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16.~みんなで水遊び~


「暑い……」

「あつーい」

「暑いね~」

「……暑いなら、俺から離れた方がいいんじゃないか?」

「「「いや」」」


 ただいま自由時間の最中だ。

 せっかくお天気もいいので、外に出て本を読むことにした。だけど、思ったより気温が高かったので木陰に避難したのだが、ベル、エア、ウィルは俺にくっつきながら暑いと言ってへたばっている。

 特にベルは暑いのが苦手なのか、人化して顔を手で扇いでいるが猫耳はへにょっとしていた。可愛くてついつい撫でてしまう。耳がピンとした。うん可愛い。

 それを見たエアとウィルが「撫でて」とすり寄ってくるのも可愛い。左右の手で頭を撫でる。二人もベルほどではないけれど、暑さのせいでぐったりしているようだ。


 ……今日も暑いなー。やっぱり家の中の方がよかったか? でも家の中に籠るのもなー。


 毎年夏は暑いが、今年はいつもより暑い気がする。たぶん夏軍の精霊たちが元気いっぱいに活動しているのだろう。もしかしたら春軍に大勝したお祝いに勝利の歌を唄っているのかもしれない。

 しかし、地上に住んでいる者たちが暑い思いをする分、今年の作物は活力を得て豊作になるだろう。

 秋にはたくさんの実りが約束されている。


 生きとし生けるものは夏に感謝を捧げる……が、暑いものは暑い。


 どこか涼しいところへ行きたい。それか涼しいことをしたい。だが暑い煮たった頭で考えても、いい案は思いつかない。

 ぐるぐる考えていたとき、ザァッと強めに風が吹いた。


 ……あ、そうだ。あそこに行ってみようか。


 風が頭の中の熱を吹き飛ばしてくれたようだ。いい考えが浮かんだ。

 子供たちも大きくなったし、あの場所へ連れて行ってもいいかもしれない。


 ……よし、善は急げだな!


