第418話 「試合う意味」
王都セントヘレナ、金曜日午後2時15分過ぎ……
ロドニア騎士団副団長マリアナ・ドレジェルは彼女の麾下4名の女性騎士と共にリーリャ送迎用の馬車と愛馬で併走していた。
いつもの通り、ホテルセントヘレナを出発してヴァレンタイン魔法女子学園へ下校するリーリャを迎えに行くのである。
馬車の中にはロドニア王宮魔法使いラウラ・ハンゼルカと侍女頭のブランカ・ジェデクが乗り込んでいた。
天気は良いのにメンバーの中でマリアナとブランカの表情は厳しい。
それには理由があった。
昨夜、リーリャからとうとうルウがマリアナと試合をするのを了解したと告げられたのだ。
急な話ではあるが、ルウの実力を知らないマリアナにとっては渡りに船であった。
元々彼女はルウに手合わせを申し込んでいたからだ。
ルウの従士であるバルバことバルバトスと、ヴィーネンことヴィネがあれだけ勇猛な戦士だったので2人から主人であるルウの名を聞いた時は当然、彼等以上の戦士だと思っていたのだ。
そんなイメージに反してルウは長身だが痩身でどちらかといえば華奢であった。
顔立ちは整ってはいるが、いかつくは無く、黒髪で黒い瞳の優男だと分かった時には拍子抜けしたものである。
それでもマリアナはルウに模擬試合を申し込んだ。
しかしルウの返事はつれないものであった。
「試合う理由が無い」と曖昧な理由ですげなく対戦を断られたのである。
それ以来、マリアナはルウに対してどうしても良いイメージを持てないのでいるのだ。
だが……何故、彼は急に試合うと言い出したのか……
まあリーリャ様の結婚に関係しているのだろうが……
マリアナはジゼルの兄であるジェロームがかつて考えた事に近い事を懸念している。
百歩譲って……ルウが優れた魔法使いである事は認めよう。
しかし彼がロドニアを乗っ取る為に遠大な計画を立てているとしたら……
リーリャ様やラウラに対して魅惑の魔法でも使って正気を失わせている……
もしそうだとしたらマリアナには決して見過す事は出来なかった。
かくも人の相手に対する第一印象とは怖ろしいくらい重要なのだ。
ちなみにブランカにしてもリーリャの相手は自国の上級貴族か、他国でも王族が望ましいと考えていたので平民で出自も曖昧なルウが相手では今回の結婚に賛成など出来ないでいたのである。
まあこの臣下2人の反対くらいではリーリャの固い決意は全く鈍らないのではあるが……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マリアナ達は魔法女子学園に到着するといつものように馬車を駐車場に入れ、馬を厩舎に預ける。
そしてこれまた通常通り、正門の護衛用の騎士詰め所で待機状態に入ったのだ。
やがて午後3時を過ぎると詰め所の若い騎士達が今回のロドニア側のメンバー全員を学園内の屋外闘技場へ案内する。
どうやらルウとマリアナの模擬試合はこの屋外闘技場にて行うようだ。
屋外競技場の一画にはロドニアの者が座ったり、紅茶を飲んだりして休憩しながら待機出来る簡単な設備が整えられていた。
リーリャとラウラ、そしてブランカは椅子に座り、侍女達は紅茶の用意に掛かる。
今日はマリアナ以外は試合をしないが、魔法武道部との対抗戦も近いので女性騎士達全員は身体を解す為にそこから少し離れて早速、準備運動に入る。
やがてルウを先頭に、アデライド、フラン、そしてシンディ・ライアンがやって来た。
ロドニア側の人間は一斉に居住まいを正して一礼する。
勿論、挨拶の相手は魔法女子学園の理事長で、この国の伯爵でもあるアデライドに対してである。
「皆様、ご機嫌よう。この度は非公式ですが、当学園の臨時教師であるルウ・ブランデルとロドニア騎士団副団長マリアナ・ドレジェル殿との模擬試合を行う事となりました。趣旨は今後お互いに一層理解し合って誤解のないように親睦を深める事です……では両者前へ!」
アデライドに呼ばれたルウとマリアナが進み出た。
続いてシンディが2人を見ながらルールを発表する。
