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11.~妖精の誕生~


「レン」

「ん……」


 左右のまぶたに落ちるやわらかい感触。それは、ちゅっと可愛らしい音をさせて離れていく。温かくて、心の奥がくすぐられるような、ふわふわした心地がする。思わず笑う。すると、どこか遠くでクスクスと笑う子供たちの声。その声を聞き、俺の意識は浮上した。


「レン、おはよ~」


 一番に目にはいったのは天井ではなくウィルとカルマだった。

 右側にウィル。左側にカルマがいた。どうやら二人が俺のまぶたにキスをしていたらしい。

 ……未だに続いている“おはようのちゅー”だ。


「おはよう、二人とも。……まだ早いんじゃないか? 何かあった?」


 いつも俺が起きる時間よりも早い。何かあったんだろうかと二人を見るが、特に切羽詰まっている感じはしない。むしろいつもより楽しそうだ。


「ふふふ。レンの寝顔が見たかったのです」


 可愛らしかったですよ……と囁くカルマは、見るものすべての魂を魅了しそうな笑顔を浮かべたが、見慣れている俺にはそこまでダメージはない。

 俺は寝起きの顔で笑いかける。


「はいはい。……カルマ、おはよう?」

「……っ、おはよう、ございます」


 お返しに近くにあるカルマの頭を引き寄せて目尻にキスをする。

 最近、妖艶さに磨きがかかってきたカルマだが、頭を撫でながら俺がキスをすると顔を赤らめるんだから、まだまだ可愛いもんだ。


「レン、僕も~」

「ん、ウィルもおはよう」

「おはよ~レン」


 ウィルは素直に顔を寄せておねだりする。ウィルのお日様のような笑顔に、相変わらず色々と対照的な二人だなぁと思いながら頬にキスを贈る。くすぐったそうに目を細め、ウィルはさらに幸せそうに笑った。こちらまで嬉しくなってしまう笑顔だ。

 一通りあいさつを済ませたので、周りを見てみる。

 部屋はまだ薄暗く他の子たちはまだ夢の中だ。


「それで? 何かあったのか?」


 もう一度俺が聞くと、二人はパッと後ろを振り向いて何かを持ち、俺につきだした。


「じゃ~ん」

「見てください!」


 二人が手に持っていたのは“妖精の揺籃草”だった。

 ……何かいつもと違うような……?


「──はぁっ!?」


 俺はあまりのことに驚愕の声をあげていた。

 昨日の夜に水をあげた時には草だけだったのに、今では握りこぶしくらいの大きな蕾がついていた。それも両方ともだ。

 ……え、一晩でコレ!?


「あはは、レンもびっくりした~」

「びっくりしましたね」


 悪戯が成功したように笑う二人。

 口をぱくぱくさせながら二人を見ていると……


「……なに。うるさい」

「どうかしました?」


 これだけ騒いだので当然他の子たちが起きてしまった。

 寝起きで不機嫌そうなベルに起床直後でも着衣に乱れがないシエル。


「れんー?」

「どうしたの?」


 目をこすりながら近寄ってきたエアとぱっちりと目を開けてこちらを見上げるジーク。

 起こしてしまった四人に「うるさくしてゴメンな」と謝り、順番に“おはようのちゅー”をする。

 その間、ウィルとカルマは“妖精の揺籃草”を後ろ手に隠していた。

 ……まぁ、これはびっくりするよなぁ。

 目配せをする二人に怪訝な顔をする寝起き組の四人。


 今度は、子供たち四人のびっくりした声が家に響いた。




「楽しみだねぇ」

「まだかなぁ」


 朝食を食べたあと、居間のテーブルに鉢を置いた。子供たちは、俺のお手伝いをしながら交代で“妖精の揺籃草”を見ていた。

 待ちきれないのか、そわそわと入れ替わり立ち替わり鉢の前に座り様子を見る。そんな子供たちを微笑ましく見ながらも、俺も気になるので家事の合間に居間のテーブルをちらちら覗く。

