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第485話 「ルウと宰相フィリップ③」

「ルウよ、私の権限で君の希望を叶えよう。アデライド姉様や君の妻であるフランちゃんと相談しながら進めてくれ」


 そう言うと宰相フィリップ・ヴァレンタインは、にっこりと微笑んだ。

 これでルウはロドニア王国における魔法学校創設の交渉担当として権限を持たされた事になる。


「元々、ヴァレンタイン王国は君に多大な借りがある。その上で君の希望と言いつつも実質的には我が国の為にきっちりと働いて貰う事になるのは、はっきり言って心苦しいのだ」


 フィリップはいかにも済まなそうに言うが、ルウは穏やかな表情のままだ。


「ははっ、大丈夫です。それに俺は殿下に貸しだ、なんて全然思っていやしませんよ」


 ルウの言葉を聞いたフィリップはゆっくりと首を横に振った。


「普通の男であればこのような任務にはきちっと見返りを求めるものだよ。名誉か金か、または女か? 本当に君は無欲だよ」


 肩を竦めたフィリップが今度は悪戯っぽく笑う。


「……まあ良いだろう。ところで私からもお願いがある」


 フィリップからの願いとは何であろう?

 ルウは思わず聞き直した。


「殿下から……お願い……ですか?」


「そう、お願いだ。エドモン様からは君との『付き合い』の事は色々と聞いているぞ」


「ああ、爺ちゃんとの事……ですか? ……成る程」


 ルウはフィリップの前振りを聞いてピンと来たようだ。

 片やフィリップはエドモンをルウが気軽に呼んだ事に対して苦笑いする。


「ははは、爺ちゃん……か。兄や私でさえ彼の事をそのように親しげに呼んだ事はない。簡単に気安くさせない雰囲気があの方にはあるからな。それをだ、何という事かエドモン様からぜひそう呼ぶようにと言わせるとはな。……君はどこまで規格外なんだと思うよ」


「それは……どうも」


 規格外と呼ばれたルウであるが、彼からすればどこが規格外なのかは実感が無い。

 少なくともエドモンに対しては師のシュルヴェステル・エイルトヴァーラに対して持つ気持ちと殆ど変わらないのだ。

 穏やかな表情のルウに対してフィリップは大胆な提案をする。


「だから私もエドモン様に倣おう。私の事はフィルと呼んで欲しい」


「フィル……ですか?」


「ああ、フィルだ。周囲が何と言おうと私が許す。君から見れば私はだいぶ年上だが、エドモン様よりは全然世代が近い……話は彼よりも合う筈だ」


 確かに老齢のエドモンよりフィリップはずっと若い。

 話も合うかもしれないが、仮にそんな事を言ったらエドモンは頭から湯気を出して怒るに決まっている。

 そのような事を思い浮かべてフィリップはつい笑ってしまう。


 ルウもそんなフィリップに釣られて笑う。

 にこやかなルウを見てフィリップははたと手を叩いた。

 彼はルウの事で何かを思い出したようである。


「聞けばカルパンティエ公爵の子息ジェロームの事も呼び捨てだそうだな。それも彼がそう呼べと君に強要したそうじゃないか」


「…………」


「私はジェロームとも親しくしているのさ。聞けば義弟おとうとと言うより彼は君と親友になりたいそうだぞ」


 確かにジェロームはもう自分を『兄』とは呼ぶなと強調している。

 妹の夫としてだけではなく、『男』としてルウの事をしっかりと認めた上で、畏敬の念まで持っているのだ。


 フィリップはルウの事をジェロームほど見込んだわけではないが、一目置いた事は間違いが無い。

 だが、いきなり愛称で呼べというフィリップの要望にはさすがのルウも苦笑した。


「ははっ、参りましたね。ただ折角のご好意ですが衆人環視しゅうじんかんしの中では遠慮させて貰いますよ。このように2人きりの時か、親しい方々のみの時、限定という事で……」


