第434話 「幕間 ソフィアの使用人デビュー①」
ルウ・ブランデル邸大広間、土曜日午前4時15分……
モーラルが纏め役となっている、ブランデル邸の使用人が集まって簡単な打合せが行われている。
現在は失われた、古のガルドルド魔法帝国。
この国の最後の生き残りとも言える自動人形ソフィアが加わったので彼女の為に簡単な説明が行われたのだ。
土曜の早朝なので金曜日からアデライドの屋敷に詰めているマルグリットは不在であった。
内容は使用人の構成と各自の紹介、そして月曜日~木曜日、土曜日、そして日曜日の勤務パターン等々だ。
まずは個々の自己紹介である。
「改めて自己紹介します……私がルウ様の妻の1人でもあり、従士でもあるモーラルです。この家の財務を始めとして、屋敷の管理全般及び使用人である皆さんのケアなど一切を任されています。ただルウ様から命じられて、いわゆる裏働きを務める事も多いので結構留守がちです。その場合は家令のアルフレッド殿が一切を仕切ります」
「私はアルフレッド……家令としてルウ様とモーラル様から命じられて、この屋敷の管理をほぼ行っております。家事や雑務等の具体的な指示は殆ど私からさせて頂きます」
「さっきは御免ねぇ、取り乱しちゃって! 私はアリス、仲良くしてねぇ」
モーラル、アルフレッド、アリスの紹介が終わるとソフィアは頭を深く下げてゆっくりと自己紹介をした。
「皆様、私はソフィアです。今日から使用人としてこの屋敷で働かせて頂きますので今後とも宜しくお願い致します」
ソフィアの挨拶が終わると、最後にモーラルがここに居ないマルグリットの紹介をした。
「あと1人、マルグリットさんというベテランの魔法使いの女性が居るのですけど、金曜日から日曜日の午前中まではフランシスカ様の母上であらせられるアデライド・ドゥメール伯爵様の屋敷に勤務しているので不在となります」
モーラルはコホンとひとつ、咳払いをして話を続ける。
「……というわけでこの5人でお屋敷の事をいろいろやりますが、この屋敷は自主性を重んじていますからルウ様達も家事をある程度おやりになります。例えば各自の部屋はご自分達で掃除をするから頼まれた時以外は無用で、共用部分のみを掃除したりとかです。ソフィアさんは最初、戸惑うかもしれませんが、徐々に慣れると思います」
「はい、かしこまりました」
「後は1日の流れです。曜日や祝祭日によって若干違いますが大まかにするとこのような感じです」
モーラルは準備していたスケジュール表をソフィアに手渡した。
午前4時:起床
午前4時30分:馬の世話(馬車準備)
午前5時:風呂、朝食準備・別班市場にて買い物(ルウ様他朝訓練)
午前6時:風呂(ルウ様他)
午前6時30分:朝食(ルウ様他※使用人含む)
午前7時30分:出勤(ルウ様他)
午前7時45分から午前8時30分まで休憩
午前8時30分から午後12時:掃除、洗濯、買い物他家事雑務
午後12時から午後1時まで休憩(使用人昼食)
午後1時から午後2時30分:掃除、洗濯、買い物他家事雑務
午後3時から午後4時:魔法女子学園まで馬車にてお迎え(1回目、別班にて)、夕食、大浴場準備
午後4時30分から午後5時30分:魔法女子学園まで馬車にてお迎え(2回目、別班にて)
午後6時30分:夕食(ルウ様他※使用人含む)
午後8時~午後9時:夕食終了、引き続き家事雑務
午後9時30分以降、特に仕事が無い限り自由時間とする。
スケジュール表を熱心に見ているソフィアに対してモーラルが問う。
「ソフィアさんは馬車の扱いは出来ますか? いわゆる御者の経験です」
「申し訳ありません、未経験です」
ソフィアは辛そうに項垂れた。
しかしモーラルは穏やかに微笑んでいる。
「私達が教えましょう。家事全般は?」
「得意、不得意があります」
これは含みのある言い方であった。
どうやら何でもOKという訳には行かないらしい。
とりあえずやらせてみて適性を見るしか無さそうだ。
不安そうなソフィアをモーラルは優しく励ます。
