12.~みんなでお花見~
天高く澄みわたる空。
春の心地よい風。
洗濯物を干す俺の傍らに置いてある洗濯カゴには、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ている猫。
どうやら洗濯カゴが丸まるのにちょうどいいらしく、お手伝いをし終わったらカゴの中で丸くなるのがベルの日課になっている。
そんなベルの姿にほんわかしつつ、腕に掛けていた最後の洗濯物のシワをパンッと伸ばす。あとは物干し竿に掛ければ洗濯は終了だ。
「ふぅ、終わった終わった」
なんとなくトントンと腰を叩いてしまう。じじくさいだろうか。……まぁ、誰も見てないしいいか。
ついでに首を回したところで、ふ、と視界に入った大木を見上げる。樹齢が数百年は経っていそうな太い幹、そこから伸びる枝には薄紅色の蕾がふくらみ、今にも綻びそうだ。
「あぁ、もうすぐだな」
「どうしたの?」
「何がー?」
近くにいたのか、俺の呟きを聞いてティノとフィオがよってきた。
独り言を聞かれてしまい、微妙に恥ずかしい。
「いや、このシュネラーゼの花が咲くのを楽しみにしているんだ」
「そうなんだ。どんな花なの?」
「薄紅色のとても綺麗な花が咲くんだ。……俺の一番好きな花だな」
「へーぇ、レンが一番好きな花かぁ。ふぅん……。……ねぇ、ティノ兄さん?」
俺の話を聞いたフィオが、ティノを振り返る。お互いに言葉にしなくても言いたいことがわかるのか、ティノが微笑んで頷いた。
「ふふ、いいんじゃない?」
「やった!」
ティノの肯定にフィオが喜ぶ。なにがなんだかよくわからない。
「どうしたんだ?」
楽しそうな二人に尋ねてみると、にっこりと笑った。
「レン、よく見てて!」
「始めるよ」
言葉と同時にティノとフィオがキラキラと輝きだす。そして光の粉を振りまきながら、シュネラーゼの木を下から天辺までグルリと一周する。
すると、光の粉が当たったシュネラーゼの木が淡く光りだした。
「マジか……」
唖然としている俺の前で、シュネラーゼの木は蕾を綻ばせた。
淡い光の中でふわりと花開く様は、とても幻想的だった。完全に花開くと、キラキラ光っていた淡い光も消えていく。今見た光景が、まるで夢の中の出来事のようで、俺は満開になったシュネラーゼの木をじっと見つめていた。
「うん。きちんと咲いたね」
「レン、どうだった?」
ティノの穏やかな声とフィオの楽しそうな声が聞こえた。まだ夢現の状態だった俺は、感嘆の吐息を洩らした。
「すごい……すごく綺麗だった」
「えへへ。でしょー。……これがレンの好きな花なんだね」
「ああ、すごく好きなんだ──って、違う。いや違わないけど! い、今二人とも何をしたんだ!?」
ハッと我に返り、慌ててティノとフィオに詰め寄る。するとティノがなだめるように穏やかな声をだす。
「レン、安心して。この木に負担をかけたわけじゃないから」
……そ、そうか。それなら安心だな。
ホッと安心したがそうじゃない。慌てている俺の様子を見てクスクス笑っていたフィオが口を開いた。
「これね、妖精の能力の一つなんだ。花を咲かせる能力」
「……妖精にそんな能力があったなんて知らなかったな」
「妖精は“自然と共に在る者”だしね。自然系の能力が多いんだよ」
「そうなのか」
続くティノの説明に頷いたところで、フィオに髪の毛をちょいちょいっと引っ張られた。
「ねぇねぇ、こんなに綺麗な花が咲いてるんだから、みんなも呼ぼうよ」
「お、そうだな! みんなでお花見しよう」
「お花見?」
「花を観賞しながらお弁当を食べることだ」
「それいいね!」
「じゃあみんなを呼んでこよう」
洗濯カゴ(ベル入り)を手に持ち、俺たちは急いで家に戻った。
***
「みんな、ピクニックをしよう! お花見だ!」
居間に駆け込んだ俺に子供たちの視線が集まった。
「ピクニックですか? いきなりどうしたんです?」
首を傾げたカルマ。そんなカルマの背中にドシンと抱きついてエアがはしゃいだ声を上げた。
「ピクニックいいねっ! 今日やるの?」
「そうだ。これからお弁当を持ってピクニックしよう」
「わぁ、楽しみ~!」
楽しそうに声を上げる子供たち。椅子に座っていたジークが不思議そうに首を傾げる。
「レン、ピクニックはわかるけど、お花見ってなに?」
「外で綺麗なお花を見ながらみんなでわいわいご飯を食べることだよ。……そういえば、ティノとフィオに出会ったのはピクニックしているときだったなー」
「あ、そうだね!」
「あのときはウィルとカルマが捕まえたんでしたよね。草が動いていたので、びっくりしました」
シエルが微笑みながら思い出を語る。
「随分と昔のような気がするな」
内心で感慨にふける。あのときはまさか妖精が生まれ、家族がさらに増えるとは思ってなかったな。というか、ティノとフィオが家に来てからまだそんなに経っていないのか。日常が濃いからかな。ずっと昔からみんなと一緒にいるような気がしていた。
ぼんやりと思い出していた俺の服の袖をウィルが引っ張った。
「レン、お弁当はこれから作るの~?」
「ああ。だからみんなの希望を訊こうと思って」
そう言うと、子供たちは「やったー!」と歓声を上げた。瞳をキラキラさせて喜ぶ様子がとても可愛らしい。
……うんうん。頑張ってみんなの好きなものを作るからなー!
