19.~妖精からの贈り物(後)~
「レン、一緒に見ようよ!」
「すっごく綺麗だよっ」
しばらくは妖精二人と話していたが、ジークとエアが俺を誘いにきた。右手をジーク、左手をエアに引っ張られる。
ティノとフィオが肩に乗ってきたので、そのまま歩き出した。
「光る花なんて、はじめて見たよ。この花ってなんて名前なの?」
「あ、ボクも知りたいなっ」
「そういえば名前を聞いてなかったな」
ジークの疑問を聞いて、エアと俺も一緒に妖精たちへ視線を向ける。名前を聞いて、みんなと一緒に植物図鑑で調べてみるのもいいかもしれない。
今日の思い出を喋りながら図鑑をめくるのはきっと楽しいだろう。
「この花の名前は黄月水花って言うんだよ」
「へぇ」
「あれっ? なんか聞いたことあるような……?」
「そうなの?」
「うん。でも思い出せないなぁ」
首を傾げて考え込むエアに、ジークも同じように首を傾げる。二人の動きがそろっていて可愛い。
「じゃあ、みんなで家にある植物図鑑を調べてみないか? エアも思い出すかも知れないし」
「うんっ。そうするっ」
「──何を話しているのですか?」
エアが元気よく頷いたところで、シエルとベルがやってきた。頬を赤く染めたシエルは楽しそうにこちらを見上げてくる。
……シエルがここまで喜んでいるのは珍しいな。
いつも控えめで穏やかなシエルは、他の子に比べて喜怒哀楽がゆるやかだ。でも、シエルは綺麗なモノが大好きなので、この花のことも気に入ったのだろう。
「今ティノにこの花の名前を聞いたから、家に帰ったらみんなで植物図鑑を調べてみようって話していたんだ」
「それはいいですね。私も調べるの頑張ります」
笑みを深めたシエルが頷いた。
よし、早速明日にでも植物図鑑を調べるか、と思っていると……「ぐるぐるする~」「ワタシも……」と言いながらウィルとカルマが合流した。
うん。あれだけ回ってたら、そりゃ目を回すだろう。ふらふら飛んできた二人を地面に座らせる。ぐらんぐらんしている二人は、座っていられないのか地面にねっころがった。
「おや……この角度から見るとまた違いますねぇ……」
「ホントだぁ~~」
「そうなのか?」
ぐるぐるしているからか、小さな声で話すカルマたち。それを聞いた俺たちも、試しに同じようにねっころがってみる。すると、花と星で視界が埋まり、自分がどこまでも世界に溶け込んだような錯覚をした。
「………………」
「にゃー」
言葉もなくぼんやり空を眺めていると、ベルにペシペシ額を叩かれた。痛くはない。むしろ肉球が気持ちいい。もっとやってほしいと思っていたら、前足を引っ込め、今度は額をザリザリ舐められた。
「……ベル、どうした?」
「にゃあ」
ぼんやりした感覚を振り払って起き上がると、膝の上にベルが乗ってきた。子猫の時と違ってずっしりくるが、それだけ成長したのだと思うと愛おしさが募る。
背中をゆっくり撫でていると、スルリと尻尾が絡んできた。うん。可愛い。
……あれ? 結局なんでペシペシされたんだ?
