それ以上に語れることが何も無かった。
「……。」
今朝、母さんに叩き起こされ家を出てからというもの、俺達は一言も口を訊いていなかったからだ。
だがこれはいつもの事だった。
例えば俺が寝坊して母さんが不機嫌になったとか、アルが家のトイレで用を足す時に便座を下ろさないのがそもそも俺のせいという理由で喧嘩したとか、そんな下らない理由じゃない。
翔の墓参りの日、俺達はいつもこうなのだ。
「……。」
――まるでエレベーターで鉢合わせた他人みたいだ。
別に今更、何とも思わないけど。
端からみたら、俺達親子はどんなだろうな。
「もう着くよ。」
「……おう。」
そしてようやく母さんと話したと思ったら、霊園はもう間近だった。
車通りの少ない十字路を左に曲がると、いよいよだだっ広い田んぼ道に出た。
気持ちの良い空気と共に車内に風が吹き抜けて、俺はより一層なんだか鬱屈とした気分になった。
翔の墓参りの日――いつもなら雨が降るのに、今日は全力で晴れている。
それこそ、俺や母さんへの当てつけみたいに。
「……たく。」
こんな日に晴れられたって、気分が滅入るだけだよ――雲一つない大空に浮かぶ太陽、それをジッと見つめていると目の中がやられてきた。
すぐに視線を落とすと、今度は雄大な田んぼ道はドロドロに濁って台無しになる。
けどいっそ、このまま何も見えなくなってしまえばいいのに――そう思った。
きっと俺と母さんは、生涯この苦しみに縛られて生きていくんだろう。
翔を失ったこと。
翔を救えなかったこと。
翔のいなくなった世界で、これからもずっと生きて行かなきゃいけないこと。
そして俺は――
俺だけが、母さんの死んだ後も――
――俺が母さんに背負わせてしまったその罪の意識を、一生涯、背負わなくちゃならないんだろうな。
「死にて。」
俺は母さんに聞こえないように、田んぼ道に向かってボソッと呟いた。
左のサイドミラーに僅かに映る母さんの表情は、何を考えているのか解らない。
ただ鬱屈とした感情が一つ、車外へと無意味に転がって行っただけだった。
「……。」
青いポンコツのおんぼろエンジンがさっきからずっと唸っている。
ノイズ交じりの下手くそアップストリートボーイズが歌う。
田舎特有の悪路が続く――シートは硬いし、車内は狭いし、母さんは喋らないし。
だから俺は――来たくなかったんだ。