闘志を燃やす俺に、シエルが良いことを思い付いたのか、笑顔で提案した。
「ねぇ、レン。みんなでお弁当を作るのはどうでしょうか? 全員でお弁当を作れば、よりピクニックが楽しくなるのではないかと思うのですが……」
「あー! それいい!」
「うん。僕らもお手伝いしたい~」
「レン、いいですか?」
シエルの提案にジークが一番に賛成し、ウィルやカルマも顔を輝かせる。
……あー、もー、ウチの子が可愛いすぎる!!!
「もちろんいいぞー。みんなで一緒に作ろう!」
このあとみんなで楽しくお弁当を作った。全員の好きなものを一つは入れた。それにみんなが手伝ってくれたので、いつもの数倍美味しくできたと思う。
……さぁ、みんなで出発だ!
***
みんなで作ったお弁当を持って庭に出る。そしてシュネラーゼの木のところまで案内すると……
「えっ、この木何ですか?」
「わぁ、すごいっ!」
「綺麗~」
シュネラーゼの木を初めて見る子供たちが大きく目を見はる。
……ふふふ。みんな驚いているな。
「この木はシュネラーゼという名前の木なんだ。すごく綺麗だろ?」
俺たちの目の前にはとても美しい花を咲かせる木があった。
シュネラーゼという薄紅色の花を咲かせるこの木は、前世の八重桜に似ている。貴婦人のドレスのようにふわりと咲いた花弁は、慎ましくも華やかで、見るものの目を楽しませた。
この木には薄紅色の花の他に、真珠色に咲く種類もあるようだが、そちらは滅多にみない。
俺は前世でも桜が好きだったので、この家の庭にシュネラーゼの木があるのを見たとき、とても嬉しかった。子供たちも大きくなったので、これからは毎年みんなでお花見をしようと思う。
「よし、ピクニックの準備をしよう」
「おー!」
まずは草の上に敷物をしく。それからほどほどの大きさの石を探してもらってきた。いい感じの石を四隅に重石として置く。
……こらこら、エア。横着して重石の代わりに猫を置いちゃダメだぞー。てへって顔をしても可愛いだけだからな。
苦笑したシエルがベルをどかした。そしてジークが運んできた石を隅に置く。みんなで作った大事なお弁当は真ん中に置いた。
家から持ってきた小皿をそれぞれに渡せば準備完了だ。みんないい子なのでテキパキ動いてくれた。
俺はそれぞれの子供が好きなものを小皿に取り分けてあげる。
「よし、食べるか。いただきます」
「「「「「「いただきます」」」」」」
……綺麗な花を見ながらのご飯は最高だなー。
もぐもぐとお弁当を食べながらシュネラーゼの木を見上げた。風が吹くと、ひらりひらりと花弁が舞う。美しい光景に子供たちもうっとりと魅入っている。
ご飯を食べ終わった後は各々が自由に過ごした。
ウィルとカルマとシエルはシュネラーゼの木のまわりで空中追いかけっこをしている。はしゃぎすぎか、動きが速くて目で追いきれない。目が回りそうだ。
木の根もとではエアとティノ、ジークとフィオに別れてどちらのチームがより多くシュネラーゼの花びらを空中でキャッチできるか勝負しているようだ。……俺も昔はよくやったな。
シュネラーゼの木に背を預け、俺は昼寝中のベルを膝に乗せて毛並みを楽しむ。陽に照らされて温まった毛皮が気持ちいい。ほのぼのとした気持ちで子供たちを眺めた。
……あぁ、幸せだなぁ。