 蕾は朝に見たときと変わらない気がする。

 ……あんなに一気に蕾がついたんだから、花が咲くのも時間の問題だと思うんだが。

 植物図鑑で調べたときに書いてあったことを思い出す。


『一つの蕾に一人の妖精。時が来るまで蕾の中で微睡んでいる』

『妖精には階級があり、翅の枚数でどの階級かわかる』

『十分に栄養を摂れば花びらが色づき開花する』


 すると今日ではない可能性もあるのかな。

 蕾は真っ白で固そうだ。


「ほらほら、あんまり見ているとティノとフィオが恥ずかしがって出てこれないぞー」


 そんな俺の一言に、バッと後ろを向く子供たちはとても可愛いと思う。

 くすくす笑ったら怒られてしまった。ゴメンゴメン。




 そんなこんなで夜になった。

 頬杖をついたカルマが、ため息を吐きながら蕾をつつく。


「今日じゃないんですかねぇ……」

「ボクの力を使ってみる?」


 待ちきれなくなってきたのか、エアがそんなことを言う。

 ……エアの力ってあれだよな? 植物を成長促進させる力。

 畑に使うならまだしも、“妖精の揺籃草”に使うと効果がどうでるかわからない。一応エアに注意しておくことにした。


「力を使ったらダメだぞ? エアの力を“妖精の揺籃草”に使って、中にいるティノとフィオにどんな影響があるかわからないんだから」

「ダメかなぁ」


 上目遣いで俺を見るエア。楽しみなのはわかるが、ここはキッパリと言っておく。


「ダメだぞ。魔法を使ってティノとフィオが体調を崩したりしたら、エアも嫌だろ?」

「そっかぁ、そうだね。うん。わかった」

「えらいぞ」


 エアの頭を撫でたら、ギュッと抱きついてきた。ぐりぐりと頭をこすりつけてきたので、優しく撫でる。

 ……よしよし。我慢できてえらいぞー。

 エアの様子を見ていたウィルが、何かを思案する。


「あ、そうだ~! 魔力を使わない魔法ならいいんじゃない?」

「魔力を使わない魔法?」


 そして、良いことを思いついたのか、笑顔で提案するウィルにベルが首を傾げた。

 ……魔力を使わない魔法って何だ?

 他の子たちもよくわからないのか、お互いの顔を見て首を傾げている。

 全員に見つめられたウィルは、得意そうに胸を張った。


「ねぇ、レン。ティノとフィオは今眠っていて、そろそろ起きそうな状態なんだよね?」

「あぁ。そうだけど……」


 ウィルは俺にティノとフィオの状態を確認してきた。よくわからないがティノとフィオが眠っていて、そろそろ起きそうなのは間違いない。


「ならさ、みんなで“おはようのちゅー”をしてみない?」


 ウィルの提案に、みんなの顔が輝いた。




「はい。じゃあ僕から~」


 ウィルは鉢に手を添えて、片方ずつ、ちゅっとキスをした。すると、蕾がふるりと揺れた。反応した蕾に子供たちは頬を上気させる。


「わぁ! なんか効果ありそうですね」


 次にカルマが口付けたら、またもふるっと蕾が揺れた。じんわりと蕾の色も濃くなっている。それを見たエアとジークが待ちきれないように鉢を一つずつ持った。


「じゃあ次はボク!」

「僕もやる!」


 エアとジークが片方ずつ花びらに口付けた。お互いの持っている鉢を交換してもう一回ちゅっとする。

 ふわり。

 固く閉じていた蕾の外側の花びらがゆっくりと開いてきた。

 歓声をあげる子供たち。

 エアとジークは鉢をベルとシエルに渡す。

 楽しそうに尻尾を揺らしながら蕾に口付けるベル。シエルもそっと口付けた。


「では、ベル。そちらの鉢をください」

「えー面倒。シエル、そのまま持ってて」

「えっ……」


 鉢を差し出すシエルに面倒臭そうに返したベルが、そのままシエルの手に持たれている鉢の蕾にキスをした。それを見たシエルは、苦笑しつつもベルの持っている蕾にキスを贈った。

