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閑話 ミーちゃん

閑話 ミーちゃん



「う゛う゛〜〜っぅ! ミーちゃんのバカっ!! なんで通知切ったのぉぉぉ!!!」


「当たり前でしょう!? そんなベロベロに酔ってる状態であれ以上暴走してたら、いよいよキャラ崩壊じゃ済まなくなります!!」


 床の上にゴロゴロと転がりながら拗ねたように私のことを上目遣いで見るアカネさんは、まるで猫のようだ。だるだるのシャツは脱げかけてるし、下半身のズボンは既に部屋の隅。水色のパンツも、真っ白で綺麗な太ももも。その全てが見えてしまっていて、目のやり場に困る。


「むぅ。ミーちゃんのいじわる……」


「意地悪じゃありません。あとそのミーちゃんって呼び方、やめてもらえますか? なんかペットみたいじゃないですか……」


 私には、ちゃんと小鳥遊南たかなしみなみという名前がある。それなのにこの人は、初めて会った時からずっとミーちゃんミーちゃんって……。家の中でならまだ良いけど、会議の時とかに呼ばれると周囲からの視線が中々に辛い。


「ミーちゃんはミーちゃんらもん! 私はミーちゃんのことをただのマネージャーじゃなくて────」


「ただのマネージャーですよ、私は!」


「……ミーちゃんは私にミーちゃんって呼ばれるの、そんなに嫌なのぉ?」


「う゛っ」


 ま、まずい。この上目遣いと寂しそうにする表情……可愛すぎる。この人無駄に美人すぎるせいで、そういう顔をされるとキッパリと否定しづらい。


 で、ででででもやっぱり私とアカネさんはマネージャーとVtuberなわけで! そこらへんの線引きはちゃんとしておかないと────


「あっ、ミーちゃん顔真っ赤だぁ。えへへ〜、もしかして照れちゃったのかにゃ〜?」


「なっ!? て、照れてませんよ!!」


「もう、分かりやすいんだぁ。ね、ミーちゃんこっち来て?」


「……何する気、ですか」


「い〜い〜か〜ら〜ぁ〜っ。早くぅ〜」


 ちょいちょいっ、と手招きしながら、アカネさんは私を誘う。急かされ断ることもできずそっと近づくと、急にアカネさんは両腕を広げ、私の腰に巻きついた。


「アカネさん!?」


「ミーちゃぁん。しゅきぃ……」


 私のお腹に顔をすりすりしながら、太ももの上に上がってきて。身体を小さく揺らしながら、撫でろと言わんばかりにチラりと私を見る。


「……もう。ちょっとだけ、ですからね」


「んにゃぁ〜」


 さすっ、さすっ。サラサラで艶やかな金色の髪の上に手を置き、そっとその小さな頭を撫でる。するとアカネさんは気持ちよさそうに、それでいて嬉しそうに。私に全てを委ねて、動かなくなった。


(やっと、寝てくれたのかな? もう。アカネさんは酔っ払うといっつもこうなんだから……)


 やれやれ、とため息を吐きながら、アカネさんの頭の上に置いていた右手を離す。そして、その寝顔を拝めてやろうかと少し体勢を傾けた、その時だった。


「ミーちゃん、隙ありっ!」


「ひぃぁっ!?」


 キランッ、と輝いたその眼光が私を捉え、ビックリして少し後ろにのけぞったところに全体重をかけられて。私は押し倒されるように、仰向けで床に寝かされた。


「ふふふ、えへへへへへっ。ミーちゃぁん♪」


「あ、アカネさん、ちょっ!?」


 咄嗟にアカネさんから離れようとしたが、時すでに遅し。私の身体をガッチリと掴みながら這い上がってきたアカネさんの顔が眼前まで近づいてきて、太ももには太ももを。胸元には胸元を寄せられて、私は完全に身動きを封じられてしまった。


「捕まえたっ♡」


 お互いに、息のかかる距離。改めてその整った顔を見せつけられ、綺麗な瞳に見つめられて。私は身体どころか、心までフリーズさせられてしまう。


「ミーちゃん、顔真っ赤だよぉ? あ、耳まで赤くなってる」


「ひ、ひゃぅ……ひふんっ!?」


 ゆっくり、ゆっくりと顔が近づいてきて、唇を奪われるかと思って反射的に目を閉じてしまった瞬間。その顔は私の前を通り過ぎ、耳元で止まった。ふぅっ、と小さく息を吐きかけられ、変な声が漏れてしまう。


「相変わらず、耳弱いねぇ。息吹きかけられただけで、身体中ピクピクッて震えてるよ」


「や、やめて、くださいっ……」


「えー? せっかく可愛いミーちゃんが目の前にいるのにぃ?」


 そう言うと、アカネさんは右手を伸ばし、そっと私の髪に触れる。


 アカネさんの綺麗な金色とは程遠い、生まれつきの青毛。嫌、というわけではないけど、かと言って長所でもない、そんな髪の毛を。


「ねぇ、知ってる? アニメや漫画だと青髪のヒロインって、負けフラグらしいよぉ?」


「んっ、ぅ……し、知りませんよ、そんなこと……」


 髪の毛を触られながら、ただでさえ弱い耳元で話しかけられて。変な声が出そうになるのを必死に我慢しながら、私はそう答える。すると、小さく微笑んだアカネさんは私の目を見て、言った。


「でも、安心してね。ミーちゃんは、負けヒロインなんかにさせないから……」


「!? そ、それどういう────」


「……すぅ、すぅっ……」


「……え?」


 不覚にも、ドキッとしてしまった。心臓が今でもバクバクと激しく脈打っているのを感じる。


 でも、私をそうした犯人はその言葉を最後に……眠ってしまった。


(なん、なの……この人は!!)


「ミー、ちゃぁん……」




 清々しいほどに気持ちの良さそうな寝顔を見せつけられ、その自分勝手さに腹が立った。腹が立った、はずなのに……何故か私は、私の身体を抱きしめながら眠るその人のことを、払い除けることができなかった。

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