「クソゲーだってよ。」
最近更新してないけど、てんさまの終章が落ち着いたら書くね。
その日の晩飯は「焼きそば」だった。
一般的には何の変哲もない食べ物ながら我が家では普段なかなかお目に掛かれないそれに、アルは奇声を上げてモリモリ頬張った。
因みに我が家の夕飯に焼きそばが出てくる日っていうのは、母さんが精神的に相当しんどい日なんだ。
まぁ、もう五月の後半だし、無理もないけど――
「ぁ”あ”!? くっそズリぃぞ今のどうやって避けろってんだよボケっ!! くそー! これ作ったヤツ悪魔に魂売ってるだろムカつくなぁ!!」
夕飯の後、俺がそんな事を考えながらベッドに寝っ転がってる脇では、アルがクソゲーと名高いデビルズソウルに夢中になっている。
もう一週間くらいずっとやってんだけど、どうやら未だに一面のボスにすら辿り着けないようでテレビに向かってキレ散らかしてる。
そのうち勢いとノリで制作者を殺しに行きそうな気がするからちょっと心配だ。
「アキラ、あした翔のお墓参り行くけど、アンタ来る?」
ふいに扉が「コンコン」と軽くノックされ、有無も言わさず開け入られると、母さんは淡々とそう言った。
「行くよ。」
「おっけ、お昼に出るよ。アンタ寝てたら置いてくからね。」
「はいよ。」
俺の生返事に釘を刺すと、母さんは扉の向こうに消えて行った。
多分明日も雨だろうな――母さんの疲れた様子を見て、そう思った。
そして本当なら、俺は、行きたくない――けれど、母さんを一人で行かせるのも、それはそれで心配なんだ。
「はぁ……。仕方ねぇよな……。」
明日、五月二十二日は、弟の――翔の命日だ。
あれから五年――もう、五年も経つのに。
何一つ、あの日から、俺達はずっと変われずにいる。
翔から、思い出から、そのしがらみから、抜け出せずにいた。
「おいアキラ。明日なんかあんの? 祭り?」
「ん? あー。別に。墓参りだよ。墓参り。」
「へー。墓ねー。つまんなそー。」
鼻ほじりながら喋んな。
て、コイツまた死んだのか――ふいにアルが俺と母さんとの会話に興味を示したもんで、ふとテレビを見るといつの間にか再びゲームオーバー画面になっていた。
「お前の弟、どったの? 濁った緑っつーか、なんか浮かねー魂の色してんぞ、お前。」
また物言いが独特だなコイツは……。
「あぁ、まぁな。昔、交通事故で……。――ってか、お前悪魔なんだろ? 言わなくても心を読んだり記憶を見たりとか出来んじゃねぇのかよ?」
「ぅえ? 出来っけど、めんどい。」
「あっそ……。」
いやもういい加減に慣れて来たけど、そんな軽いノリで来るのかよ……。
「そんで? 弟がどったのよ?」
そして正直、たとえ相手が神でも悪魔でも、あまりこの話しはしたくはなかった。
なんて……。それこそ悪魔の前で、何をいまさら、か――
***
翔が亡くなったのは五年前――平成二十三年、五月の二十二日。
俺が、まだ小六の頃だ。
翔は一個下で、五年生。
あの日は雨が降ってて、そうだ――確かあの日も、日曜日だったんだ。
――別に、何って話じゃない。
信号無視の車に、翔が轢かれただけ。
俺が、翔を見捨てて、母さんだけを助けた――それだけだ。
母さんは何も悪くない。
選んだのは、俺だ。
***
でもやっぱり、あんま突っ込んだ話はしたくなかった。
だから俺がアルに伝えたのは、ギリギリ最低限、ほんの一部分だけだった。
「ふーん。つまり、三人とも轢かれそうになったけど、間一髪でアキラがまさ子を助けたと。」
「おう。」
「んで、翔ってヤツが死んだのか。」
「……。」
「なるほどねー。そりゃ生きててしんどいわ。」
……。
「お前は――気楽でいいよな。」
「ん? まーな。」
「……。」
呆れたというか、なんというか――何を言っても、どこまで行っても、コイツは悪魔なんだ。
あっけらかんと、俺の気など、母さんの気持ちなど、知りもしないで、ヘラヘラと笑っていた。
他人事だった。話さなきゃよかった。けど別に、悪魔だし、そんなもんだろ。
何かを期待したわけでもない、どうして欲しかったわけでもない。
ただなんか、漠然と嫌な気持ちになった。
「なぁ、死んだら、どこに行くんだ。」
なんとなく、口を突いた一言。別に意味はない。
「どこって――色々だぞ。皆好きなとこに行く。」
「――色々?」
「あぁ、色々。永遠にただ虚無に浮かぶだけの不毛な奴もいるし、その辺を『あー』とか『うー』とか言いながらウロウロ彷徨ってる変な奴もいる。悪戯好きなのとか、人間といるのが好きなのとか、色々。ただお前ら人間とは行動原理が違う。魂には自我とかないから、生前、魂に刻まれた強い思念で動いてるって感じか。だから寄って来たり憑いて来るのは魂同士の磁石みたいなもんで、そこに意思はない。ただ魂の望むままに――」
おっと……まずい、聞かなきゃよかったか? 唐突にヤバ気なスイッチ入ったと思ったら既に超えてはいけない「ゾーン」に突入している気がするんだが……。
アルは淡々と真顔で喋り続けるが、それがなんだか病的にヤバかった……。
「そういやお前らって『成仏することが幸せ』とか思ってるけど、いくら何でもあれは押しつけがましいよな。お前ら的に言うなら、そもそも魂ってのはもうそれだけで自由でハッピーなんだし、在りたいようにただ在るだけなんだよ。あ、てかお前らの言う『成仏』って一体なんなの? 不毛? だとしたら脳死でふわふわ浮かんでるだけのアイツが一番近そうだけど。」
「お、おーけーだいたい分かった。もう喋るな。成仏のことももう忘れろ。不毛かどうかも考えるな、それがもう悪魔的に不毛だ。あと天井指さすのやめろ。ほら、さっさと一面クリアしろよ。」
「え? うん。」
成仏が不毛とか――なんだかなぁ……。
しかし恐らくだけど、この物言いからしてコイツは幽霊とかも普通に見えてるんだろうな。
魂……。つまりは、幽霊か?――なら、翔は……。
アイツの魂は、どうなったのだろう――
「……。」
コイツなら――アルなら、知っているかもしれない。
性懲りもなく、ヘラヘラと再びクソゲーをやり始めた悪魔を前に――けれど、それ以上を知る勇気が、幸か不幸か、俺には、無かった。
「それにしてもアキラ君、あの子は可愛いかったねぇっ。」
「……食うなよ。」
「食えないよ。あの子にはもう別の悪魔が付いてるし。」
「え、そうなのか?」
「チビッ子がいたろ。あの子だよ。ま、どのみち私の好みからは少々外れてたけど。」
「ふーん。」
「――お? 浮気されないと解ってホッとしたのかい?」
「言ってろ。もうその手には乗らん。」
「釣れないねぇキミは。――ま、だから好きなんだけど?」
「……。」
「ふふ。」




