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第467話 「エステル救出作戦④」

 ルウ・ブランデル邸大広間、月曜日午後7時過ぎ……


 ブランデル邸は只今、夕食が始まろうとしていた。

 恒例の黙祷もくとうの後、全員がエールで乾杯する。

 

「エステル・ルジュヌ! フロラン・ルジュヌ男爵の長女です。ヴァレンタイン魔法女子学園2年C組所属、学級委員長を拝命しております。皆様、改めて宜しくお願い致します」


 ルウとフランも戻って全員が揃った中で、改めて自己紹介したエステル。

 挨拶に対する歓迎の拍手がルウや妻達からされた後で、エステルの真面目な表情がせつなそうに変わる。

 その直後、彼女は先程起こった大浴場での悲惨な出来事を切々と訴えていたのだ。


「もう! 参りました! 酷いのです! ジゼル先輩は私の身体の恥ずかしい所を散々まさぐった挙句、終いには風呂に投げ込んだのです」


 エステルは先程のジゼルの可愛がりの理不尽さをルウとフランに切々と訴える。

 しかしジゼルはエステルの言う事など無視して何処吹く風だ。


「まさぐった? 投げ込んだ? 人聞きが悪いぞ! 私は可愛い後輩とこの屋敷の大浴場で背中を流して一緒に入浴するという愛の交流をしただけだ。どこも悪くない!」


 先輩として背中を優しく流して入浴補助をしただけだと主張し、知らん振りをして明後日あさっての方向を向くジゼル。

 必死に訴えるエステルであったが、残念ながら彼女に現在『味方』は居ない。


「しょうがないな、ジゼルと遊んだと思って諦めるのだな」とルウ。


「ジゼルは完全に体育会系だからねぇ……でも悪気は無いと思うわ」とフラン。


「いつもの事だからねぇ、ボクもう慣れたよ」とナディア。


「あのジゼル姉だからねぇ……」とオレリー。


「少しいびつな愛情表現だと思いますわ」とジョゼフィーヌ。


「表裏が無い女性だ。大丈夫!」とモーラル。


 全員がジゼルの味方をしたものだから、もうエステルには反論のしようがなかったのだ。

 家族全員の擁護の言葉を聞いたジゼルは更に勝ち誇った。

 そしてエステルの隣に来て座って言う。


「ははは! お前にとっては少し荒っぽかったかもしれないが、愛情は込めておいた。それに先輩が背中を流してくれるなど滅多に無い経験だ。良い思い出になるだろう?」


 いきなり隣に来て頭をぽんと叩いたジゼル。

 そんな行為にも真面目なエステルは憤慨ふんがいしていたが、ジゼルの屈託の無い笑顔を見ているうちに何故かだんだんと楽しくなって来たのだ。

 これは乾杯で飲んだ冷えたエール1杯の影響も大きかったようである。


「う~、もう! ……しょうがない人ですね! あはははは!」


「ふふふ、もうエールはやめておけよ。美味しい果実のジュースもあるからな。これなどどうだ?」


 ジゼルが勧めた果実ジュースを飲んだエステルは表情を一変させた。

 適度に冷えたそのジュースは風呂上りには絶妙な美味しさだったからだ。


「おおお、美味しい~! 先輩、美味しいですよぉ!」


 喜ぶ後輩の顔を見て嬉しくない先輩など存在しない。

 エステルの笑顔に釣られてジゼルの顔も益々幸せそうだ。


「ははは、そうか、そうか! 良かったな、エステル!」


「ありがとう、先輩! ジゼル先輩!」


 弟が1人居て基本的には『姉』であったエステルは初めて体験する『妹』の経験が新鮮でとても楽しかった。


 こんなに、にぎやかな夕食を摂った経験はエステルには無い。

 エール1杯で良い気持ちになり、美味しい料理に舌鼓を打っていると彼女は最近溜めたストレスも軽減され、身も魂も解放されて行きつつあったのだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルウ・ブランデル邸ルウ書斎、午後9時……


 あれから食後の紅茶を飲んだ後、妻達は部屋に引っ込んでいる。

 エステルもはしゃぎ疲れてあてがわれた部屋で爆睡していた。

 進路相談の時にルウから言われた通り、今夜のエステルは久しぶりにぐっすりと眠れている。


 一方この書斎にはルウとフラン、そしてエステルの婚約者ファブリス・トルイユの素性を調べ上げたモーラルの3人が居た。

 トルイユ子爵の長男、ファブリスに理由も無く平手打ちをされたエステル。

 その話を聞いたフランは彼女が可哀想だといきどおる。


「私はこの国での男尊女卑はある程度我慢しているけど……余りにも酷すぎるわ。でも親の決めた仲だと貴族の女は嫌だと言えないのよね」


「旦那様……そのファブリスですが、思ったより酷い男でした」


『モーラル、フランも居る。上手く報告してくれよ』


 すかさず念話で指示を入れたルウにモーラルは了解だと返事を送って来た。

 当然、何のアクションも起していない。

 最近のフランにはちょっとした動きでも悟られる怖れがあったからだ。


「彼は親の金でかつての鉄刃団アイエンブレイド、現在の鋼商会カリュプスのライバルであった愚連隊を雇って、親分気取りで悪行三昧を行っています」


 ルウの脳裏に以前、絡んで来たラザール・バルビエの顔が浮かんで来た。

 バルビエ男爵の息子であるラザールも同じ様な事をしていたが、ファブリスは尚更悪質のようだ。


「……仕方のない奴だ」


「自分自身は手を汚さず強盗、ゆすり、たかり、誘拐など殺人以外はひと通りやっていますね。子供が子供なら親も親。彼の父親、マチュー・トルイユ子爵は地方都市監督庁の平役人ですが、平気で賄賂を取って関係業者に融通を図る屑役人です」


「エステルの親父さんは人が良さそうな男だったが……何故、そんな奴と付き合っているのだろう?」


「ルジュヌ家は最近王都に赴任しましたが元は地方官吏ちほうかんりでした。トルイユ子爵家は代々地方都市監督庁の役人を勤めて来ました。その関係のようです」


「マチューという男、表向きは好人物を演じているに違いない。フロランさんは夢にもそんな奴とは思っていないだろう……フランはどうだ?」


「どちらにせよ、エステルがお嫁に行ったら不幸になるのは目に見えています。私は……はっきり言って両名とも許せません!」


 フランの瞳に現れる感情は怒りと悲しさが混在している。

 放たれる魔力波も同様であった。


「分った! 奴等には思い知らせる。だが、どう罰せられるかは奴等自身に選ばせよう」


 ルウの言葉を聞いたフランは大きく頷いた。

 この場に自分を入れて話し合いをして居る意味を彼女は良く理解していたからである。


「私は旦那様に全てお任せします。彼等によってこれ以上不幸になる人間が出なければ私は満足です……ではおやすみなさい」


 フランはゆっくりと立ち上がると深く2人に一礼した。

 そして手を軽く横に振りながら、静かに書斎を出て行ったのである。

 

 第一夫人でありながら、でしゃばらず分を弁えた態度。

 そして闇の部分を出来る限り自分に知らせたく無いルウの思い遣りをフランはしっかりと理解しているのだ。

 

 フランの後姿を見送っていたモーラルが呟く。


「フラン姉……私、改めて貴女が凄く好きになりました。……旦那様、お願いです。彼女をもっともっと大事にしてあげて下さい」


 切なげに訴えるモーラルを見るルウの表情は相変わらず穏やかで優しさに満ちていた。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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