15.~夏と畑とおいしい野菜~
雲一つない晴天。
ピカッとまぶしい太陽の光が庭の草木を照らしている。
今日もきっと暑くなるだろう。
活力の夏が来た。
「ふー、今日もいい天気だなぁ……」
『春の慈雨』が終わり、ここ最近はすっきりと晴れた天気が多い。もうすっかり夏だ。慈雨の間、家の中でばかり遊ぶことになった子供たちは、やはり外でも遊びたかったのだろう。今日も青空のもとで元気に駆け回っている。
楽しそうな子供たちの声を聞きながら、俺はしばらく手入れ出来なかった家の周りの草むしりをすることにした。
「よし、こんなものかな」
腰をトントン叩く。
中腰で作業していたせいで腰は痛むが家の周りはスッキリした。満足感に浸りながら周囲を見渡していると、エアが何か大きなものを抱えて走ってくるのが視界に入った。
「ねぇねぇレンー、見てこれっ」
エアは満面の笑顔で手に持ったものを俺に見せてきた。
それはよく見知った形状をしていたが──大きさがまったく異なっていた。
「んんっ!? エア、それ……」
「畑で収穫してきたの! びっくりしたっ?」
そう。エアが抱えていたのは、畑に植えた夏野菜だった。それも通常の五倍くらいの大きさの。
……超びっくりした。
***
「うわぁ、凄いね~」
「こんなに大きな野菜は初めて見ます」
「エア、これどうしたの?」
ウィルとシエルが興味津々な様子で野菜を眺める。そしてジークが不思議そうに巨大野菜を持ってきたエアに訊いた。
するとエアはパッと得意気な顔になった。
「ふっふ~ん。実はね、ボクの力を使って野菜を大きくしてみたのっ! 最近は実家に帰ったときに、父さんが力を使うために一緒に練習をしてくれてたんだ。ちゃんと力を制御できるように頑張ったよっ」
にこにこと楽しそうに語るエア。父親と一緒に力の訓練が出来て嬉しかったようだ。キラキラとした笑顔で「みんなをビックリさせたかったんだぁ」と言うエアを撫でる。
……ウチの子は頑張り屋さんで可愛いなぁ。
「植物を成長促進させる力でしたよね? どのようにやるのか見せてくれませんか?」
「うん。いいよっ」
カルマが何かを企むような笑顔でエアにお願いした。
カルマは最近笑顔に含みを持たせることに凝っている。『悪魔たるもの、笑顔一つ、目線一つで相手を翻弄出来なくては……!』だそうだ。
だけど、その練習によく付き合うからか、俺のカルマ耐性は高い。
今のところ動じることはないが、俺を動揺させることが出来なくて落ち込むカルマは可愛いと思う。
そんなこと言ったら拗ねてしまいそうなので言わないが。
畑にはたくさんの野菜が風に揺れていた。
家の図書室で畑について書かれた本や家庭菜園の本を見つけたので、それを見ながら畑の世話をしていったのだが、なかなか上手くいったと思う。
慈雨のお陰か、艶々とした美味しそうな野菜がいっぱい生っているのを見て、あとで子供たちと一緒に収穫しようと思う。
「それじゃあ、見ててねっ!」
エアが笑顔で一つの野菜の前に立つ。俺たちはどのように力を使うのか、ワクワクとしながらエアを見つめた。
少し目を伏せ気味にしたエア。
野菜の上にかざしたエアの手から、ぽわぽわとやわらかい緑色の光が溢れだす。
緑色の光の中、エアは優しく微笑んでいた。
それはエルフの美貌と合わさって、とても幻想的な光景だった。
見ているこちらの心臓がドキドキと高鳴っていく。
そして緑の光が野菜を包みこみ、エアはそのまま────おもむろに野菜を撫で始めた。
「よしよーし、いいこいいこ。早く大きくなーれっ」
予想外だった。
「フフフ。面白かったですね」
「あぁ……そうだなー」
「エア、凄かったよ~」
「ありがとウィル」
本日の夕食は彩りたっぷり新鮮野菜サラダと、ごろごろたっぷり肉と野菜のスープと焼きたてのパンだ。
野菜はもちろん畑で収穫してきた取れたてのもの。
どの野菜も美味しいのだが、エアが力を注いだ野菜は格別に美味しい。普段はあまり野菜を食べたがらないベルがサラダをおかわりをするほどだ。
美味しいご飯を食べながら、皆でわいわいとお喋りを楽しむ。
「あの緑色の光、綺麗だったね……」
「そうですね。エアの一族はみんな出来るのですか?」
「ううん。たまーに出来るひとがいるくらいみたい」
ジークが昼間の光景を思い出して感嘆し、シエルがそれを肯定しつつエアに質問する。
エアは「ちょっと珍しいんだって」と言っているが、ちょっとじゃすまない気がする。しかもエルフが珍しいと言うんなら、世界的には超珍しいんじゃないかと思う。
「ねぇレン。そういえば、ティノとフィオはどこに行ったの~?」
食卓を囲んでいるのは子供たちと俺だけで、ティノとフィオはいなかった。
首を傾げるウィルは妖精二人が来るのが遅いな、と思っていたようだ。
「あぁ、あの二人は今日は出掛けてくるって。満月の夜にある特別な集まりがあるんだそうだ。おめかしして出掛けていったよ」
「へぇ~そうなんだ。満月の夜の集まりってなんだか面白そうだね~」
「そうだな」
「あ、ワタシ多分ソレ聞いたことありますよ。妖精の輪を通って妖精たちが月の宴を催すんだそうです」
「なんか凄そうだな」
「最近は妖精の数が減ってしまったので噂もあまり聞きませんが、歌ったり踊ったり夜露に濡れた花の蜜を食べたり月光浴をしたりして過ごすみたいですよ?」
「わっ、楽しそう~」
ウィルとにこにこ笑いあっていたら、カルマが新しい情報を教えてくれた。
悪魔たちも夜型なので、夜の催しには詳しいそうだ。
カルマは規則正しい朝型になってしまったが。
……健康的な悪魔……うん。アリだな。
内心で頷いていると、服をクイッと引っ張られた。ベルだ。
「レン、おかわり」
見るとサラダのお皿が空っぽだ。ベルの本日二度目のおかわりに俺は感動した。
「よしよし、ちょっと待っててな」
ベルの頭を撫でてから、おかわりを作りに台所へ向かった。
……野菜好きの猫……うん。それもアリだな。
ベルの種族は基本的に肉食らしいが、別に野菜を食べられない訳ではない。魔獣なのでネギ類がダメということもない。ただ肉とお菓子以外はあまり食べたくないだけだ。……太るぞ。
ここはやはりエアにまた野菜を大きくしてもらうしかないな。そうしよう。
俺は野望を胸にサラダを用意した。