 色づいた蕾がどんどん開いていく。

 花びらが開くのと同じくして、ほわっと光を帯び始めた蕾はとても幻想的だった。もうじき完全に開花しそうだが、もう少し足りない。

 うっとりと眺めていたら、ベルとシエルに花を差し出された。


「はい、レン。キスして」

「レンも“おはようのちゅー”をしてください」


 二人に促され、みんなに見守られる中、俺はティノとフィオに“おはようのちゅー”をした。

 俺の唇が触れた瞬間、淡く光っていた蕾がパアッと色とりどりに光る。


「わっ!」


 今までと違う強い光に反射的に目を閉じた。

 光が収まった後でソーッと目を開けると、視界に大輪の花を咲かせる“妖精の揺籃草”と、その中心で伸びをする二人の妖精がいた。


「ふわー、よく寝たぁ」

「まだ早い気がしたけど、なんか温かくて起きちゃったね」


 ティノとフィオはよく似た顔立ちをしていた。

 二人とも中性的な顔なので性別はよくわからないが、ティノの方が知的な感じでフィオの方が優しげな顔立ちをしている。そして、二人の背中には三対の六枚翅。

 乳白色の髪は腰よりも長く、金緑色の瞳が俺を見ていた。二人の頭には、装飾品のように“妖精の揺籃草”と同じ花が美しく咲き誇っている。

 ……まるで二人の頭に王冠が乗っているみたいだな。

 まぁ、偶然そういう風に見えただけだが、俺は自分の想像力に笑った。頭を振り、花の上に座っている二人に声をかけた。


「おはよう。ティノ、フィオ。俺たちのことがわかるか?」

「もちろん。ずっと見ていたよ」

「やっと会えて嬉しいよ!」


 すると二人は嬉しそうな笑顔で答えてくれた。どうやら植木鉢に植わっていた状態でもこちらを認識できていたようだ。……どこが目だったんだろう。

 ほのかに疑問を感じたが、とりあえず全員で自己紹介をした。


「あ、そういえば、二人に勝手に名前をつけちゃったんだけど大丈夫か? もしすでに名前があったなら──」

「大丈夫だよ。むしろレンたちが名前をつけてくれたから開花が早かったんだし」


 ティノの言葉に俺は首を傾げる。図鑑には名前に関して特に書かれてはいなかった。


「そうなのか?」

「うん。普通は“妖精の揺籃草”が開花するのには百年くらいかかるんだけど、レンたちのお陰でスゴい早まったよ」


 ……え、それは早まりすぎじゃないか?

 早すぎる開花が二人の負担になっていないか心配になってきた。元気いっぱいに見えるが、無理しているのだろうか。


「……それって、大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。僕ら普通の妖精より強いし」

「そうそう。気にしないで大丈夫だよ?」

「ならいいんだが……」


 しかし、俺の心配とは裏腹にあっけらかんと言うティノとフィオに心が軽くなった。ほっと安堵する俺に、妖精二人はにっこり笑う。


「心配してくれて、ありがとうレン。今日からよろしく」

「みんなとお喋りができるのを楽しみにしてたんだぁ」

「ボクたちも! ティノとフィオとお話しできるのを楽しみにしてたんだよっ!」

「こんなに早くお話しできると思わなかったよ」


 嬉しそうな妖精たちと喜ぶ子供たちを見ていると、俺まで嬉しくなってしまう。


「よし、今日はティノとフィオが誕生したお祝いをしよう!」

「やったぁ!」


 子供たちが歓声をあげる。

 俺はティノとフィオの小さな手をとった。


「今日からよろしくな。ティノ、フィオ」

「「うん!」」


 ティノとフィオは嬉しそうにうなずいた。


ここまで読んでいただきありがとうございました。


皆様よいお年を!

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