第487話 「ステファニー・ブレヴァルの横槍①」
魔法女子学園実習棟クロティルド・ボードリエ研究室、金曜日午後12時過ぎ……
とんとんとん!
リズミカルなノックの音が鳴り響く。
「はい?」
「クロティルド先生、ルウ・ブランデルだ。2年C組のモニク・アゼマも一緒だ」
今日はモニクの専門科目変更の相談をする為に、ルウが付き添いでクロティルドの下を訪れている。
前もって話を通しておいた時にはクロティルドが好意的な対応をしてくれたので問題は無い筈であった。
「ああ、どうぞ。入って下さい」
クロティルドが入室を許可したのでルウが研究室のドアを開けると、中にはクロティルドの他に1人の生徒が肘掛つき長椅子に座っている。
その表情はとても不機嫌そうだ。
ルウは彼女の顔には見覚えがあった。
「確か……」
「はい! ステファニー・ブレヴァルです」
王国の重責を担う神務省担当大臣であり、枢機卿アンドレ・ブレヴァルの孫娘ステファニー。
2年B組の学級委員長であり、当然成績も優秀である。
しかしこの時間はモニクの為にクロティルドから時間を貰っている。
何故、ステファニーが同席するのかは謎であった。
ルウは訝しげな表情で問う。
「クロティルド先生」
「は、はい……」
「モニクのクラス編入の話をしに来たのだが……どうして彼女が居る?」
「そ、それは……」
いつもは歯切れの良いクロティルドの話し方が違うのだ。
やけにバツが悪そうに口篭り、ルウの顔もまともに見れないようである。
そんなクロティルドを差し置いてステファニーが身を乗り出した。
「クロティルド先生! それは私から説明させて頂きます」
「ス、ステファニーさん!」
しかしルウはステファニーを無視して着席の許可を求める。
「とりあえず座って良いですか? クロティルド先生」
「は、はい!」
クロティルドが口篭りながら返事をしたので、ルウはモニクの手を取って肘掛付き長椅子に座らせてやり、自分も座った。
その様子を苦々しく見るステファニー。
どうやら何か言いたそうである。
ルウは構わずクロティルドの研究室に訪問した用件を切り出した。
「本日の伺った件だが、以前話した通り、彼女――モニク・アゼマの専門科目変更及び編入に関しての相談だ」
ルウの言葉に過剰に反応するステファニーは無理矢理会話に割り込もうとする。
「ちょっと待って下さい! それは魔法防御術B組に編入という事でしょうか?」
今回の件では部外者である筈のステファニーが口を挟んだ事に対してルウは冷たく言い放つ。
「ステファニー……俺は今、お前とは話していないが……その通りだ」
「お、お前ですって!? 私の事をお前ですって!? 何と! 何という言葉遣いでしょう!」
ステファニーは会話に割り込んだ事など棚に上げ、自分に対するルウの呼び方に納得が出来ない様子で拳を握り締める。
「やはり生徒が生徒なら、先生も先生です。魔法防御術は数多ある魔法の中でも最も崇高なものです」
憤るステファニーだが、何か自分の世界に入っている感が無くもない。
ルウは苦笑いしながらも調子を合わせた。
「だから?」
「だから、ですって!? 昔から健全なる魔力は健全なる肉体に宿るというではありませんか!」
「ははっ、良い事を言う。確かにその通りだな」
「認めましたね! ではモニクさんは魔法防御術の授業を受けるのに相応しくないと言えるでしょう?」
いきなり飛躍するステファニーの論理にルウは首を傾げる。
「何故そうなる? 俺には分らないな」
「では分るように私が説明して差し上げましょう」
ステファニーはふんと鼻を鳴らすとルウとモニクを睨みつけた。
「先程も申しました通り、魔法防御術は全ての魔法の中でも創世神様に通ずる最も偉大で崇高なものです。ちなみに健全な精神とは清く正しく美しい精神であり、健気で一途なものだと言えるでしょう」
ステファニーは相変わらず自論を展開すると今度はモニクを指差した。
「ですから、興味本位でころころと志望科目を変える人を私は認めません。現に私は志望科目は魔法防御術1本です。ちなみにA組、B組両方選択していますからね」
同じ科目を2クラス選択?