首を傾げたが、満足そうに撫でられるベルを見て、まぁいいかと思った。
ゆっくりと時間が過ぎる。
飽きることなく夜空と花畑を見ていると、視界の端にちらりと何かが映った。
「ん?」
「どうしたの? レン」
「何かが……」
よく見ようと目を凝らす。すると、花が光っていて気がつきにくいが変化していた。
「これは……綿毛?」
近くに寄って観察してみると、タンポポのような花だったのが、白いふわふわの綿毛になっていた。
「あれっ、白く変わってる?」
「ホントだ~」
「いつの間に変化したのでしょうね?」
「あぁ……この花はある程度の時間、月の魔力を溜めると種を残すために変化するんだよ」
俺やみんなの疑問にティノが答えてくれた。説明によると……この花は月の光を浴びて咲き、月と水の魔力を溜めていく。そして満杯になると種子を残す、という性質を持っているそうだ。
随分忙しいなと思ったが、悠長に咲いていると人間に根こそぎ取られてしまうから、長い年月をかけて進化したらしい。……以前にも思ったが、人間がすみません再び。
どうやらこの花は、魔力関係の薬を作るのに最高の素材のようで、花も茎も根も種も、すべて使える素晴らしい花なのだと。特に種は魔力の容量を増やす薬が作れるそうで、一粒の種に大金を払う人間が何人もいるとか。
そういう人間はすべてを自分のために使う事が多い。
もちろん、保護して人間の手で増やそうと活動している人もいるらしいが、ティノとフィオでも育てるのが難しいのだ。人間だけで育てようとしてもまず無理だと言われた。
……そんなに貴重な花だったのか。綺麗な花だな、だけでは終わらないんだな。
なんとも言えない気持ちになる話だ。だけど、こんなに綺麗な花を咲かせて見せてくれたティノとフィオには感謝の気持ちを伝えたい。改めて「この綺麗な花を見られて嬉しかったよ。ありがとう」とお礼を言った。
妖精二人も嬉しそうに微笑んでくれた。
「さてと、そろそろ帰らないと寝るのが遅くなっちゃうね。フィオ」
「はーい。ティノ兄さん、ちょっと待っててね」
光の花畑は、もうすべて綿毛に変わってしまっていた。
ティノと事前に打ち合わせしていたのか、名前を呼ばれただけでフィオは何をすればいいのか分かっているようだ。
俺も子供たちも興味津々で妖精たちを見る。
フィオはこちらに向かってパチンとウインクすると、大きく息を吸い込んだ。
「風の精霊さーんっ! お願ーい!」
風の精霊に何事かお願いと叫んだ瞬間、強い風が吹いた。
「うわっ」
風が吹き抜けた時、反射的に目をつむってしまった。そーっと目を開くと、光の花畑は、様子が一変していた。
「おおお?」
「飛んだ」
「飛んでますね」
「飛んでるなぁ……」
なんだか懐かしい光景。
前世では子供のころによくやった、タンポポの綿毛を吹き飛ばすヤツの大規模版が起こっていた。
風の精霊によって飛ばされた綿毛がふわふわと辺りを飛んでいる。小さく光る種を見ると、綺麗だけれど少し不安になった。
「なぁティノ、これ大丈夫なのか? 光っていると目立つんじゃないか?」
「まぁそうだね。でも大丈夫だよ。今は光っているけど、少ししたら落ち着くから」
「消えるのか?」
「うん。この辺は森だし、多分抜けるまでには消えると思うよ」
「そうか」
……なら安心かな。
ホッと安堵していると、ティノとフィオが頬にすり寄ってきた。どうしたどうした、と思いながらも二人の好きなようにさせる。
「ねぇレン。また一緒に見ようね?」
「まだ種を持ってるし。また頑張って育てるからさ」
「たまにでいいぞ。たまにで。ティノもフィオも無理しなくていいから」
「……そう?」
「あぁ」
「そっか」
一つ頷いてから、周囲にいる子供たちを見た。
今日、とても貴重な体験をした子供たちは、目をキラキラさせながら綿毛の飛んでいく先を見ている。そして、思い思いに感想を語り合っていた。
微笑ましい気持ちになりながら、俺はみんなに号令をかける。
「さぁ、みんな。家に帰って寝るぞーー!」
「「「「「「はーい」」」」」」
「「帰ろう~!」」
子供たちが元気よく返事をした。ウィルに魔法で光の玉を出してもらい、家へ向かって歩きだす。
……このあと、ちゃんと眠れるよな?




