第495話 「戦乙女達④」
「我は知る、風を司る御使いよ。猛る一陣の風となりて我が王国の拳となり敵を滅せよ。ビナー・ゲブラー・ルーヒエル・メム・マルクト・カフ」
こちらの一画ではモーラル、リーリャそしてラウラ・ハンゼルカが訓練を行っていた。
指導役はモーラルでまず最初に訓練へ臨んだのはリーリャである。
リーリャが魔法式を詠唱し、あっという間に魔力を高めると決めの言霊を言い放つ。
「発射!」
リーリャの双腕から勢い良く、ごうと音をたてて魔法風が放たれた。
風弾……風属性魔法の攻撃魔法である。
間を置かずリーリャの口からは違う言霊が詠唱された。
「我は知る、大地を司る御使いよ。命を育む力を我が王国の拳に変え敵を滅せよ。ビナー・ゲブラー・ウーリエル・メム・マルクト・カフ」
ひゅう!
リーリャの口から息が吐かれると、いきなり空中に2つの大きな岩が現れる。
術者であるリーリャが異界から呼び寄せた岩の塊――岩弾の魔法だ。
「発射!」
リーリャの言霊を受けて、岩がうなりをあげて飛ぶ。
勢い良く放物線を描いて飛んだ岩は300m程先に着地し、凄まじい音を立てて四散した。
「我は知る、水を司る御使いよ。その猛る流れをもって我が王国の拳となり敵を滅せよ。ビナー・ゲブラー・サーキエール・メム・マルクト・カフ」
詠唱が終わるとリーリャの指先から細いが相当な速さの水流も連続で発射される。
水属性攻撃魔法の水弾である。
「リーリャ様……」
ラウラは呆然としてその様子を見詰めていた。
リーリャの天才的な魔法センスは3つの属性魔法をいとも簡単に発動する。
それも全てにおいて最も適性である魔法を発動したような威力であった。
ラウラの目の前で、愛弟子であるリーリャの複数属性魔法使用者の才能がとうとう開花しつつあるのだ。
本来ならこれは喜ばしい事である。
リーリャを育てのは自分であるという自負がラウラにはあったからだ。
しかし今のラウラの気持ちは複雑であった。
続いてリーリャの魔法発動は更に難易度の高い物に変わって行く。
言霊を短縮しての詠唱時間を短くした魔法発動に挑戦するのだ。
「ビナー・ゲブラー・ルーヒエル・メム・マルクト・カフ」
「ビナー・ゲブラー・ウーリエル・メム・マルクト・カフ」
「ビナー・ゲブラー・サーキエール・メム・マルクト・カフ」
言霊を一気に短縮したリーリャであったが、またもや3つの属性の魔法を最初の詠唱であっけなく発動してしまう。
なおも詠唱短縮で魔法の発動訓練を続けようとするリーリャにモーラルが手を挙げてストップを掛けた。
「リーリャ、よくやったわ。旦那様のこの異界で魔力枯渇は起さないだろうけど……ちょっと、ひと休みしなさい」
「はい!」
モーラルの指示を聞いて素直に引き下がったリーリャは、ラウラの座っていた場所に来ると、にこっと笑って傍らに腰を下ろした。
どうやらまだまだ余裕がありそうで、発動を止められなければ一気に無詠唱発動まで行けたという雰囲気だ。
いつもなら直ぐにリーリャを労るラウラだが、その言葉が出て来ない。
リーリャが何か言っている。
しかしラウラには何を言っているか良く聞き取れない。
それだけラウラは動揺していていつものラウラではなかったのだ。
モーラルの声が響いてラウラは漸く我に返る。
「ラウラさん! 次は貴女よ」
「は!?」
どうやらモーラルは自分を訓練に来いと、呼んでいるようだ。
状況を理解したラウラはごくりと唾を飲み込んだ。
傍らのリーリャもラウラへ早く行くように促した。
「ラウラ! モーラル姉が呼んでいるわ」
「は、はい!」
ラウラは主であるリーリャに一礼すると慌ててモーラルの下に向う。
「お、お待たせしました!」
ラウラが遅れた事を詫びると、様子を見ていたらしいモーラルが彼女に問い質した。
「どうしたのです? ラウラさん……集中力を欠いて更に動揺していたようですが」
「…………」
ラウラの複雑な思い……それはルウや目の前のモーラルはともかく、ルウの他の妻達へ対する劣等感である。
魔法発展国のロドニアでは稀有な魔法の使い手として幼い頃から頭角を現したラウラ。
自分が土属性と風属性という複数属性魔法使用者の才能を持つと知ってからは尚更であった。
約10年もの間、ロドニア国内各地に赴き、魔法の研鑽を積み、一気に『王宮魔法使い』という頂点へと駆け上がったのである。
リーリャの父であるロドニア国王ボリス・アレフィエフから命じられて、ヴァレンタイン攻略の先兵としてリーリャ留学の同行を命じられた時には任務の苛酷さを忘れるほど、喜びを感じた。
本場の魔法をとうとう学ぶ事が出来ると!