「レン? どうしたの~?」


 撫でる手が突然止まったので、不思議そうにウィルが見上げてくる。俺はもうひと撫でしてからウィルに笑いかけた。


「ウィル、みんなを呼んできてくれないか? 涼しいところへお出かけしようと思うんだ」

「みんなでお出かけするの? わかった~!」


 パッと顔を輝かせたウィルは、うきうきと他の子たちを呼びに行ってくれた。

 ウィルを見送ってからエアとベルに笑顔を向ける。


「さて、エアとベルにも手伝ってほしいことがあるんだ。俺を手伝ってくれないか?」

「うん。いいよっ」

「……なにするの?」


 ……ちょっとお出かけの準備を……ね。


 俺は二人の手をとって歩き出した。



***



「わぁ、すっごーい。こんなところがあったんだっ!」

「涼しいですねぇ。こんな大きな泉があるなんて知りませんでした」


 エアとカルマが顔を輝かせた。

 他の子供たちも涼しさに顔をほころばせている。俺も子供たちの嬉しそうな顔を見れて大満足だ。


「家からもそんなに遠くないし良いところだろ?」

「レン、こんなに綺麗な場所へ連れてきてくれてありがとうございます」


 シエルが微笑みながらお礼を言うので、返事の代わりに頭を撫でておいた。

 すると、シエルの隣にいたジークが、好奇心に紫色の瞳を輝かせながら俺を見上げてくる。


「もっと早く来たかったな」

「はは。気に入ってくれたのは嬉しいけど、去年はみんな赤ん坊だったからな。大きくなってから連れてこようと思ってたんだよ。水に落ちて溺れたら大変だしな」

「そっかぁ。……うん。今日来れてよかった」


 素直に頷いたジークの頭も撫でておいた。


「ふふ、とても澄んだ水だね」

「キラキラしてて力に(あふ)れてるね。気持ちいい~」


 ティノとフィオが嬉しそうに泉の上を飛び回る。

 俺たちの目の前には、豊かな水をたたえた美しい泉があった。

 この泉は家から少し歩いた森の中にあり、いつか子供たちと一緒に来たいと思っていた場所だ。

 泉の周辺には色とりどりの花が咲いており、さらに周囲を青々とした葉っぱを繁らせる木が立ち並んで日差しをゆるやかに受け止めてくれている。

 泉の上を渡る風が汗ばんだ体に気持ちいい。


 ……あぁ、涼しい。生き返るー。ここへ来て正解だな。


 泉の中に手をいれると、少し冷たい水が波紋を広げた。透明度が高く、深さもそこまでないので、泉の底がよく見える。

 俺は持ってきた荷物を置いて子供たちを振り返った。


「よーし、今日はここで過ごすぞー」


 俺の言葉に、それぞれが元気よく返事をした。




 木にもたれながら本を読む。

 さっきは暑さのせいであまり頭に入らなかったが、今度は大丈夫だ。子供たちのはしゃぐ声を聞きながらのんびりと本を読めるなんて最高の贅沢だと思う。

 涼しいところへ来た途端、猫の姿になったベルは俺の膝の上ですやすやと気持ち良さそうにお昼寝し始めた。


 ふと泉の方を見ると、珍しいことに今日はシエルも人化を解いて竜の姿になったようだ。

 虹色の鱗が日の光を反射して、七色に煌めいている。


「シエル、鱗がキラキラして綺麗だねっ」

「本当に。とても美しいです」

「ねぇねぇシエル、触ってもいい~?」

『いいですよ』


 エアがシエルに称賛の言葉をおくり、美しいものが好きなカルマが緋色の瞳をうっとり細める。

 ウィルはシエルに許可をもらってから撫で始めた。


「うわぁ……ツルツルでスベスベだぁ~。ひんやりした鱗が気持ちいい~」

「フフフ、美しさといい、触り心地といい、とても素晴らしいです」

「シエルっ、ボク背中に乗ってみたいな~。ダメ?」

『えっ、乗るんですか? まぁ、エアくらいなら大丈夫だと思いますので構いませんが……』

「やったぁっ。ありがとうシエル」


 シエルの首にエアが抱きつく。

 どうやって背中に乗るつもりだろうかと見ていたら、エアの後ろからウィルがひょいっと持ち上げた。


「わあっ」


 エアは一瞬驚きの声を出したが、自分を持ち上げているのがウィルであるのを見ると、大人しくされるがままになる。

 ウィルが持ち上げたのを見たシエルは、できるだけ身を低く伏せた。


「高ーいっ」


 シエルの背に乗せてもらったエアは歓声を上げた。




 ジークは妖精二人と一緒に泉の前で何かをしている。

 何だろうと思ってたら──


「フィオ、準備はいい?」

「もちろんだよ。ティノ兄さん」

「じゃあ、同時にいくよ。3、2、1、はいっ!」


 楽しそうなティノのかけ声とともに、二人は同時に魔法を使った。


「うわ……」


 思わず声がもれた。


 今まで澄んだ水が揺れているだけだった泉に、大きな、人が乗れそうな花がいくつも咲いていた。


 ……え、なにそれ。メルヘン?


「花が咲いた! ティノ、フィオ、すっごいね!」


 紫色の瞳がキラキラ輝き、興奮のためか頬っぺたを真っ赤にしたジークが妖精二人を褒めた。


「ふふ。さぁどうぞ?」

「ジーク、乗ってみてー?」

「うん」


 ジークが身を乗り出して花に手をつく。

 そこで俺は我に返った。


「ちょっと待ったーーーー!!?」

「え? レンどうしたの?」

「待った待ったジーク。危ないからちょっと待ちなさい」


 ……こらこら君たち何できょとんとした顔でこっちを見てるの!? いくら泉の深さがそこまで深くないっていっても、ジークの身長じゃ落ちたら溺れるからな?


