第431話 「闇のオークション⑫」
闇のオークション『執着』オーナー室……
オークション終了後、ルウ達一行はオーナーのリキャルドに呼ばれて再度、部屋を訪問していた。
最後の2つの商品の入札時には姿が見えなかったモーラルとメフィストフェレスも戻っており、メンバーは全員揃っている。
どうやら2人はルウに命じられて裏働きをしていたようだ。
ちなみに今回、オーナー室に呼ばれたのには理由があった。
何とオーナーのリキャルド自身が事務手続きを行うというのだ。
通常、落札商品の支払いと受取、出品商品の売却金の受取は支配人室でヨルゲンが行うのが通例らしいので、これは異例の事らしい。
オーナー室の中には支配人のヨルゲンこそ居なかったが、リキャルドは勿論、フェリクス、ベルタまで控えている。
当然、あの2匹の猛犬も居たが、ルウの姿を見ただけで、こそこそと部屋の隅に下がってしまっていた。
フェリクスは例の一件もあって苦笑し、ベルタはやはりアモンに興味があるようで彼をじっと見詰めている。
暫く経ってリキャルドが頃合とみて口を開く。
相変わらず男と女が一度に喋っているような声である。
「ほほほ、色々な形で皆様方には今回のオークションを盛り上げて頂きました。運営側としましては感謝致しますよ」
まずはバルバトスの出品商品である竜殺しの剣の売却金が支払われる。
落札金額の金貨25,000枚から運営側の手数料30%が引かれて17,500枚、加えて出品料金貨100枚の戻しで、都合金貨17,600枚だ。
続いてアスモデウスの出品商品である自動人形のソフィアの落札金額の30%である金貨15,000枚をルウが支払う。
ルウはその場でソフィアをアスモデウスに戻そうとしたが、彼は固辞した。
そして出来れば彼女をルウの屋敷で使って欲しいと申し出たのである。
ルウは了解し、リキャルド達の許可を得て、その場でソフィアを起動させた。
ソフィアは改めてルウに挨拶をする。
「新しいご主人様ですね。私はソフィアです、以後宜しくお願いします」
ソフィアはさすがにガルドルドの魔法工学の粋を集めただけはある。
表皮の合成魔導皮膚は抜ける様な白い肌で人間の女性の皮膚と全く同じ質感だ。
ぱっと見た限りではとても人形とは思えない。
身長はモーラルと同じく150cmを少し超えたくらいであろう。
小さな顔は整っており理知的な雰囲気を醸し出していた。
シックな濃紺のワンピースにひらひらのフリルが付いた白いエプロンは屋敷の使用人アリスとほぼ同じ服装だ。
頭部にはこれまたフリルの付いたカチューシャをつけている。
ルウを見て、ソフィアが何か言いたそうに可愛く首を傾げた。
さらさらの長い栗色の髪が揺れ、美しい鳶色の宝石を埋め込んだ瞳が不思議そうな眼差しを向ける。
「何となくですが、ご主人様には以前お会いした事がある気がします……でも、ありえないですね」
「ああ、俺もそんな気がするが――まあ良いじゃあないか。一緒に屋敷に帰ろう」
「はい、喜んで!」
ルウ達一行が辞去しようと腰を上げかけた時である。
「まあ、待って下さい。皆様をそのままお帰しするわけには行きません」
リキャルドが笑顔を浮かべたまま、手を左右に振った。
聞き様によっては危険な意味とも取れるが、これは違うようだ。
「ルンデル様はご自分で出品されたものをご自身が落札された。手数料が丸々頂ける私は濡れ手に粟ですが、これでは儲かっても全く面白くありません。ですから……私の秘蔵のコレクションから特別に素敵なプレゼントを差し上げましょう、くくくく」
リキャルドの拘りなのか、それとも気紛れなのか――彼はルウにプレゼントをくれると言う。
しかしルウは苦笑している。
「素敵な、か……あんたの好みと俺の好みが一緒であれば良いがな」
「ほほほほ! 絶対に大丈夫です」
「そう言われて皆、散々騙されたのだろうなぁ……」
ルウは思わずぽつりと呟いた。
したたかな性格は勿論、天性の詐欺師であり、とんでもない悪戯好き……リキャルドとはそのような男である。
しかしそんなリキャルドもルウの含みのあるひと言には思わずムッとしたらしい。
思わず強い口調で言い返してしまったのだ。
「絶対に気に入る筈ですよ」
そんなリキャルドに対してルウは更に煽る。
「ははっ、もし気に入らなかったら?」
「使用済みでも全額返金! い、いや、もとい……こうなったら私の秘蔵のコレクションから貴方の好きなものをひとつ差し上げよう! は!? な、何故私はそんな約束をするのだ? いつの間に?」
会話の流れが怪しい雲行きになったと思えば、リキャルドはいつの間にか、とんでもない約束を取り交わしていたのである。
「秘蔵のコレクションから俺の好きなものを? これは、これは――さすが闇のオークション『執着』のオーナー、豪気なリキャルド殿。素晴らしい気前の良さだ――では遠慮なく頂くとしようか」
慌てたリキャルドではあったが、ルウはにっこりと笑うと、しっかり言質を取った上で約束を再確認させたのだ。
『口』では負けないと自負しているリキャルドも、これではルウに対して負けを認めざるを得なかった。
「むむむ! どうやら私は貴方にしてやられたようですな」
悔しそうに言うリキャルドに対してルウの穏やかな表情は変わらない。
「ははっ、俺は何もしてやしない――まあ、今後ともこのオークションは贔屓にさせて貰う」
「……ほほほほほ、参りました。ではお望み通りのものを……」
リキャルドが提示した目録にさっと目を通したルウは苦笑する。
商品の殆どが、闇のオークション『執着』のオーナーである、リキャルドのコレクションに相応しい呪われたものばかりだったからだ。
「この商品を頂こう!」
ルウが目録のリストで指し示したのは彼の初志貫徹とも言える商品である。
すなわち出品リストの中にあった魔法の船だ。
ちなみに先程出品されたのは複製品であり、こちらは正真正銘の本物である。
出品商品はこちらを基に作られたものであろう。
客が競り合って入札金額が比較的高価になるオークションとはいえ、金貨500,000枚の値がついたのだ。
複製品でさえ、そうなのだから、本物であれば、どこまで天井知らずの価格がつくのか、想像も出来ないのである。
「お、親爺よぉ……こりゃ、痛いな」
フェリクスは先程からずっと苦笑していた。
自分が子供のようにルウにあしらわれて嫌気が差していた所へ、今度は父のリキャルドまでが手玉に取られてしまったのだ。
しかしリキャルドは狡猾そうな笑みを浮かべている。
切り替えが異常に早いのと、やはりルウと誼を通じておきたいと計算したのであろう。
「何の! 私はこれくらいで泣き言を申し上げるような軟弱者ではない。ルンデル様に差し上げるのなら、却ってこれくらいでないといけませんよ」
リキャルドの思惑を知ってか知らずか、ルウの表情は穏やかなままずっと変わらない。
そんなルウに対して呆れると共にフェリクスは益々、興味を持つようになっていたのであった。
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