「うふふ、大丈夫よ。そちらも教えますから頑張りましょう。暫くは先輩のアリスと一緒に働いて彼女から色々と教えて貰って下さい」
「か、かしこまりました」
未だこの屋敷の勝手が分からないソフィアはモーラルの言葉に恐縮している。
「大丈夫よぉ、ソフィアちゃん! 宜しくね」
モーラルからソフィアの相棒に指名されてアリスなりに力付けようと思ったのであろう。
アリスの能天気な声が大広間に響いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スケジュール表の中で最初に行う仕事……『馬の世話』を教える為にアリスはソフィアを屋敷の厩舎に連れて来ている。
ブランデル邸で飼っている馬は計6頭。
内訳は黒塗りの馬車と共にナディアの父、エルネスト・シャルロワ子爵が愛娘の為にルウへ贈ったものが4頭、後から使用人が使う馬車用に買ったのが2頭である。
「ここがウチの厩舎! 起きたら直ぐに馬の世話をするの。飼葉と水をあげて身体にブラシを掛けるのよ」
アリスの説明に対してソフィアはやや引き気味だ。
どうやら馬に対して怖れがあるらしい。
「あの……馬って……いきなり噛んだりしないですか?」
「あまり怖がると逆に駄目よぉ。馬は人の魔力波に敏感だからぁ。ただ、真後ろからいきなり近付くと蹴られるので注意するのと、人参なんかあげる時は手を噛まれないようにする為にコツがあるのぉ」
馬の事を恐る恐る聞いたソフィアにアリスは笑顔で返す。
しかしソフィアの不安は拭い切れない。
「うわ! 私の居た国では皆、馬が引かない車ばかり走っていましたから」
やはり魔法工学の発達したガルドルド魔法帝国では普段馬に馴染みが無いようだ。
そんなソフィアにアリスは笑顔を見せて比較的易しい仕事を頼んだのである。
「ふふふ、じゃあソフィアちゃんはこちらの水桶には水を注いでね。そしてこの飼葉桶に飼葉を入れてくれる。私は馬達にどんどんブラシを掛けるからぁ」
先程2人がかりで屋敷の厨房からは水を、飼葉小屋からは飼葉を厩舎まで持って来たが、両方とも結構重いのだ。
ソフィアはふらつきながら桶を持って水と飼葉を馬達に与えた。
馬達は喉が渇き、腹が空いていたらしく、嬉しそうに嘶くと夢中になって水を飲み、旺盛な食欲で飼葉を平らげて行く。
ソフィアはその様子に何故か感動してしまった。
「わあ! 美味しそうに食べている……可愛い」
そこにアリスが手馴れた様子で食事を終わった馬から身体にブラシを掛けると馬は皆、目を細めてじっとしている。
そんな馬の様子を見ていると最初不安だったソフィアは馬の世話がだんだんと楽しくなって来たのだ。
「これが終わったら、馬房の掃除ね。私が馬を出して馬車に繋ぐからぁ――空いた馬房の掃除をお願いねぇ」
「掃除?」
「ええ、そうよぉ! 古い乾草を汚物と一緒に取り除き、廃棄所に捨てて、その後に新しい乾草を補充するの。このフォークを使ってねぇ……馬のおしっこで濡れた乾草は重いし、結構臭うけど頑張ってぇ」
「わ、分かりました!」
アリスは結局馬を2頭連れて行った。
買い物に行く馬車を引かせる為であろう。
それを見届けたソフィアは慣れない手付きでフォークを使って馬房を掃除するが、なかなか上手くいかない。
濡れて汚れた乾草どころか、掃除器具であるフォークも小柄なソフィアにとっては凄く重いのだ。
「お、重い……」
「手伝おう……」
悪戦苦闘するソフィアの前にいつの間にかフォークを持って立っていたのはアスモデウスであった。
「あ……お、おじさん」
「心配して見ていたが……今回だけだぞ……助けるのは。幸いお前には良い先輩達がついているじゃあないか。俺は俺でルウ様に新たな仕事を仰せつかった。お互いに頑張ろう」
「……あ、ありがとう!」
ソフィアが礼を言うと、アスモデウスはこくりと頷き黙って掃除を手伝い始めたのであった。
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