第474話 「セリアの職人魂①」
菓子店金糸雀を出たルウとセリア・ビゴーはキングスレー商会に向っている。
「お腹一杯! ごちそうさまでした、ルウ先生。本当に美味しかったです」
セリアが食事の礼を言うとルウが軽く首を横に振った。
まるで今迄の事は前哨戦に過ぎないという雰囲気だ。
「そうか、じゃあお前に喜んで貰えた所でここからが本番になる」
「本番?」
「ああ、本番だ。セリアに一流の人や製作物を見て貰う。プロの魔道具製作者になる為にそれらを自分の今後の糧とするんだ」
ルウが立てた今日の予定であるが、時間的な関係で最初に食事を済ませておいて、これからいくつかの店にセリアを連れて行くようだ。
恩師であるルウの言う一流って一体誰で、相手の何を見るのだろう?
セリアは思わず聞いてしまう。
「一流? 自分の今後の糧?」
「まあ良い。実際に人に会って、物を見れば分るさ」
2人はやがてキングスレー商会の前に着いた。
出迎えに来たスタッフに来訪を告げたルウは支店長のマルコ・フォンティへの接見を申し込んだ。
商会の入り口から中に入るとセリアは物珍しそうに辺りを見回す。
ルウが聞くとセリアはこういった商会へ来た事はないという。
「買い物は一応ビゴー男爵家の出入り商人からしていますから……学園内の購買とそれ以外で買った事はないのです」
ルウは「成る程」と頷くとここに来たのは勉強の為と念を押した。
既に『授業』は始まっているのである。
「今日は買い物をしないが、色々と話して、見るだけでとても勉強になるぞ」
ルウがそう言った瞬間であった。
支店長のマルコが登場する。
「おお、ようこそいらっしゃいました。ルウ様、そのお嬢様は? 教え子の方ですか?」
「いいえ! 未来の妻です。 一応、自分勝手に決めた予定なのですけど」
きっぱりと言うセリアの様子を見たマルコは素知らぬ顔をしながら「またか!」という気持ちになった。
毎度の事ながらルウと一緒に来る女性は殆ど彼にベタ惚れしている場合が多い。
ルウはそんな気持ちを察したのか、苦笑いしながらマルコに伝える。
「とりあえず聞き流してくれ。それよりオルヴォとエルダが居るなら頼みがあるんだ」
「2人とも居りますよ。直ぐ呼びましょう」
「ああ、出来れば2人の作った作品と言うか、商品があれば一緒に持って来て欲しい」
「かしこまりました」
ルウとセリアは奥のVIPルームに通される。
他の客と顔を合わせずに済むのでルウ達にはありがたかった。
暫く経ってドヴェルグの武器防具職人のオルヴォ・ギルデンと仕立て職人のエルダ・カファロがやって来た。
「いよぉ! ルウ、元気か? 『あれ』はばっちりか?」
「ああ、オルヴォ。『あれ』はばっちりさ」
あれとは以前オルヴォが誂えたルウとフランの為の『真竜王』の鎧である。
そしてルウの衣服を作ってくれたエルダも悪戯っぽく笑顔を見せた。
彼女にはつい先日、ジョゼフィーヌへのプレゼントの件で面倒を見て貰った経緯がある。
「うふふ、ルウ様。先日はどうも」
「ははっ! 色々と世話になったな、エルダ」
現れたごついドヴェルグとたおやかな美人に圧倒されたセリアはついルウの背後に隠れてしまう。
「はっははは! 可愛い嬢ちゃんだ。ルウ、この子をどうして連れて来たんだ?」
「ああ、オルヴォ。このハンカチを良く見てくれないか? エルダもだ」
「ああ、私の作ったハンカチ……」
「ほう!」「あら!」
ルウの手の中にある可愛いハンカチを見て2人は驚きの声をあげる。
頷いたルウはそのままオルヴォへハンカチを渡した。
オルヴォは鋭い目付きでハンカチを色々な角度から見た後、エルダに渡したのである。
ハンカチを受け取ったエルダはにっこりと微笑んだ。
「うふふ……このハンカチは手作りの一品物。いわばオーダーメイドね。一見、地味な商品だけど縫い目は肌理細やかだし、全体のバランスも良いわね。何よりハートが可愛いわぁ」
一通り見終わったエルダは「はい!」とルウにハンカチを返した。
片やオルヴォは悪戯っぽく笑う。
どうやらルウの意図を察したようだ。
「これを作った奴は未だ荒削りだけど……しっかり修行すれば良い職人になれるぞ。それにルウは気付いているんだろう?」
「ああ、商品に付呪の魔力波が適応しやすいものになっている」
「ほぉ! さすがは一流の魔法使いだな。俺を含めてドヴェルグで付呪魔法を使う奴は余り居ないから詳しい事は分らないが……この商品を含めてそのような商品は何となく分る」
「私はただの仕立て職人に過ぎないから、ルウ様やオルヴォみたいな事は分らないけど……そうね! 仕事が細やかで雑じゃあないし、しっかりした作りで職人の愛着が人一倍感じられる商品だわ」
ルウだけではなくプロの職人である2人に褒められ、セリアは余りの嬉しさにぼうっとしてしまう。
「ははっ、オルヴォにエルダ。このハンカチを作ったのは彼女、セリアさ――ほら、挨拶をするんだ、セリア」
「は、はい! セリア・ビゴーです。ヴァレンタイン魔法女子学園2年C組に所属しています。ルウ先生の教え子です」
「ほう! 凄いな! セリア嬢ちゃんは良い才能があるよ」
「そうね、良い師匠につけば、何を作るにせよもっと伸びるわよ」
「あ、ありがとうございます! オルヴォさん、エルダさん」
「さあ、セリア! ここからは厳しい現実が待っているぞ。この2人はプロの中のプロだ。プロの職人が作ったものがどのようなものか、見せて頂くんだ」
「は、はい!」
5分後――
「ううう、凄い! 凄いです!」
セリアはさっきから唸りっぱなしだ。
オルヴォは革鎧一式、そしてエルダはサーコートを持ち込んでいる。
「ほう! セリア嬢ちゃん、分るかい」
「は、はい! 革鎧は最大限重量を軽くして運動性を高めながらも、確りした作りでとても頑丈です。当然全体的なバランスと見栄えも抜群です」
「うふふ、私が作ったサーコートはどう?」
「はい! オルヴォさんの作った鎧と同じくしっかりした作りですが、サーコートで重要と言える貴族の紋章が描かれた部分を、より映えるような色使いで作ってあります。私が言うのは生意気ですがオルヴォさんとエルダさん共に素晴らしい感性を感じます」
「ははは、パッと見てそこまで鑑定出来るのなら上出来だ」
「そうね! 本当に良い才能を持っているわ、彼女」
「あ、あのもう少しお話させて頂いて宜しいですか?」
一流の職人達に触れてセリアにはとても良い刺激になったようだ。
加えて彼等の『作品』を見て、臆する所か、自分の『作品』への刺激になると考えたらしい。
ルウはそんな積極的なセリアを頼もしそうに見守っていたのであった。
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