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210話 私にとって1

210話 私にとって1



「え? あ〜……ね?」


 さぁっ、とアカネさんの顔から血の気が引いていく。


 どうやら瞬時に俺と同じことを察したらしい。


「なっちゃん……もしかして男嫌いはガチ?」


「なっちゃん!? なんだそのジュースみたいな略し方! 私は夕凪だぞ!! そして男が嫌いなのはキャラ付けじゃないっ!!」


 ミーさんも、実は男の人が苦手なのだと聞いたことがある。


 その理由には何やら就活時代の嫌な記憶が関係しているらしいが、まあそれは一旦置いておいて。ともかくミーさんも夕凪さんと同じように男の人が嫌いだという点では一致しているものの、どうやら嫌い度では圧倒的にこの人の方が上なようだ。


 苦手と嫌い。類似したこの二つの心持ちでまさかここまで露骨に態度が違うとは。ここまで人から嫌がられたのは初めてかもしれない。正直結構辛い。


 そしてそんな俺の気持ちをも察したのか。アカネさんはみるみるうちに挙動不審になり、焦りを見せ始める。「やってしまった」とでも言わんばかりの顔だ。


「あの、すみません。油淋鶏と卵炒飯……あと回鍋肉いただけますか? あとから注文は足していきますが、とりあえず今はそれだけで。あと取り皿は五つお願いします」


「んでミーちゃんとやらは何我関せずで注文してんだぁ!?」


「え? あ、すみません。お腹空いてたもので……。少し長くなりそうだし私だけ先にいただいておこうかなぁ、と」


「み、ミーさん肝座りすぎですよ……」


 冷や汗をかきながら、サキが言う。


 それにしてもどうしたものか。


 アカネさん、アヤカ、ミーさん、夕凪さん。グループを形成するVtuberはこの四人で、本来俺がここにいるのは明らかに不自然だ。


 それでもここに連れてきてもらえて嬉しい気持ちはあったものの、一人でもそれを拒絶したのなら、ここに居続けようとするのは我儘なのではないだろうか。


 しかも今日のご飯会はこれまで何度も関わりを持ってきた三人と、実質的に新メンバーである夕凪さんとを結びつける懇親会のようなもの。もしここで関係が悪くなってしまえば、最悪夕凪さんのメンバー加入の話そのものが無くなってしまうかもしれない。


(それだけは、ダメだ……)


 アカネさんやミーさんが夕凪さんとは馬が合わず話が破綻するのは仕方がない。この先グループを存続させていくにあたって、この二人のどちらかが欠ける、もしくは無理をするのは確実に今後何かしらの悪影響を呼ぶからだ。


 しかし、俺と夕凪さんの関係によって話が破綻するのはあまりに訳が違う。そんなことで直接的なメンバーでもない俺が迷惑をかけることなど、絶対にあってはならない。


(さっきまではファンだって伝えたいとか、平和ボケしたことばっかり考えてたのにな……)


 俺がこれ以上ここにいても、迷惑をかけてしまうだけだ。


 ここを離れよう。せめて、話をするにしても日を改めてーーーー


「……サキ?」


 少し寂しい気持ちを残しながらも席を立とうとすると、その瞬間。隣に座っていたサキが、俺の左手を強く握る。


「大丈夫だよ。そんなことしなくても、大丈夫」



 その目には、強い決心のようなものが宿っていた。

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