 慌てる俺にティノが安心させるように微笑んだ。


「ふふ。大丈夫だよレン。僕らがジークを危険な目にあわせる訳がないでしょう?」

「そうだけど。でもそれ、花……だよな?」

「この花はね、僕たちが魔法で咲かせたから、とっても強い花なんだよ? レンも触ってみて?」


 フィオの言葉を聞き、おそるおそる花に触れてみた。

 少し押しただけでも水に沈むんじゃないかと思っていた花は、意外にもしっかりと手のひらを押し返してきた。


「……あれ?」

「結構丈夫だよね。びっくりした?」

「あぁ…………えっ!?」


 驚く俺の横からベルが飛び出し、トンっと花の上に着地する。止める間もない早業だった。ベルは前足でタシタシと花を叩いて、一つこちらに頷いてから真ん中で丸くなってあくびをした。


「ね? 大丈夫だったでしょう?」

「あぁ……そうだな?」


 ちょっと疑問系になってしまったのは許してほしい。





「大きいお花だね~」

「これ、乗れるんですか? 面白そうですね」


 俺が大きな声を出したからか、他の子供たちもこちらにやって来た。シエルはエアを乗っけたまま人化したのか、エアをおんぶしている。

 カルマは軽く羽ばたきながら、ベルの乗っている花とは別の花に足をおろした。


「あ、結構しっかりしてますね」

「僕も乗る」

「ボクもボクもっ!」


 カルマの言葉を聞いたエアがシエルの背中から降り、ジークと手をつないで一つの花に乗った。ウィルは二人が落ちたりしないか心配だったのか、一つ隣の花に飛び乗った。

 ジークとエアは泉の水をすくったり、泉の中を覗き込んだりと、二人できゃっきゃとはしゃいでいる。その楽しそうな様子を見て、俺もちょっと花に乗ってみたくなった。

 そんな俺の様子を見ていたのか、シエルが声をかけてきた。


「レンも乗ってみたいのですか?」

「えっ。いやいや……みんなが乗るならともかく、俺だと重いんじゃないかなぁ」

「ふふ、大丈夫だよレン。大人の人が三人くらい乗っても沈まないから。でも、心配だったらシエルと一緒に乗ったらどうかな?」


 ティノの提案に戸惑う。

 しかし迷っているうちにシエルに手を取られた。ふんわり微笑んだシエルが俺の手を引く。


「私も乗ってみたいのですが……実は一人じゃちょっと心細いので、レンも一緒に乗ってくれませんか?」

「そ、そう……か? じゃあ一緒に乗るか」

「はい」


 ……ぁああ~~~!!! シエルがイケメン過ぎる!


 にこりと笑みを深めたシエルに内心で悶えつつ、花の上へ慎重に足を下ろす。花は少し揺れたが、しっかり俺とシエルの体重を支えてくれた。


「おぉ……これは凄いな。乗り心地も悪くない」

「ええ、そうですね」


 花の上に乗るなんて初めての経験だ。ふわふわと水の上を揺れるのをシエルと一緒に楽しむ。

 緊張していたからか、安心したあとにお腹が空いてきた。


「あ、そうだ。アレがあるんだった!」

「なんですか?」

「ふっふっふ。良いものを持ってきたんだよ」


 シエルに支えられながら花を降りる。そして、俺は準備してきた荷物を取りにいった。




「一人一つな~」


 俺は泉で冷やしておいたトマトっぽい野菜をみんなに配った。

 エアとベルに手伝ってもらい、ここへ来る前に収穫したやつだ。もちろんエア特製の野菜である。

 この野菜は、もともと甘みの強い種類なのだが、エアによってさらに甘さが増している。ぶっちゃけ果物よりも甘いかもしれない。


「おいしい!」

「甘ーいっ」

「うん。冷たくて美味しいね~」

「最高に美味しいです」

「甘いけど、さっぱりしているのでいくらでも食べられそうですね」

「……もう一個ほしい」


 ……ベルよ。一人一つだっていっただろう? シエルのを狙っちゃダメだぞ?


「僕らは一個食べきれないから、ベル手伝ってくれる?」

「もちろん手伝う」


 そんなベルを見てクスクス笑ったティノとフィオが自分達の分の野菜を半分差し出す。いつもより機敏なベルの様子に他の子供たちもクスクスと笑いだした。

 俺も一緒に笑いながら、野菜を一口かじる。


「うん。よく冷えていて美味しい」


 太陽の光に照らされて、みんなで一緒に食べる野菜は、いつもよりさらに美味しく感じた。


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