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第54話 「真名」

「ナディアは……すぐ助けるのが不可能な状態か……まずはフランとケリー、ふたりの治癒を行なわなくては」


 ルウはそう呟くと……思考を集中し始めた。

 

 ヴィネは……

 魔法使いの真名を読み取り、自分のしもべとして思いのままに操る事が可能な、恐るべき悪魔だ。

 フランとケルトゥリの『真名』が、ヴィネに知られてしまった為……

 ルウは禁呪と呼ばれる、ある秘術・・・・を使う必要がある。

 

 その為に今、ルウの中に存在する『別人格』の、大いなる力を借りなくてはいけない。

 ルウは降臨している彼の名を、親しみと畏敬の念を込めて呼ぶ。


『俺の声が聞こえるか? ルシフェル!』


『分かっている。ヴィネの犯した罪であれば、ほんの僅かだが私にも責はあろう』


 そもそもヴィネが読み取りし、真名とは何か?

 我々が今使っている姓名とは、所謂通り名である。

 いわゆる仮初かりそめの名に過ぎない。


 真名とは……

 この宇宙を支配する創世神が、生命ひとつひとつに対し、祝福とともに与えた真の名である。 

 

 すなわち創世神のみ知りえる真名は、その者全てを表す称号でもあり……

 逆に、もしも真名を第三者に知られれば……

 名に込められた創世神の絶対的な力により、本人の意思全てが奪われてしまう。

 つまり真名を知った第三者が、その者を意のままに操れるという怖ろしい名なのだ。


『時間が無い、契約者として願う! あの禁呪を頼む』


『うむ! ルウよ、承知した。創世神より授かりし、真名を私ルシフェルの力で書き換えよう、但し本人の同意が必要だ』


『よし、俺がふたりの魂へ直接呼びかけ、説得しよう。その間はモーラルに皆の身体を守らせる。……モーラル! 念話で話は聞いたな? 異界より、い出よ! そして我が命令を果たせ!』 


 ルウが言霊を唱えると、瘴気が漂い空間が割れた。

 現世と異界が繋がったのだ。


 空間からは、ルウの従士モーラルが左手を胸に当て、跪いた形で現れる。


『了解しました! ルウ様と3人の女性の身体を守ります』


 ルウはモーラルに対して頷くとまずフランの胸に手を伸ばす。

 心臓に宿る魂に触れる為である。

 

 フランの形の良い胸が、ルウの手へ弾力を伝える。

 目を閉じ言霊を唱えると、ルウの魂にはフランの声が聞こえて来た。

 必死にルウを求め呼び、泣き叫ぶ声だ。


『ルウ! ど、どこなのっ! 私を置いて行かないで! もうひとりぼっちは嫌なの! あんな悲しい思いはしたくない!』


 フランの声に応えるように、ルウは手から魂へ直接念話を送り込む。

 通常の念話に比べ、遥かに強いルウの魔力波オーラがフランの魂へ浸透して行く。


『大丈夫だ、フラン。俺はここに居る! 何の心配も無い。俺を信じて全てを任せられるか?』


 ルウの魔力波に触れ、ホッとするフランの魂から波動と心臓の鼓動が伝わって来た。

 続いて聞こえて来たのは、ルウに対する大きな信頼である。


『……私はルウに命を助けられた。ルウを信じているわ! お願い! 私を導いて!』 


『よし、フラン! 俺の波動を感じている筈だ。必ず助けるから、けして迷うな。……ルシフェル、頼む!』


 ルウの声と魔力波が途切れると同時に……

 フランの魂には、圧倒的に巨大な別の魔力波が流れ込んで来る。

 そして聞き覚えの全く無い、厳かな声が響いて来た。


『女よ! 創世神より賜りし真名を今一度、我が変えよう。しかし、これは規律に反する行為なのだ。汝はその禁忌を敢えて受け入れるか?』


『ああ……あ、貴方は……?』


 ルシフェルの声を聞き、フランは一瞬戸惑う。

 しかし!

 瞬く間に、信頼の言葉へと変わった。


『そう、貴方は……もうひとりのルウ・・・・・・・なのね。……私には分かる! お願いします、私を……導いて下さい!』


 フランはルウとの約束通り、ルシフェルに対し、何の疑いも持っていない。

 彼女は全てをルウに委ねているのだ。


 思わずルシフェルは感嘆する。


『ほう! 見事だ、女! 私とルウの繋がりを直感で察知したか? よかろう! 汝の願い、聞き入れよう』


 ルシフェルの声が響くと同時に、フランの意識は深く深く落ちて行った……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ル、ルウ!」


 ……フランは、どれくらい意識を失っていたのだろうか?