そのような事が許されるのだろうか?
ルウは不思議に思ってクロティルドに聞いてみた。
「……クロティルド先生」
「は、はい……」
「ステファニーが魔法防御術を両クラス選択しているというのは本当なのか? 同じ科目じゃあ卒業に必要な単位が取れないのでは?」
「え、ええ……普通はそうなのですが。……彼女はブレヴァル家の方針で……理事長もOKした、いわば特例なのです」
「ほう! そうなんだ……それは凄いね」
どうやらステファニーの場合は家訓の為なのか、魔法防御術のスキルを限り無く高める目的から特例を認められているようだ。
ルウ達の会話を聞いていたステファニーは勝ち誇ったように言う。
「今、ボードリエ先生から聞いたから理解出来るでしょう? 我がブレヴァル家の者として申し入れをさせて頂きます。モニク・アゼマさん、貴女は不真面目です。魔法防御術のクラス編入の希望を取り下げて下さいます?」
ガンガン来るステファニーにたじたじのモニク。
彼女は確固たる意思の元に魔法防御術を選択しなかったという弱みもあり、ステファニーと視線を合わせる事が出来ずに思わず項垂れてしまう。
そんなモニクに止めを刺すようにステファニーは恍惚の表情で言い放つ。
「回復魔法を行使し、癒すという事は崇高で美しい行為なのですからね。ほほほほほ」
しかしステファニーに対してルウが『待った』を掛けた。
「おい! ちょっと待てよ。クロティルド先生ならともかく、単なる1人の生徒に過ぎないお前が決める事ではないぞ」
「単なる1人の生徒? ななな、何という事を! 私は名門ブレヴァル家の者ですよ!」
「それがどうした? それはたまたま生まれついた家がそうだっただけだ。お前が他人の生き方を指図する理由になどならない」
ルウはステファニーの『勘違い』を指摘したが、全く届かないようだ。
「無礼な! そのような戯言はヴァレンタイン王国創立以来、何度も枢機卿を務めて来た名門ブレヴァル家を侮辱する言葉です」
「分らない奴だな。ブレヴァル家自体と、お前が他人の人生を決める事は全く無関係だと言っているのだ」
なおも諭そうとするルウに対して今度はステファニーが矛先をルウに変える。
「だ、黙れ! 無礼者! そもそも貴方という男は教職の身でありながら学園の風紀を乱す『痴れ者』です! 私はいずれ機を見て絶対に処罰しようと考えていたのですよ」
「痴れ者? ははっ、こいつは参ったな」
『痴れ者』と呼ばれ苦笑するルウであったが、さすがにここまで来るとクロティルドもステファニーに注意した。
「ステファニーさん、ルウ先生に失礼でしょう、謝罪しなさい!」
「何がです! この男はフランシスカ校長を妻にしながら色々な先生や生徒に色目を使いまくっているわ。現にボードリエ先生! 貴女やコレット先生にも色目を使ってこの学園の風紀を乱し、まさに魔法女子学園は今や『背徳の園』と化しているでしょう!」
「ははっ、『背徳の園』って……この子は一体どういう育ち方をしたのか? 少々理解に苦しむが……ちょっと『お仕置き』をしないとな」
ルウはそう言うとパチンと指を鳴らす。
その瞬間であった。
毒舌のオンパレードであったステファニーの口から言葉が一切消えたのだ。
ルウが沈黙の魔法を発動させたのである。
青くなりながら必死で何かを言おうとするステファニーだが口がぱくぱくとしか動かない。
ルウはステファニーを見据えるとずいっと一歩を踏み出したのであった。
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