「鎧や盾等の装備はお互いに現状のものを使用します、武器に関しては当学園備品の刃を潰した全く同じ型のロングソードを使用。判定は剣の刀身に魔道具を取り付けます。これは相手に触れたら魔力波を送る物で公平にカウントされます。審査はこの魔道具で算出される攻撃の深さと的中箇所の数にてポイントを算出し、最終的にどちらが勝利者かを決定するとします」
「了解だ!」
条件を受けたという意思表示であろう。
マリアナは片手を挙げると大きな声で返事をした。
「未だ条件があります……といってもこれは当学園のルウ・ブランデルに対してのみですが……」
それを聞いたマリアナは怪訝な表情をする。
シンディは構わず話を続けた。
「加えてルウ・ブランデルは魔法の使用を一切禁止するとします」
「な、何!?」
吃驚したのはマリアナである。
ルウは本来、魔法使いだ。
それが魔法の使用を一切禁止とは何を考えているのだろう。
「了解だ……そうしないと今回試合う意味が無い」
「う!」
何か言おうとして言葉に詰まるマリアナにルウは黙って頷く。
実の所、ルウはラウラに『力』を見せた時と同様にしようと考えていた。
単にマリアナに勝利するだけでは彼女は納得しないと考えたのである。
それには剣技のみによる圧倒的な勝利が必要であったのだ。
しかしそのような理由を知らないマリアナは拳を握り締めて怒りに身を震わせる。
「むう……あまり私を舐めるなよ」
そんなルウ達を遠めで見ながらアデライドが微笑む。
「面白そうだから、つい模擬試合をOKしたけど……あんな条件まで付けてしまって……彼って剣は扱えるの?」
「大丈夫!」
傍らに居るフランが間を置かずにきっぱりと答えたのでアデライドも安心して、2人に視線を戻した。
頃合と見てシンディが双方を見る。
「2人とも用意は良いですか? ……始め!」
マリアナはロングソードを構えるとルウに対峙する。
しかしルウは構えるどころか、剣を抜きもしないのだ。
余りの事にマリアナは呆気に取られている。
「な!? き、貴様!」
「いつでも……来い」
ルウの言葉によってマリアナの闘志に火が点いたようだ。
「ききき、貴様ぁ! たああっ!」
マリアナの最大の武器は2段突きである。
これは遥か東方の国の剣技をマリアナが書物から独学で学んだものであり、1拍の間に恐るべき速度で相手に2度も突きを入れる事が出来るのだ。
この技を今迄避ける事が出来たのは、ルウの従士バルバことバルバトスのみであった。
バルバトス以外の相手ではロドニア最強の4騎士が相手と言えども最低1箇所は突けるし、剣で何とか受け止めさせるくらいには持ち込めたのである。
マリアナが充分な間合いで必殺とも思える技を繰り出した瞬間であった。
ルウの姿があっという間に掻き消えたのだ。
未だバルバトスは避けるのを目で追えたが、ルウは完全に『消えた』のである。
「あうっ! あああっ、どこだ!?」
「お前の後ろさ……」
「ぐうう……な!?」
マリアナが慌てて振り返ると腕組みをしたルウが静かに立っていた。
「落ち着け、マリアナ。もう1回……いやもっと打って来い!」
「……いやああああああ!」
今度は裂帛の気合と共に2段突きの連続攻撃がルウを襲う。
しかし、ルウは絶妙な剣捌きで全て攻撃を弾く。
挙句の果てにルウは自分の剣でマリアナの剣を巻き上げて絡め取ってしまう。
マリアナの剣は遥か彼方に投げられてしまったのだ。
「あああっ! し、しまった!」
「良いぞ、マリアナ……代わりの剣を貰って戦え」
しかしマリアナはがくりと膝を突いてしまい、そのまま動かなかった。
どうやら戦意を喪失したらしい。
そして力なく呟いたのである。
「参った! ……負けだ……完全に私の負けだ」
ルウの余りに一方的な戦い振りにロドニアの女性騎士達とブランカは白昼夢を見ているかのように茫然自失となっていたのであった。
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