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197話 和人の選ぶ道3

197話 和人の選ぶ道3



「簡単な話です」


 ゴクッ、と息を呑む。


 そんな俺を横目にパンケーキを切り分けて一口。そして、言葉を続ける。


「めっっっっちゃくちゃ忙しいんですよ! マネージャって!!!」


「……え?」


「アカネさんは編集はほとんどしないわ外部との交渉もしないわ……とにかく全部私に丸投げなんです! 私生活だってそう……あの人が買い物に行ってるところ、私ほとんど見たことありません! 基本的に服も食べ物も何もかも私にカード一枚渡して任せるだけで、あの人は絶対に一人じゃ動かない。こんなの実質介護ですよ介護!!!」


「み、ミーさん? えっと、なんの話を……」


「私の業務量エグいですよ!? 衣食住が保証されてるのはいいですが完全にブラックです!! 大体あの人はいつもいつも……っ!!」


 あれ、なんかだんだんアカネさんの愚痴になって来てないか?


 いやまあ、それもある意味マネージャーとしての苦労話ではあるから俺の聞きたい内容に合ってるかもしれないけども。もっとこう、業務内容的な体験談を……


 そう思っても口には出せず。結局さっきまでの上品さが無くなったミーさんの口の中にパンケーキが吸い込まれていくのを眺めていることしかできなかった。


 普段から相当不満がたまってたんだろうな。アカネさんと常に一緒にいるから吐き出す機会も中々無いだろうし。


 ただ、どれだけ文句を連ねてもそこからアカネさんへの嫌悪感のようなものは感じ取れない。結局不満はあれどこれだけずっと一緒にいて同棲までしているということはなんやかんやで上手くいっているんだろうな。


「なんかこう……あれですね。彼氏の愚痴を言ってる彼女さんみたいです」


「誰が彼女ですかっ!! あの人はただのパートナー!! 仕事仲間ですッッ!!!」


 どこまで本気かは分からないが……うん。必死に否定すればするほどガチ感あるな。


 ミーさんがどう思っているかは知らないが、少なくとも両刀なアカネさんは特別な感情を抱いていてもおかしくないし。というか逆にあの人がミーさん以外と付き合ったりする方が違和感ある。相手が男なら尚更だ。


(って……二人の百合話を聞きに来たんじゃなかったな)


 無意識に百合成分を欲してしまうのはVヲタの悪い癖だ。俺も昔、まだアヤカがサキだと知らなかった時はよく他の女性ライバーとの絡みを見て「てぇてぇ」と頬を緩ませていたっけ。


「おほんっ。すみません、話が脱線してしまいました。まあとにかく私から言いたいのは、マネージャーという職業は目指すべきじゃないということです。私のように最終的に行き着いたのならともかく、まだ就職活動もしていない和人さんには他の選択肢も無限にあると思いますし」


「選択肢……そう、ですね。まあそれは、そうなんですけど……」


 やりたい事がないという悩みは、案外いつの間にか霧散しているものだと聞いた事がある。


 何故ならやりたい事を職業にできる人なんてほんの一握りで、大半は″やりたくない事を仕方なくやってそこに無理やり価値を見出そうとするから″だとか。


 でも今、俺には明確にやりたい事があって。その道は険しいかもしれないけれど、それでも。


「って言っても、まあやりたい事って簡単に諦められないですよね。私もそうでしたから」


「えっ……?」


「別に私は、和人さんの考えを真っ向から否定したいわけじゃない。むしろ少し嬉しかったんです。本当に後輩さんができたみたいで」


 ふふっ、と微笑んだミーさんの表情は和やかで。そして同時に、どこか心強い。


 本当に自分のことを想って言ってくれている。そんな心の裏側がよく伝わってきた。


「私が一肌脱ぎましょう」


 ああ、この人に相談してよかった、と。



 

 そう、心から思った。

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