第58話 「助言」
フラン以下皆が見守る中、まず閉じていた目を開けたのはルウである。
ナディアの傍らに座り、トランスに入った状態から……
通常の状態に戻ったのだ。
魔力波を送り込む為、ナディアの胸に置いていた手をゆっくりと離す。
それから暫し経ち、ナディアがゆっくりと目を開けた……
「ナ、ナディアぁぁ~っ!!!」
ジゼルが大声で叫びながらナディアに飛びつき、今度はモーラルも、ジゼルの事を止めやしなかった。
「よ、よ、よかったぁ! よかったよぉ! ナディアぁぁ!!!」
「や、やぁ、ジゼル……き、君は無事かい?」
ジゼルにきつく抱き締められ、ナディアは弱々しく笑う。
「すまない……ボクはいつの間にか悪魔に魅入られていたみたいだ。自分だけならいざ知らず、一歩間違えば皆さんを巻き込んで死に至らしめていた……」
「ナディア! 他の人はどうか分からないが、私は今でもお前が大事な大事な友人なんだぁ!」
取り縋るジゼルに対し、ナディアは辛そうな表情である。
悪魔に魅入られていたとはいえ、自分の魂の醜さが露呈してしまったからであろう。
「ジゼル……ボクはいつもトップの君が羨ましかった。だからどんな手を使ってでも1番になりたかった。その為に悪魔の力を借りたんだぞ。君の友人である資格なんてないよ」
「いやいやいや! もう良いんだ、ナディア。私も何か変だとは思いながら自分の欲求に身を任せていた。お互い様だ! それより助かって本当によかった!」
「う、うん……ボク……」
ナディアは口籠りながらルウを見た。
するとルウはゆっくりと首を横に振ったのである。
実は……
奈落で助けられた時、ナディアはルウに今迄の事を全て告白した。
いつも成績トップで人望も抜きん出た、学園中の憧れであるジゼルが羨ましかった事……
召喚術の訓練をしていたら、偶然禍々しい異界に繋がり、悪魔ヴィネを呼び出してしまった事……
ヴィネから悪しき契約を持ちかけられた事。
自分の心が醜く変貌して行くのを認識しながら、抵抗出来ず、どうしようもなかった事……
ジゼルに対しても、ヴィネの力を使い、呪いともいえる悪しき魔法を掛けた事。
ルウに話した事を同じ様にジゼルに話すべきか、ナディアは迷っていたのだ。
しかし、ルウが首を横に振った無言の合図で、彼女は今この場で全てを話す事を避けたのである。
辛そうなナディアを見て、ジゼルは何かを察したようだ……
無言で、再びナディアを抱き締めたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フランは先程から、不思議でならなかった。
誰もがルウと一緒に自分達を救ってくれた、あの大いなる堕天使ルシフェルの事を一切話さないから。
魔法や不可思議な事にに目がないアデライドでさえ、そうなのである。
あの好奇心の塊のお母様が……何も言わないなんて……
また皮肉屋で気性の激しいケルトゥリも先程から無言であり、信じられないくらい大人しい。
と、その時!
『女よ、簡単な事だ』
いきなりフランの魂に、謎めいた声が響いた。
『私の……存在自体が禁忌なのだ。唯一の契約者たるルウ以外に、私の声や姿を思い出して何度も語る者には災いが降りかかる』
え!?
そんな!
私達を助けてくれたのに?
フランは思わずルウを見る。
そして周りを見て驚愕した。
時が!?
何と時間が止まっている?
誰もが……彫像のように動きを止めていた……
そんな中……
醒めたような口調で、ルシフェルの声がフランの中で響く。
『傲慢なる存在……神が私に与えた運命さ』
ルシフェルは少し寂しそうな口調で呟くと、更に言葉を続けた。
『謂れのない災いが降りかからないよう、私の痕跡だけお前達の記憶から消した』
という事は……
フランはハッとした。
そんなフランの気持ちを、見透かすようにルシフェルは告げる。
『ああ、女。汝も同様にする。再び遭う事もあるかも知れぬが、また初めてという形になろう』
そんな!