 

 気が付くと、目の前には以前出会った魔族の少女モーラルの姿があった。

 そして、少し離れた場所では……

 意識を失って倒れているケルトゥリの胸に、ルウが手を当てていた。


「え、えええっ!」


 ケリーの!?

 ケリーの胸に……ルウが手を!?


 気を失ったケルトゥリの胸に、手を当てて動かしているルウに、フランは改めて吃驚した。

 

「フランシスカ様……お静かに」


「え?」


 唇に人差し指を当て、フランを戒めたのはモーラルである。


「ルウ様は今、集中しておいでです。狼狽うろたえてはいけません、貴女もああして助けられたのです」


 やがて……

 ケルトゥリの姿が眩い白光に包まれると、モーラルが悪戯っぽく笑う


「うふふ、成功されたようです」


「ケ、ケリーは助かるの?」


「はい、助かります」


「あ、ああ! よ、良かった!」


「昔から……ケルトゥリ様はルウ様に対して、つんけんした態度ですが、結局ルウ様を心の底から信じていらっしゃるのです」


 暫くしてケルトゥリは目を覚ました。

 モーラルの言葉通りであった。

 ルウを凝視した後、彼に取り縋り、ケルトゥリは人目も憚らず泣き出したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「じゃあ、後は頼むぞ」


「かしこまりました、私が3人をお守りします」


 これからルウは……

 悪魔ヴィネに魂を囚われたアデライドとジゼルを助けに、『遺跡』へと向かうという。

 ヴィネを倒し、ふたりの魂を解放しなければならないと。

 

 フランはふたりが心配であり、自分も行きたかった。

 だが却って、足手纏いになる事は明白である。

 

 それはケルトゥリも同じらしい。

 プライドの高い彼女は先程の事もあり、ずっと俯いていた。

 

 そして更に心配なのはヴィネに寄り代とされたナディアである。

 さっきからずっと眠ったままなのだ。

 

 ナディアを回復する鍵も、ヴィネが握っているに違いない。


 モーラルによると……

 あのヴィネという異形の存在は冥界の君主のひとりであり、爵位は伯爵。

 悪魔の中でも高位に位置する実力者である。

 

 魔法に長けているのは勿論、天候を操ったり様々な能力も高いが、特にあの真名を読み取る能力が厄介だという。

 

 幸いヴィネの力は魔法らしい。

 唯一、対抗する方法はその魔法自体を完全に封じるか、魔法が発動されるまでにヴィネを倒す。

 もしくは戦闘不能にするしかないのであると。


 ルウはフラン達を見渡すと、次にはまだ倒れているナディアを、厳しい表情で見守る。

 すかさずフランの声が飛ぶ。


「お願い、ルウ! お母様達を助けて!」


「フラン、まあ、任せろ!」 


 ルウはフランに微笑み、頷いて手を振ると……

 大きく跳躍し、遺跡の中に入って行った。


 一方……


 不覚にも恐怖の余り寄り代としていたナディアの身体から逃げ出してしまったヴィネ。

 彼は今、遺跡の中で本来の肉体に戻っている。

 

 漆黒の馬に跨り、手には猛毒の蛇を持つ獅子頭の王としての姿だ。

 険しい表情をした彼の頭の中にはひとつの疑問が渦巻いていた。


「あ、あ、あのお声は!? 確かに閣下だ……」


 『明けの明星』『光を掲げる者』……彼の名はいくつもある。

 

 彼はかつて、絶対的な全知全能の存在、創世神に仕える忠実な使徒であった。

 ある時彼は、とある考えを持ち、創世神を説こうと意見をした。

 だが全く受け入れられなかった。

 

 創世神は意見をした彼に対し、『傲慢』のレッテルを張り、処罰しようとした。

 処罰を理不尽とした彼は、創世神に戦いを挑む……

 

 しかし結果として、封じられてしまう。

 彼の高潔な魂と不滅を誇る強靭な肉体は……

 冥界の最下層コキュートスに繋がれてしまったのだ。


 だが創世神の気まぐれなのか……

 突如彼は受肉して人間のある国の王として転生した。

 そして志を無くし、結束を乱していた72柱と呼ばれる元使徒達をまとめ直し、率いた。

 

 その時に、ヴィネはまた彼の忠実な部下として仕える事に、大きな喜びを感じたのである。

 しかし転生したのは所詮有機体である人間……

 またも志半ばで死して滅びると元使徒達は分裂、各自が己の欲望に忠実に、また勝手気儘に振舞うようになってしまった……


『ヴィネ!』


 いきなりヴィネを呼ぶ声がする。


『お前が魂を捕えた女達を離せ、そして私と戦え。これは……命令だ』


 間違いなかった。

 何故、あの人間の少年の口から発せられたのか、分からないが……

 

 再び呼び掛けたのは、ヴィネの考えた通り、数千年振りに聞く『彼』の声であったのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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