第486話 「2年C組の変貌」
魔法女子学園本校舎2年C組教室、金曜日午前9時……
「起立! 礼!」
学級委員長エステル・ルジュヌの凜とした声が響き、生徒達全員がすっくと立ち上がって礼をする。
それを受けてルウとフランも礼をしたのを確認してもう1回、エステルの声が響いた。
「着席!」
その声を待って起立していた生徒達全員が座る。
今迄何回ともなく繰り返されてきたホームルームの光景だ。
但し、本日は上期最後のホームルームという事で若干、いつもとは雰囲気が違っている。
それはこれまで行って来た毎日の学業から解放される少しばかりの喜びと、夏季休暇への期待が膨らむ生徒達の表情に他ならない。
「では上期最後のホームルームを始めます」
今度は担任のフランの声が響いた。
「まずは日程の連絡です。明日明後日の土日を挟んで7月10日の月曜日、午前中に上期の終業式式典を行い、上期は正式に終了となります。午後からは皆さん、お待ちかねの夏季休暇のスタートです」
その瞬間、生徒達からは「わあ!」と喚声が上がる。
ぱんぱんぱん!
すかさずフランが軽く手を叩いた。
「うふふ、気持ちは分るけど話は未だ続くわよ」
ここで生徒達はどっと笑うが、大人しくフランの言う通りに静かになる。
「皆さんが、これもお待ちかねの下期は9月10日から始まります。忘れないように! ちなみに9月10日は下期始業式式典を行った後は通常通りの授業が始まります」
フランはこういうと苦笑いする生徒達を見渡した。
誰もが楽しみにしている休暇が終わる事など、今から考えたくないのだ。
「そういうわけで本日は未だ上期に行われた試験をクリアして単位取得されていない方の最後のチャンスです。特例等の救済措置はありますが、気持ち良く夏季休暇を迎える為に頑張って下さい」
フランの言う通り、本日が上期期末試験、実技では属性魔法の攻撃及び防御の実施、召喚魔法の発動の上期最後の機会である。
該当する生徒達の顔が引き締まった。
「次に夏期講習についてですが、これはルウ先生から説明して貰いましょう」
フランに促されてルウが説明を始める。
「夏期講習の対象科目は専門科目となる。俺の担当で言えば、魔法攻撃術、上級召喚術、魔道具研究だ」
生徒達はひと言も喋らずにルウの話に聞き入っていた。
「まず言っておくが、この授業は任意の授業だ。参加しなくても下期から開始される本来の授業には支障は無い」
では授業を受ければどのようなメリットがあるのだろう?
そんな生徒達の視線を受けながらルウは説明を続けた。
「まず時期だが8月の中旬を予定している。そして肝心の内容だが皆は各専門クラスの担当から課題を出されていると思う……9月の授業開始の際までにやっておいて欲しい課題だ」
ルウの言葉を聞いた生徒達は納得したように頷いた。
彼を含めて専門科目の担当は各自が課題を出している。
狙いは基礎的な知識を学び、自力で取得出来るスキルの目標を設定する事で生徒達の「やる気」を測る事であった。
「夏期講習はこの課題を円滑に行えるようにフォローするのが趣旨だ」
こうした教師達、いや学園の真意を汲み取れるかもが評価の対象になっている事を敏感に察知する生徒も居る。
そうした生徒達は総じて成績も良かった。
想像力を働かせ、先んじて理解する事は魔法だけではなく、様々な事象において重要なのだ。
「この魔法女子学園の施設だが、図書室はずっと使用可能だし、図書室の自習室に入りきれない場合の事も考えて、学年ごとの自習室は用意してある。だから夏季休暇中も知識取得の勉強は可能だ」
ここでオレリーが手を挙げた。
「質問です、ルウ先生!」
「おう、何だ? オレリー」
オレリーは起立するとルウに微笑みながら問う。
「知識修得の勉強は可能だと理解しましたが、肝心の発動訓練に関しては如何でしょう?」
これも生徒から出て来る想定の範囲内の質問なのでルウは躊躇無くオレリーに答えた。
「7月に1週間、8月は夏期講習と同じ日程の1週間、学園の施設、つまり屋内外競技場と祭儀教室等を使用しての発動訓練を予定している。これらは全て教師や学園のスタッフ立会いが原則だ。まあ危険回避の為だな。ちなみに日程は夏期講習共々、上期終業式の直後に発表となる」
「ありがとうございます! 頑張らなくちゃ!」
「あと付け加えておこう、大事な内容だ」
ルウが真面目な表情で言うので生徒達は皆、何事かと聞き耳をたてる。
「本校舎地下の学生食堂も夏季休暇中はずっと営業している。食事の心配は全くしなくて大丈夫だ」
ルウが片目を瞑って笑ったので、生徒達も釣られて大笑いした。
「うふふ、ルウ先生、お疲れ様! では次の連絡事項です。これも大事ですよ!」
フランが強調するので生徒達も先程同様、真剣に聞く態勢に入る。
「夏期講習中及び不定期に我がヴァレンタイン魔法女子学園出身のold girls※による講演会や座談会を行います」
※old girlsとは卒業生や部活動の引退者であり、巷で使われる表現で言うとOGの事である。
生徒達は「へぇ」という反応をし、興味を示していた。
「こちらの実施の趣旨ですが、社会人として既に活躍されている先輩方の話をお聞きする事で皆さんの将来の参考に役立てて欲しいという学園の支援のひとつです。職業等の現実や内情等が分ってより具体的に将来を考えられるでしょう」
確かに現在自分の希望する職業に就いている先輩の話を聞けばとても参考になるであろう。
納得して頷いている生徒達が何人も居た。
ルウはアドリーヌの大学時代の友人であるイザベル達の事を思い浮かべる。
職場の守秘義務等で全ての内情は言えないとしても差し支えない範囲内で彼女達に現実や職業意識等を話して貰えば生徒達は喜ぶ筈だし、王国の規則で彼女達も堂々と有給休暇の申請が出来るそうなので基本的には歓迎されそうだ。
「最後にもうひとつ、これは本来3年生が対象ですが、2年生の貴女達が参加しても問題ありません。ヴァレンタイン魔法大学のオープンキャンパスです」
これは魔法大学が主催する進学イベントである。
大学のキャンパス内の施設・設備を開放しての学校の紹介を行うのは勿論、関係者の講演や説明会など様々な手法で入学希望者に理解を促すものなのだ。
ちなみに魔法女子学園でも行っており、既にルウ達職員には日程が通知されている。
「大学かぁ……」「未だ先よね!」「卒業したくないなぁ!」
生徒達からは名残惜しそうな声が続出した。
それを聞いたフランは昨年の今頃とは雲泥の差だと遠い目をする。
生徒達、全員が好き勝手な会話をしてクラスもバラバラだったからだ。
それが今や!
皆が仲間意識を持ち、このクラスから離れたくない事が魔力波で伝わってくるのである。
フランは思わず嬉しくなって傍らのルウを見た。
ルウもフランがそのような思いでいた事を分っていたようである。
フランの視線を受け止めるとにっこりと笑ったのであった。
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