フランの心に複雑な感情が湧き上がった……
『ははは、私の事を哀しき存在として見てくれるのか? 大丈夫だ、それより汝はルウに愛されたくて悩んでいるようだな』
…………そ、それは。
『契約者となったルウの人格は……私の影響を多分に受けている』
え?
ルウの人格が?
『そうだ、私は助けを求める人の子の誠心を見抜き……真摯な願いに対しては叶え、相手を慈しむ愛を与えて来た』
ルウの今迄の言動に覚えがあるだろう?
とルシフェルは軽く笑う
『受け入れた上で、ルウを愛する事だ。そうでないと汝は苦しい思いをするだろう』
フランに助言を与えた上、ルシフェルは励ましと別れの言葉を投げ掛けて来た。
その瞬間!
フランの記憶の一部分は霞がかかったようになり、全く違う記憶に差し替えられたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午後4時……
『狩場の森』監視管理塔。
ルウ達全員は、一見何事もなかったかのように帰還していた。
「では得点の集計結果を出させていただきますぞ」
管理人のイベールがルウとフラン、そしてジゼルとナディアを見ながら高らかに宣言する。
その後ろには、立会人のケルトゥリとアデライドも控えていた。
「まずは先攻のジゼル様組……オーガを集中して倒し効率的にポイントを稼ぎました。結果は……200ポイント、結構な得点ですな」
コホンと咳払いをし、イベールはルウ達の得点も発表する。
「フランシスカ様組……オーガキングが光りますな! こやつの3倍得点30点を含めて何とトータル220ポイント! よって僅差ながら、フランシスカ様組の勝利と致します」
イベールは双方の組を見渡してから、立会人のふたりにも尋ねる。
不正行為の有無や問題点等である。
「何もありません」
「正々堂々と行なわれました。全力を尽くした結果ですよ」
アデライドもケルトゥリも首を横に振った。
イベールは予想通りの答えに満足したように頷くと……
試合を行った2組に労いの言葉を掛けた上、部下の魔法使いに命じて馬車の手配を命じた。
アデライドとケルトゥリはルウやフランと一緒の馬車で、ジゼルはまたナディアと共に学園内の学生寮へ戻る事となる。
勝利の余韻に浸りながら、フランがルウへ嬉しそうに声を掛ける。
「ルウ、ありがとう! いろいろお疲れ様!」
「おう、皆が無事で戻って来れた、それが1番だ」
そんな中、ジゼルとナディアがおずおずと近寄って来た。
恥ずかしそうに何か言い掛けようとしたジゼルを手で制し、
ナディアが「ぺこり」と頭を下げた。
フランが見ると、ナディアの顔は真っ赤である。
「ル、ル、ルウ先生! こ、こ、今後とも宜しくお願いします。ボ、ボク達、助けて貰った上に負けたから……あ、あくまでペ、ペナルティとしてですけど、こここ、今度ジゼルと別々に、デ、デートして、あ、あげますよ」
何と、デートの申し込み!
これはフランにとっては、衝撃発言である。
その上、ナディアは盛大に噛んでいた。
今迄の秀才然とした、ナディアらしからぬ雰囲気だ。
しかしルウは、穏やかな表情で首を振った。
「いや……別に俺はデートなんて」
「い、いいえっ! ぜ、ぜひっ! ボ、ボクが、デートしたいんです! お願いしますっ!」
そう言い切ると、
ナデイアはジゼルの手を引っ張って、馬車へ向かって逃げるように全力で駈け去って行く。
遠ざかるふたりを見て、フランが大きく溜息をついた。
「どうするの? 純情な乙女達に見込まれちゃったわよ」
「俺は……フランが居れば良いんだけどな」
もう!
この人はっ!
いつも嬉しい事を言ってくれる。
そう言えば、今後こんな事があるからと、どこかで誰かに励まされた気がするけど……
そうだ、こういう時は……
「ありがとう! でもあの子達にも少しだけ優しくしてあげてね」
意外なフランの言葉を聞いて、ルウが少し驚いたように彼女を見た。
しかしフランは、太陽に向って咲く向日葵のような笑顔で、ルウを見つめていたのである。
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