 ルウの限定使用の提案をフィリップはあっさりと承諾した。

 普通に考えたら、謁見の最中にルウが愛称でフィリップを呼んだりしたら王宮が大騒ぎになる事間違い無しである。

 フィリップはそんな茶目っ気も持ち合わせているのだ。


「ははは、まあ良いだろう。それに我々は『甘党』繋がりだしな」


「確かにそうですね」


 フィリップは面白そうに親指を立て、ルウもそれに倣ったのである。


 ――それから数時間、ルウとフィリップは色々な事を語り合った。

 フィリップがふと魔導時計を見ると既に日付が変わっている。


「おお、いかん! もう日にちが変わってしまった。今日も朝早くから執務があるというのに……ルウ、君も仕事で朝が早いだろう」


「その通りですよ、フィル。では俺はそろそろ退散します。また来る時は手土産を持って来ますよ」


 手土産と聞いてフィリップの目は輝いた。


「頼むぞ! あの金糸雀キャネーリの焼き菓子を食べるとリゼットの事を思い出して元気が出るのだ」


 今迄は亡き妻の事を思い出すと悲しみに沈んでいたフィリップ。

 しかし呼び起こされた懐かしい味の記憶が亡き妻からの声援となり、彼を奮い立たせたようだ。


「そうだ……フィル、ひとつだけ……言わせて下さい」


 別れ際のルウが急に真面目な顔に変わったのでフィリップも表情を引き締める。


「どうした?」


「いや、これはエドモン様にも伝えてありますが……この大陸の治安は今、急速に悪くなっている事をご存知ですか?」


「ああ、確かに君の言う通り、各地で魔物が異常発生し、民は日々の生活を乱され難儀していると聞く……それに対して我が王国の対応は充分とは言えないのを申し訳なく思う」


 フィリップはルウが言った状況を内務省特務隊からの報告で知っている。

 だが資金難や人手不足から地方には充分な救いの手を差し伸べていないのが現状だ。

 眉間に皺を寄せるフィリップを見詰めながらルウは言葉を続ける。


「神と使徒、人間全てを憎悪する悪魔族の出現、そして彼等悪魔を使って大陸を支配しようと暗躍するアッピニアン、10年前に大破壊の片棒を担いだ邪竜の復活等、……あげればきりがない……彼等が大破壊のような怖ろしい災いをいつ引き起こしても不思議では無いのです」


「ふうむ……いずれも並の人間の力で抗うには厳しい存在だ」


 ルウがあげる敵の事を聞いて腕組みをして考え込むフィリップ。


「ヴァレンタインの民もロドニアの民も……いやこの大陸の民はそれぞれの役割を全うし、一致団結しなくてはならないのです。この危機を乗り切る為にね。 ……その民を守り、導くのがフィルの役目ではないでしょうか?」 


 そんなルウの言葉を聞いたフィリップは微笑する。

 フィリップがこの役割を果すべく邁進している事をルウが知らないわけはない。

 それを敢えて言うのはフィリップを鼓舞し励ます為であると見抜いたのだ。


「フィルが信念を持って導けば俺達はついて行きますよ」


 嬉しい事を言ってくれる、とフィリップは微笑む。


 こうやって自分をしっかりと理解してくれて盛り立てる人間がどれだけ王宮に居るのであろうか?

 フィリップは心の底からそう思う。


「ルウ、君とアデライド姉さんが『こちら側の人間』だったらなあと改めて思ったよ」


「ははっ、フィル。アデライド母さんは貴方に言ったでしょう? 『外野』からは、いかようにも言えると」


 笑いながら言うルウにフィリップは首をゆっくりと横に振った。

 今のフィリップにはルウが今夜来てくれた事への感謝の気持ちしかない。


「俺も魔法使いであり、アデライド母さんと一緒の教師です。魔法を極め、使いこなせる人材を1人でも多く育てる事が国益になると考えて今迄通り頑張りますよ」


 ルウは自分の役割を全うすると言うが、フィリップが信念を持ち、正しい道を歩んでいけば、いざとなった時にアデライド同様必ず協力してくれるであろう。

 そんな確信がフィリップにはある。

 

 フィリップは再度親愛の情を込めてルウに握手を求めたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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