しかしラウラはそれでもある程度の自信があった。
自分の才能を信じていたラウラはヴァレンタインにおいても周囲から一目置かれながら、魔法を学ぶイメージしか持ち合わせていなかったのである。
リーリャの担任であるルウ・ブランデルという魔法使いの存在を初めて聞いた時もその思いは変わらなかった。
人間は目で見て認めたものしか信じない傾向があるからだ。
しかし、そのイメージはルウの存在という現実の前に粉微塵に打ち砕かれた。
世界にこのような桁違いの魔法使いが居るのか!?
これではリーリャ様が心酔するのも無理はない。
更に自分の弟子の筈であったリーリャは魔法女子学園での教師と生徒という関係に留まらず、妻の座と弟子の身分をルウに求めたのである。
命を助けて貰ったというリーリャが『王子様』として妻の座を望んだのはある意味割り切れた。
しかしリーリャが『魔法の師』までをルウに求めた時には、彼の魔法の実力を認めながらも一抹の寂しさを感じたのである。
だが、ラウラは割り切り、最終的には自らもルウの弟子になった。
それはやはり自分の魔法使いとしての才能と未来を信じていたからなのだ。
だが現在の自分は……
リーリャを筆頭にして自分達より遥かに若い魔法使い達に囲まれて修行をする日々。
それも彼女達の才能を見せ付けられて完全に萎縮してしまっているのだ。
こうなるとラウラは自問自答する。
今迄の自分の人生とは何であったのだろうかと……
そんな事をまた考えているとラウラに対してモーラルの指導が下された。
「さあ、リーリャと同じ様に魔法式の岩弾から行きましょうか? 貴女なら即詠唱短縮の訓練から行けますよね?」
「…………」
「どうしました? 先程から意欲も減退しているようですが?」
「…………」
「少し……話しましょうか?」
無言になったラウラを見て何かあると思ったのであろう。
モーラルはラウラへ、その場に座るように促すと、自分も座って笑顔を見せた。
すぐ座ろうとしなかったラウラも何度か促されると漸く座る。
「悩んでいるようですね?」
「…………は・い」
小さく返事をしたラウラはぽつぽつと話し始めた。
「私は魔法使いとしての才能の限界を感じております……それは今や絶望といっても良いくらいです」
はぁ、と溜息を吐いたラウラは遠い目をしている。
「私は簡単にリーリャ様に追い越されました。ルウ様や貴女は最初から規格外ですが、フランや奥様方も素晴らしい才能を持っています。それに引き換え私は凡才……年齢も年齢ですし、もう生きて行く意味も気力もないのです」
ラウラの告白をじっと聞いていたモーラルはふっと微笑んだ。
「それが……何なのです?」
真剣に悩んでいる自分に対してモーラルはそんな事か?と言わんばかりの態度である。
「は!? 何なの……とは?」
思わず聞き返すラウラに、モーラルは笑顔のまま事も無げに言い放ったのだ。
「才能のあるなし……それだけで世を儚むとは……貴女の気持ちは分らないでもないですが、余りにも軽々しいですよ」
「か、か、軽々しい!? 私は、私は魔法に人生を奉げて来たのです。それを軽々しいとは……いくらモーラルさんといえども言い過ぎですよ! 謝罪してください!」
激高するラウラ。
そんな彼女にモーラルは笑顔を崩さない。
「うふふ、……生きる気力……あるじゃあないですか? 私に食って掛かるくらいだから」
「あ、ああ……」
モーラルはそう言うと呆気に取られるラウラを見て、寂しく微笑んだのであった。
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