第490話 「ステファニーの開眼」
魔法女子学園キャンパス、金曜日午後12時30分少し前……
ルウからクロティルド・ボードリエの研究室を退出するように言われた傷心のステファニー・ブレヴァルはキャンパスをおぼつかない足取りで歩いていた。
尻の痛みは勿論、身体の倦怠感も消えていたステファニーであったが、それ以上にルウと話をしたい気持ちが止められて元気を失くしていたのである。
もう少しルウと話せれば、とステファニーは思った。
今迄自分が考えていた人生観が変わるような予感がしていたのだ。
彼女はそれが残念でならなかったのである。
「あ?」
ふと前方を見ると彼女の方に向って歩いて来る生徒が2人居た。
ステファニーはそのうちの1人に見覚えがあった。
2年A組学級委員長のマノン・カルリエである。
同じ学級委員長同士という事でマノンとは数回話した事があるステファニー。
ただカルリエ伯爵の令嬢であるマノンは2年A組というトップクラスの委員長だけあってプライドが高く話し難かったのを覚えている。
しかし今のステファニーは却ってB組ではない生徒と話をしたかったのだ。
特にルウ・ブランデルという教師についてである。
近付いて来たマノンにステファニーは思い切って声を掛けた。
「ごきげんよう、カルリエさん!」
「あら、ごきげんよう、ブレヴァルさん。ご無沙汰していますが、お元気ですか?」
ステファニーの挨拶にマノンは意外にもにこやかな笑顔で挨拶する。
「ええ、何とか……」
元気かと、聞かれて口篭るステファニーを見てポレットも挨拶をする。
「ごきげんよう、ブレヴァルさん。ポレット・ビュケです」
「ごきげんよう、ビュケさん」
一般的な挨拶を交わした後、ステファニーは話をしたいと切り出した。
しかし元々、親しくないマノンの返事はにべも無かった。
「申し訳ありませんが、私は、ポレットさんと大事な話があります。またの機会に……」
やっぱり……駄目か……
ステファニーはがくりと力が抜けた。
その脇をマノン達が通り過ぎようとした時であった。
「はぁ……ルウ先生」
ステファニーが思わず洩らした溜息と呟きをマノンが聞きつけたのだ。
「待って! ブレヴァルさん、今のは何!?」
「え!? な、何でもありませんわ」
「いいえ! 確かにルウ先生と呟きましたわ! で、あれば貴女のお話、聞いてあげても宜しくてよ」
「え、本当ですか?」
「構いません! もしかしたら貴女もルウ先生の事で悩んでいるのでしょうか?」
「貴女も、って!? カルリエさんも……ですか?」
「はい、そうです! 私も彼女もです」
マノンの言葉を聞いてポレットも肯定するという様にぺこりと頭を下げた。
それを見たステファニーは再度、疑心暗鬼に陥っている。
彼女達も悩んでいる!?
それってまさか!
ステファニーはマノンに促されながら人気の無いキャンパスの奥に向ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そ、それでは噂は全くの出鱈目なのでしょうか!?」
「馬鹿な事を仰らないで!」「そうですよ!」
驚くステファニーを尻目にマノンとポレットの怒りは凄まじい。
ルウが教師や生徒に色目を使っているという噂を知っているかと聞いただけなのにだ。
更にマノンとポレットは、ルウと全く同じ反応をしたのである。
「そんな酷い噂を撒き散らしている方がこの学園に居るとすれば即刻退学にすべきです。腐った果実は他の果実を駄目にします。名前を仰って下さい。絶対に糾弾します!」
「そうです! ルウ先生が誤解されたら一体どう責任を取るのですか、ブレヴァルさん!」
2人の剣幕にステファニーは震え上がった。
「私がしっかりと対処します! 大丈夫です!」
ステファニーの懸命な言葉を聞き入れたマノンとポレットはやっと怒りを鎮めて行く。
「本当ですね、約束ですよ!」
「絶対ですからね!」
『事件』の処理をしっかりと約束させられたステファニーはふうと、溜息を吐いた。
――5分後
漸く怒りの収まったマノンがステファニーに問う。
「ブレヴァルさんは次の時間、授業は入っているのですか?」
幸いステファニーには時間があった。
「いいえ、自習扱いで出入り自由なので大丈夫です。それから、私の事は宜しければステファニーと呼んで下さります?」
「私達も同じです。じゃあじっくりお話しましょうか。それに貴女と同じに私の呼び方もファーストネームのマノンで呼んで下さって結構ですわ」
「私の事もポレットと呼んで下さい」
「ありがとうございます! 宜しくお願いします、マノンさん、ポレットさん」
こうして3人の話合いが始まった。
まずステファニーに対してマノンとポレットがルウに対してどのような思いを持っているかが話されたのである。
2人とも魔法習得におけるルウの親身な対応をきっかけに人生を見詰めなおしたという。
その上で新たな目標が見付かり、毎日が充実していると強調するのだ。
ただひとつの願いを除いては……
マノンとポレットはステファニーにはっきりと宣言した。
「私は自分を磨き、輝かせた後に必ず大好きなルウ先生と結婚致します。その目標を達成させる為の努力が今の私の励みとなっているのです」
「マノンさんに言われて気付きました! 私もルウ先生とはずっとお付き合いをして行きたい。錬金術師になるだけではなく!」
マノンはポレットの言葉に頷くと、ルウを知るきっかけとなった、とある事件の事を話したのである。
「あの時私は2年A組の偽りの尊厳を守ろうとして自分自身の人間の尊厳を失う所でした。それをルウ先生が肉体の痛みと共に救って下さったのです。今でも思い出すと感謝と共にルウ先生に出会えた嬉しさでゾクゾクしますわ」
※第161話~第163話参照
「御免なさい、マノンさん!」
マノンの告白を聞いてポレットが深く頭を下げた。
「あの時私も面白がって煽りました。マノンさんには大変申し訳ない事をしました」
「いえ、良いのです! 結果良しですわ!」
気にしない、と微笑むマノンの顔は慈愛に溢れている。
そんなマノンの表情を見て改めて彼女は変わったと、ポレットもステファニーも感じたのだ。
そんな2人にステファニーも先程の出来事を話す。
当然、ルウにお尻を叩かれた事は伏せられていた。
「私はブレヴァル家に生まれ、防御魔法を学ぶ事に徹していれば、良いと考えていました。だけどあの方は私が今迄に見た事も無い素晴らしい治癒魔法を目の前で使い、私に衝撃を与えました」
ステファニーの告白をマノンとポレットは黙って聞いている。
彼女達もブレヴァル家が特別な家柄だと分っているのだ。
「私は家から離れて様々な魔法を学ぶべきだとアドバイスされました。1人の素質あるステファニーとして魔法を学べと!」
「羨ましい! そして素晴らしいですわ、ステファニーさん! 貴女はルウ先生にもっと大きな可能性を示唆されたのです」
マノンが目をきらきらさせながら見詰めている。
祝辞に嫉妬の感情が僅かに混ざった微妙な口調だ。
「ステファニーさん! 貴女もルウ先生に魂の窓を開けて頂いた魔法使いの1人となったのです。後は行動あるのみです!」
マノンの力強い言葉を聞きながら、ステファニーも大きく頷いていたのであった。
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